生長の家創始者・初代総裁、谷口雅春先生の言葉

生長の家創始者・初代総裁、谷口雅春先生の言葉

生長の家創始者・初代総裁、谷口雅春先生の言葉です。

まず、与えよ


経済界の景気循環も自然の修復作用であって、行き過ぎたものが訂正されるのである。株価の変動でも上がり過ぎるものは下がるのであり、下がり過ぎるものは上がるのであり、上下を行いつつ、安定した価額に到達するのである。他の人の損を利用して、一種の駆け引きの上手さで儲けようなどと思ってはならない。株をもつならば、その会社が本当に人類に悦ばれる製品を発明したり、生産したりして、人類が皆喜んで、その製品に集って来つつある光景を心に描いて、その実現を祈るがよい。やがて、その会社が隆昌の上にも繁栄をかさねて、その会社の株価は上がるであろう。


このようにして、株によって、その人は儲けても、人から奪ったことにはならないのである。"奪う者は奪われ""奪ったものは奪い返される"のである。また、株の売買で儲けたごとく見えている人があっても、その人は必ず前世、または、父祖の時代に人々に恩恵を与えていた善業の循環であって、因果は昧(くらま)すことはできないのである。まず、与えておいた者が、与え返されるのである。


新版 希望を叶える365章

p.181

ただ、人類のために与えるだけ


物質的な富も貧乏も、それが人間の心を縛ることにおいてよく似たものである。富んでいるものは、その物質を増加したい、減らすまいとして、必要以上に心を労するのである。貧しきものは、生活をいかにして支えようかとして心を労するのである。


考え方は異なるけれども、どちらも物質について、心を労するのであるから、似たり寄ったりのものである。神からの富の供給というものを物質的標準によって自己限定して、物質の増減によって富の大小をはかろうとするから、そんなことになるのである。本当に神の無限供給によって富んでいるものは、ただ、人類のために与えるだけ、尽くすだけをしていれば、自然にその生活に必要なものが過不及なく流れ込んできて、心を労する必要がないのである。


新版 希望を叶える365章

p.169

富の流れ入る真空をつくる


キャサーリン・スローア女史は、繁栄に対する「真空の法則」というのを説いている。富を得ようと思ったならば、「真空」をつくらなければならないというのである。「自然は真空を嫌う」ということわざがある。空手(くうしゅ)になったとき、よく、宇宙普遍の富が流れ入ることになるのである。もし、私たちが与え切る生活になるならば、真空のところを、空気が自然にうずめるように、宇宙に満つる富が、自然にうずめてくれることになるのである。


「貧乏というものは、神の無限供給がいかにして得られるかという真理を知らないために引き起こされた地獄である」といった人もある。まず、富をつくろうと思うならば、「与える」ことによって「富」の流れ入るための真空状態をつくらなければならないのである。釈迦が「飢饉(ききん)のときほど托鉢(たくはつ)せよ」といわれたのは、飢饉によって貧しくなるような状態は、「与えること」によって、福田の世界に「真空状態」をつくっておかなかった結果であるから、「富」を得る準備行動として、まず、托鉢僧に施物(せもつ)を与えることによって、真空状態をつくっておかしめるためであったのである。


新版 希望を叶える365章

p.168

仕事の意義と尊さ


賃金のために働く者は、自分を売るものである。それは売春と異ならないのである。売春者は皮膚の接触や粘膜の接触を売るだけであるが、賃金のために働くものは、全身を売るものである。甲が乙を軽蔑するのは、猿の尻笑いに過ぎないのである。かくの如き人は、仕事なるものの本当の意義と尊さとを知らないのである。


「仕事」は表面は賃金のために働くような外観を呈しているが、「仕事」の最も重要な内在的意味は、人は仕事を通して「人類」に奉仕し、仕事を通して「愛」を実現し、「仕事」を通して自己の「魂」を発達向上せしめるということである。


仕事がなければ、われわれは人類に奉仕することができず、愛を実現することができず、自己の魂を向上せしめることができないのである。仕事は自己の魂を向上進歩せしめるための教材である。仕事なき人は、この意味において、実に気の毒な人だといわなければならないのである。


※猿の尻笑い-《猿が自分の尻の赤いのがわからず、他の猿の尻を笑う意から》自分の欠点に気がつかずに、他人の欠点をばかにして笑うことのたとえ。goo辞書


新版 希望を叶える365章

p.50

人を幸福にしたい願いを起こして実践せよ


この世界には"与えよ、さらば与えられん"の法則が支配しているのである。与えずして自分は幸福になろうとしても、それは種子をまかずして収穫を得ようとするようなものである。あなたが幸福になろうと思うならば、まずあなたは人を幸福にしてあげようという願いを起こさなければならない。その"願い"を起こすとき、それはテレビセットのチャンネルを幸福放送局に合わせたようなものである。しかし、願いを起こしただけでは、まだ、幸福番組を受像することができない。神から放送される幸福番組をハッキリ現象界の場面に受像するためにはスイッチを入れなければならない。すなわち、「人を幸福にしてあげる願い」を今度は実践に移すのである。それがスイッチを入れることなのである。


如意自在の生活365章

p.238

与えよ、さらば与えられん


各人の運命は各人のまいた想念の結果であり、それは無意識にしろ、有意識にしろ、自分自身が選んで想念した結果があらわれるのです。キリストは山上の垂訓の中で、「人をさばくことなかれ、汝(なんじ)らもさばきたる自己の尺度もてさばかれん」と言っているのであります。これが、茄子(なす)をまけば茄子を収穫し、瓜(うり)をまけば瓜を収穫する心の法則であります。寛大なる心をもてば、他から寛大に報いられ、峻厳(しゅんげん)な心をもてば、他から峻厳に扱われるのであります。他の悪口を言えば、また他から悪口を言われます。与えれば与えられ、奪えば奪われる。「与えよ、さらば与えられん。人は量(はかり)をよくし、押し入れ、揺り入れ、溢(あふ)るるばかりに与えられん」とルカ伝には教えられているのであります。みずから選んだものが、自分のものとなるのであります。


(注)峻厳-きわめて厳しいこと



新版『真理 第9巻 生活篇』

p.38 想念の選択による運命の改造

富は"信"を中心に集(あつま)り来(きた)る


富は常に信念なくして動揺する者には来(きた)らない。たとい富が一時来ることがあっても、磯に来る波のように常に動揺して去ってしまうものである。まず自己を信ずること、そして他を信ずること、そして自己のたずさわる事業に対して将来の一層の繁栄を信ずることである。そして"わがなすは神がなさしめたまうのであるから、究極において必ず自分の計画する事業は栄えるより仕方がない"ことを信ずることである。自己にこの信念がなければ、他の人々からその人は信頼をかち得ることができず、多くの人々から真に協力を得ることができないで、結局その事業は大きく成功することは不可能となるのである。また自分自身を信頼せず、自分自身に劣等感を持つ者は、自分の持っている能力の半分も完全に発揮することができないのである。


新版『真理 第9巻 生活篇』

p.158 繁栄への黄金律

利己主義は富を遠ざける


利己主義の人は人々から敬遠され、疎外(そがい)され、好感をかち得ることができないで、富の道をふさがれてしまいます。嫉妬心の強いのもいけません。性格や行動や話し方に皮肉や嫌味があらわれてきて、人々に嫌(いや)な感じを与えます。富は「人を楽しくする」ものでなければならないのに、人を不快がらせる性格を持っていることは「富」の反対のものを持っていることになるのです。ジャズ・シンガーや娯楽演芸の人たちが、毎年、申告納税のトップになっているのは、自分の能力を通して「人をできるだけ楽しくすること」を心得ているからなのです。人を喜ばすこと、そのことが「富」を与え、富を生産しつつあることになるのであります。人を喜ばすことのみを心がけているならば、必ず、やがて、天の蔵にある富が現実化するときが来るのです。


新版『真理 第9巻 生活篇』

p.155-156 繁栄への黄金律

利己心の変形である虚栄心のあるときには、富を築くことはできない。あまりに自分を社会的に高く見せようとしたり、自分自身の地上的な名声を傷つけてはならないなどということにこだわりすぎると、本当に自分自身に適している事業計画でも、それを実践することに躊躇(ちゅうちょ)して機会をのがしてしまいます。


そんな世間的な虚名(きょめい)などを考えないで、自分自身の持ち前の能力は何であるかをよく考えて、その持ち前の能力を生かすことによって、人類の幸福に貢献しようと努力すれば、「人類に幸福をもたらすもの」が「富」の本質でありますから、「人類に幸福をもたらすもの」を与え与えしてさえおれば、それが天の蔵に貯(たくわ)えられて、やがて、その貯えられた富の種子が発芽する時期になると、自然に現象界に富が実現してくるのです。まず、自分を人類に与えることです。


新版真理第9巻 生活篇

p.155 繁栄への黄金律

感謝の功徳は莫大である


感謝の功徳は実に数え切れないほど大なるものであるのである。自分の周囲のすべての人々に感謝し、自分の周囲にあるすべての事物に感謝し、空気に感謝し、日光に感謝し、水に感謝し、すべての飲食物に感謝し、建物に感謝し、すべての什器(じゅうき)・調度(ちょうど)に感謝するがよい。さらに、仕事に感謝し、自分の境遇に感謝し、わずかな収入であっても、それに感謝し続けるとき、あなたはしだいに、思いがけぬ幸福に見舞われ、不思議に収入は増加し、一層健康となり、あなたの社会的地位は、さらに、一層向上してくるに相違ないのである。


如意自在の生活365章 p.244