ある日ラジオを聴いていたら、生物学者の福岡信一さんが「火の鳥」について語っていた。それを聴いて数分後、普段漫画など全く読まないのに、気がついたらネットで『火の鳥 全13巻』をポチっていた。
そんな自分にまずびっくり!そして読み始めて更にびっくり!
手塚治虫の知識の深さと先見性、そしてとてつもない遥かな創造力に唸った。
亡くなる直前の1988年まで35年もの間描き続けられたこの作品は、紀元前から西暦3000年を超えた世界まで、過去と未来を交互に描きながら「生命とは何か」「死とはなにか」を問うている。実は未完である。
火の鳥の生き血を飲めば不老不死になれると信じ生に執着する人間たち。火の鳥はそんな愚かで滑稽な人間世界を鳥瞰的な視点で見下ろし見守る存在として描かれている。
手塚治虫は、鳥瞰している火の鳥のさらにその上、天の高みから俯瞰しているようだ。
生命は絶えず破壊と再生を繰り返す。神は自然界に遍在し、あらゆるものの中に存在する。
そんな輪廻転生と汎神論的な世界観が全編を通じて立体的に迫ってくる。
地球は、世界は、本来美しいのだ。すべては繋がっているのだ。
良くも悪くも魅力的な登場人物たちが、そう語りかけてくる。
実に面白い。
福岡伸一さんは、生命の「動的平衡」という視点から、「火の鳥」の意味やそこに通底する生命哲学を読み解いている。
「動的平衡」とは、絶え間なく動き入れ替わりながらも全体として恒常性が保たれていること。
細胞が集合して作られている自分の身体についても同じことが言える。一見変わりがないようでも、体を構成している物質は常に新しいものと入れ替わり続けている。
諸行無常、全ては移りゆく、全く同じ状態でとどまり続けることは無い。
だからこそ、今、この一瞬一瞬が大事。
限りある命をどう生き切るか。
「火の鳥展」で目に留まったのは横尾忠則が描いた「火の鳥」の絵。
掌の空間に光り放つ火の鳥が描かれている。
すでに一人一人の手中に、自分の中に、火の鳥はいるのではないかと思った。
