そして、接種回数の多い日本は、
抗原原罪に縛られた免疫の状態が、
今後も続いていくのではないか、とも考えられます。
そうすると、
すべての変異種のスパイクタンパク質が体内をめぐり続け、
その害が どんどん蓄積していくことになります。
「マルチモーダル分子イメージングにより、
組織ベースのT細胞の活性化と、
新型コロナウイルス感染症後
最大 2 年間のウイルス RNA の残留が明らかに」
この概要には、
「すべての参加者の直腸S状結腸固有層組織において、
最初の COVID-19 罹患後 158日から 676日の範囲で、
細胞性 SARS-CoV-2 の RNAを同定した。
これは、組織ウイルスの存続が、
長期的な免疫学的混乱と関連している可能性を示唆している。」
とあり、SARS-CoV-2 の RNA が、最初の感染後ほぼ 2年間、
腸組織内に残留する可能性があることを示しています。
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.1700006
「多重遺伝子制御により、迅速な mRNA 代謝回転が明らかに」
しかし、通常、自然の RNA の半減期の中央値は、
「約2分」なんですね。
複数回のブースター接種を行うことにより、
免疫機能不全を引き起こすようになると、
例え症状が出なかったとしても、
新たな変異株の流行があるたびに
また新たにスパイクタンパク質に攻撃されるわけで、
しかも、未知のタンパク質や血栓なども
蓄積・増大していく可能性がありますから、
いつか身体に症状が出てくるはずです。
その他、DNA汚染や発がん化、プリオンの問題もあります。
このような懸念について、厚労省は何も知らなかったのでしょうか
「第31回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 議事録」
2022年3月24日のワクチン分科会の議事録より
中野委員:
…高橋先生が最後に言及された抗原原罪説に関しまして、
抗原原罪は、恐らく、インフルエンザワクチンで、
以前から いろいろなところで お話が出ていることかと思いますが…
今回、コロナのワクチンは mRNA ワクチンでございますけれども、
高橋先生は、コロナでは抗原原罪説に関しては、
現在報告されているわけではないということでございましたが、
そのワクチン学、ウイルス学として、
ワクチンの種類によって抗原原罪説の根拠となるような、
何か理論が変わるのかどうか、
何か御示唆があれば、お教えいただければと思います。
高橋参考人:
…抗原原罪説は、例えば、免疫疲弊という、
あまりにも繰り返しワクチンを接種すると、
免疫がエグゾースティッド(疲弊する)するというような話もあるのですが、
ただ、こちらも慢性感染を起こすような HIV とか、B型肝炎とか、
そういったウイルス感染症では確認されている現象でありますが、
このようにワクチンを繰り返し、
ある一定期間をおいて接種する状況で起こるどうかというのは、全く不明な状態で、
実際、それを積極的に支持するような知見はないというような状況です。
細胞性免疫の質が どのように向上するかということは、
こちらは、まだ、ほとんど知見がない状態で、
今、国内外で様々な免疫あるいはワクチン研究者が中心となって、
解析を行っているところかと思います。
抗原原罪説につきましては、先ほど中野先生から情報提供いただきました、
もともとインフルエンザの不活化ワクチンの時代で、
最初に発見された免疫現象であります。
ワクチンも今回 RNA ということで、
それで、この現象が、影響を受けるかどうかという点については、
もちろん現時点で何も知見はないということでありますが、
ただ、RNAワクチンでも、
スパイク蛋白が、ウイルス表面に乗っているのと近い形で
免疫に提示されるということを考えると、
理論的には、不活化ワクチンと同じような免疫の接し方になるのかな
というような印象を持っています。
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2022年3月といえば、
日本でブースター接種が展開されていた頃だと思いますが、
その時点で、厚生労働省のワクチン分科会では、
「抗原原罪については、
今回のmRNAワクチンでは わからないです」
と言っているわけですが、
国民が既に何回も打ってしまったときでも
まだ こんなことを言っていたとは、
信じられない思いです。
しかし、
「理論的には、不活化ワクチンと同じような免疫の接し方になる」
と言っていて、
抗原原罪は不活化ワクチンで見出された概念ですから、
「抗原原罪はある」と言っているのと同じことです。
やはり、わかっていてブースターを打たせたんですね。
それでも現在、7回もの接種を行い、まだ続けるつもりであると。