今回は、"物理的実体とは何か?"の続きで、物質を取り上げます。

まず一番簡単な物質である水素から始めましょう。

水素は化学の周期表の最初にある元素で、電子と陽子から構成されます。

この水素内の電子の挙動を古典力学で考えた場合には、電子は陽子の周りをまわることにより電磁波を発散して運動エネルギーを失い墜落して陽子と衝突することになります。つまり水素は自動的に消滅するというのが古典力学での予想です。

ところが実際には、水素が自動的に消滅することはありません。

そこで量子力学の登場となります。

量子力学では電子のような微視的な粒子つまり素粒子は、粒子と波の二重性を持つとされます。量子力学のシュレディンガー方程式を使って電子と陽子がクーロン力で引き合っている状態を解析すると、s軌道、p軌道、d軌道等と呼ばれる様々な波形が出てきますが、これらの波形は電子が存在する確率を表わすと考えられています。それが確率波です。確率波が中心の陽子と重なることがないために電子が墜落することはなく、水素は安定なまま存在できるとされます。

粒子と波の二重性というのは私が学生だった頃の古い表現で、超ひも理論の双対性(duality)が発見されてからは、双対性という言葉が流行して、粒子と波の双対性と呼ばれるようになってます。

確率波であるs軌道、p軌道、d軌道等が水素や酸素、炭素等の馴染み深い元素を含めて周期表にある元素の化学的性質を実現しているとされます。

一般に元素を含めて物質の性質を探究するには量子力学や場の量子論が不可欠ですし、最近では超ひも理論のAdS/CFT対応も使われるようです。

場の量子論では、素粒子の生成消滅を扱う必要から場の励起状態が素粒子そのものを意味すると考えますし、陽子を構成するクォークの漸近的自由な性質を説明する為に局所的に非可換な場や素粒子の対称性であるリー群のSU(3)xSU(2)xU(1)対称性を表現する為に内部空間を導入しています。

時空の他に新たに内部空間を追加した状態は、数学的には底空間である時空に内部空間を付与したファイバー束として表現可能だそうです。

超ひも理論にはコンパクト化された余剰次元が存在して、それが素粒子の対称性を実現するとされます。場の量子論で導入した内部空間が超ひも理論では余剰次元として最初から含まれています。

場の量子論の内部空間も超ひも理論の余剰次元も、ある意味では時空の拡張であると言えるでしょう。それが素粒子とその集合体である物質の性質に密接に関係しているということは、物質というのは時空という容器に入った内容物ではなく、時空と空間は同じ物の異なった側面に過ぎない。宇宙という一つの多様体を眺める角度により時間と空間と物質という違いが出来るだけで、すべては不可分の同じ物理的実体だと言えます。

さて、量子力学の確率波について、もう少し考えてみます。

我々が物を見る場合には、その物から放射あるいは反射された無数の光子を自分の網膜で感知することになります。つまり光子の確率波が網膜で収縮してエネルギーに変化しそのエネルギーを網膜細胞が感知して脳に伝えます。また電灯のスイッチをオンにすると電気エネルギーが無数の光子の確率波に変化します。

つまり確率波とエネルギーの相互変換によって、この宇宙つまり物理的実体が感知されて観測され存在が確認される。つまり観測には確率波の収縮が不可欠です。

ただこの確率波は不思議な存在で、宇宙空間を自由に伝搬する光子の確率波は宇宙全体に広がっているとも考えられますが、一瞬にして収縮します。

一瞬の収縮とは、光速を超える速度の収縮という意味です。

以前の記事で、流束(flux)が確率波及び波動関数の瞬時の収縮に関係しているかも? と書きましたが、代表的な流束である電束や磁束は光速を超えるとは思えないので別のメカニズムが必要になります。

そこで今回考えたのが、超ひも理論の余剰次元を利用する方法です。

素粒子の対称性を実現するコンパクト化された局所的な余剰次元とは別に、コンパクト化された大域的な余剰次元を導入します。そして素粒子であるひもの振動のソリトン波が時空とコンパクト化された局所的な余剰次元と大域的な余剰次元の3つの部分を出たり入ったりして伝搬する為に、4次元時空から見ると確率波として見える。またコンパクト化された大域的な余剰次元を経由することによって確率波が瞬時に収縮できるのでしょう。

ただ実際の加速器実験では余剰次元はまだ発見されていないので、CERN LHCで検出できるサイズ以下のコンパクト化された大域的な余剰次元が必要となります。

なお、確率波は物理的実体なのか?、という質問は難問です。

量子力学の波動関数から導かれるものが確率波だと解釈されているだけで、確率波自体を観測することは出来ません。ただ量子力学や波動関数が正しいことは明らかなので、確率波のような性質又は属性をこの宇宙が持つことは確かですね。