かふぇ「おはぎ」にたくさんの方がいらしてくれました。
外は寒く、少し雨も。
なので
この日は家の中で始まりました。
私は二日酔いの影響でけんちゃんのお手伝いもなかなか出来ず。
申し訳ないことです。
なのでみなさんに
コーヒーを入れたり
お話を聞いたりしていました。
たくさんのお話をお聞きしました。
http://navyrose.jugem.jp/
そして東京に帰る時間に。
佐久間さんそして奥様は
こうして私たちを快く受け入れてくれました。
私たちだけではなく
石巻に来る人、石巻の人たちも
受け入れてくれています。
なかなか出来ることではありません。
不覚にも
今回の石巻は
とても楽しかったのです。
気負っていった私に安らぎをくれました。
人間が好きで、話すのが好きで、
誰とでも同じ目線で遊べて話せて
自分がやりたかったことを再確認させてもらいました。
やっぱり
子供たちと遊んだり話をしたりできることが楽しい。
子供たちも一緒に笑ったり泣いてくれます。
そして、遠慮のない子供たちの
心を開いてしゃべってくれた言葉を忘れません。
もちろん大人の方々もです。
自信ー自らを信じ
信頼ー信じて頼る(頼られる)
心配をしないで元気を配れるように
自分を信じて、みんなに頼りながら、頼られながらやっていこう。
被災地には、困難が事細かく場所によって問題が違います。
考え方も違います。
それを全部わかろうとは思いません。
知っていることは出来るということ。
やって見れるということ。
昔からの思いが実現できる。
そう確信しました。
だから私は続けます。
支援ではなく一緒に。
石巻の皆さんに
「日和山公園に行ってから帰って」と
石巻が一望できる場所です。
山の上です。車でしかいけません。
行く途中、「石原軍団」が炊き出しを
整理券を配って
病院の駐車場で
山の途中だから地元の人はいけないところで
やってました。
日和山公園に上がると
そこにはテレビや新聞で見たことのある風景とは違う
冷たい、音のない、無念の叫びが聞こえる風景でした。
まさに言葉を失う風景でした。
写真をとりました。
この風景が
オートフォーカスのカメラなのに
ファインダーから覗く風景のピントが合いません。
ただシャッターを押しました。
シャッターを押していると声をかけられました。地元の方です。
もっと撮ってみんなに見てもらってほしいと。
お線香やお花が手向けられています。
不覚にも何も持たずに訪れてしまいました。
言葉が出ません。何千人の方が亡くなっている。
テレビ、新聞で見るのとはまったく違います。
神社があり、お祈りをして公園を後に。
車に戻る途中「喫茶、工房 かざみどり」というお店がありました。
シュークリームを買い、ビスケットを買いました。
東京から来たというと
お店の方が
3月11日のことを泣きながら話してくれました。
「津波が壁のように倒れてきたんです」
「第一波、第二波は小さかったから油断したんです。第三波は2~30mあったと思います」
「二波のあと近くの幼稚園バスが子供たちを乗せて家に帰すために山を降りたんです。そこの三波が着たんです。バスは炎上しながら流されて」
「この地域はプロパンガスなんです。それが津波に流され小学校にぶつかって爆発をしたんです。屋上に避難していた人たちが」
「波が引いた後、電線に人がいっぱいぶらさがってるんです。そのまま4日間。警察じゃないと降ろすことが出来なかったんです」
「この丘をいっぱいの人か駆け上がってきたんです。間に合わなかった人たちが流されて」
「記念写真でもいいのです。ここを訪れてほしい。見て聞いてほしい。そして伝えてほしい」
もちろんお店の方も肉親を亡くされています。
3月中はお店は無事だったけれど営業はできなかったそうです。
4月から営業をはじめ、地元の方には無料で温かいコーヒー提供しています。
帰りの車の中でシュークリームを食べました。チーズクリームです。
美味しかった。
前日のライブもそうでしたが、気持ちが入っています。
たくさんの方にお会いし、話をさせていただき、見てきました。
今、これから出来ること。しなければいけないこと。してあげたいこと。
したいこと。
被災地の方が、されたいこと、したいこと。
考えながらしていきたい。
東北の方は人情に厚い。
「遠くから来てくれたんだから」
といって、もてなしをしてくれる気持ち。
「ほんとみんなが援助してくれる。感謝の言葉しかないんだよ」
「だから来てくれた人には出来るだけお返しを感謝の気持ちを伝えたいんだ」
「だから、遠慮しないで食べな。飲みな」
もぉ~
何なんでしょう、この気持ち。
何をしていいか分からない。
何が出来るか分からない。
私もそうでした。
被災地には知っている人がいないから。
私もそうでした。
偶然、
Miwakoくんの知り合いが石巻にいました。
ただそれだけで行きました。
私は、車の免許を持っていません。
だから、けんちゃんのお世話になりました。
けんちゃんの思いにも賛同できました。
お弁当とおはぎを作ってくれたキャシーがいてくれました。
キャシーが仕事で行けなかったので私が行けました。
受け入れてくれた佐久間ファミリーがいてくれました。
佐久間さんと親交の厚い、chikoさん、シエナのみなさんがいました。
親友の菊田くんがいました。
店を任せられる、すみちゃんがいてくれました。
そして、義援金、物資を私に託してくれた皆さんがいました。
石巻に行かせていただき、ありがとうございました。
知り合いがいなくても、何をしたらいいのか分からなくても
自分が食べれる、泊まれる準備をして、行って来てください。日帰りでもいいと思います。
被災地に行って、見て、聞いてきてください。
必ず何かが見つかるはずです。
もちろん行けない方もいるでしょう。
私に託してください。
どのように出来るか考えながらしていきます。
ご報告もいたします。
私が行けなくても信用のおける仲間に託します。
今回の石巻のご報告は以上です。
まだまだこれから長い道のりです。
引き続き
皆さんのご理解とご協力をお願いいたします。
外は寒く、少し雨も。
なので
この日は家の中で始まりました。
私は二日酔いの影響でけんちゃんのお手伝いもなかなか出来ず。
申し訳ないことです。
なのでみなさんに
コーヒーを入れたり
お話を聞いたりしていました。
たくさんのお話をお聞きしました。
http://
そして東京に帰る時間に。
佐久間さんそして奥様は
こうして私たちを快く受け入れてくれました。
私たちだけではなく
石巻に来る人、石巻の人たちも
受け入れてくれています。
なかなか出来ることではありません。
不覚にも
今回の石巻は
とても楽しかったのです。
気負っていった私に安らぎをくれました。
人間が好きで、話すのが好きで、
誰とでも同じ目線で遊べて話せて
自分がやりたかったことを再確認させてもらいました。
やっぱり
子供たちと遊んだり話をしたりできることが楽しい。
子供たちも一緒に笑ったり泣いてくれます。
そして、遠慮のない子供たちの
心を開いてしゃべってくれた言葉を忘れません。
もちろん大人の方々もです。
自信ー自らを信じ
信頼ー信じて頼る(頼られる)
心配をしないで元気を配れるように
自分を信じて、みんなに頼りながら、頼られながらやっていこう。
被災地には、困難が事細かく場所によって問題が違います。
考え方も違います。
それを全部わかろうとは思いません。
知っていることは出来るということ。
やって見れるということ。
昔からの思いが実現できる。
そう確信しました。
だから私は続けます。
支援ではなく一緒に。
石巻の皆さんに
「日和山公園に行ってから帰って」と
石巻が一望できる場所です。
山の上です。車でしかいけません。
行く途中、「石原軍団」が炊き出しを
整理券を配って
病院の駐車場で
山の途中だから地元の人はいけないところで
やってました。
日和山公園に上がると
そこにはテレビや新聞で見たことのある風景とは違う
冷たい、音のない、無念の叫びが聞こえる風景でした。
まさに言葉を失う風景でした。
写真をとりました。
この風景が
オートフォーカスのカメラなのに
ファインダーから覗く風景のピントが合いません。
ただシャッターを押しました。
シャッターを押していると声をかけられました。地元の方です。
もっと撮ってみんなに見てもらってほしいと。
お線香やお花が手向けられています。
不覚にも何も持たずに訪れてしまいました。
言葉が出ません。何千人の方が亡くなっている。
テレビ、新聞で見るのとはまったく違います。
神社があり、お祈りをして公園を後に。
車に戻る途中「喫茶、工房 かざみどり」というお店がありました。
シュークリームを買い、ビスケットを買いました。
東京から来たというと
お店の方が
3月11日のことを泣きながら話してくれました。
「津波が壁のように倒れてきたんです」
「第一波、第二波は小さかったから油断したんです。第三波は2~30mあったと思います」
「二波のあと近くの幼稚園バスが子供たちを乗せて家に帰すために山を降りたんです。そこの三波が着たんです。バスは炎上しながら流されて」
「この地域はプロパンガスなんです。それが津波に流され小学校にぶつかって爆発をしたんです。屋上に避難していた人たちが」
「波が引いた後、電線に人がいっぱいぶらさがってるんです。そのまま4日間。警察じゃないと降ろすことが出来なかったんです」
「この丘をいっぱいの人か駆け上がってきたんです。間に合わなかった人たちが流されて」
「記念写真でもいいのです。ここを訪れてほしい。見て聞いてほしい。そして伝えてほしい」
もちろんお店の方も肉親を亡くされています。
3月中はお店は無事だったけれど営業はできなかったそうです。
4月から営業をはじめ、地元の方には無料で温かいコーヒー提供しています。
帰りの車の中でシュークリームを食べました。チーズクリームです。
美味しかった。
前日のライブもそうでしたが、気持ちが入っています。
たくさんの方にお会いし、話をさせていただき、見てきました。
今、これから出来ること。しなければいけないこと。してあげたいこと。
したいこと。
被災地の方が、されたいこと、したいこと。
考えながらしていきたい。
東北の方は人情に厚い。
「遠くから来てくれたんだから」
といって、もてなしをしてくれる気持ち。
「ほんとみんなが援助してくれる。感謝の言葉しかないんだよ」
「だから来てくれた人には出来るだけお返しを感謝の気持ちを伝えたいんだ」
「だから、遠慮しないで食べな。飲みな」
もぉ~
何なんでしょう、この気持ち。
何をしていいか分からない。
何が出来るか分からない。
私もそうでした。
被災地には知っている人がいないから。
私もそうでした。
偶然、
Miwakoくんの知り合いが石巻にいました。
ただそれだけで行きました。
私は、車の免許を持っていません。
だから、けんちゃんのお世話になりました。
けんちゃんの思いにも賛同できました。
お弁当とおはぎを作ってくれたキャシーがいてくれました。
キャシーが仕事で行けなかったので私が行けました。
受け入れてくれた佐久間ファミリーがいてくれました。
佐久間さんと親交の厚い、chikoさん、シエナのみなさんがいました。
親友の菊田くんがいました。
店を任せられる、すみちゃんがいてくれました。
そして、義援金、物資を私に託してくれた皆さんがいました。
石巻に行かせていただき、ありがとうございました。
知り合いがいなくても、何をしたらいいのか分からなくても
自分が食べれる、泊まれる準備をして、行って来てください。日帰りでもいいと思います。
被災地に行って、見て、聞いてきてください。
必ず何かが見つかるはずです。
もちろん行けない方もいるでしょう。
私に託してください。
どのように出来るか考えながらしていきます。
ご報告もいたします。
私が行けなくても信用のおける仲間に託します。
今回の石巻のご報告は以上です。
まだまだこれから長い道のりです。
引き続き
皆さんのご理解とご協力をお願いいたします。