こんにちは、カサンドラ妻のなつみです。
ちょうど1年前のこの時季のとある日、私は自分から夫への愛情が一滴も残っていないことに気がついた。
きっかけは夫が救急搬送されたこと。
炎天下の中、趣味に出かけて脱水症状になり、うずくまっているところに心配してくれた人々が集まり始め救急車が呼ばれたのだ。
私は救急救命士の方から電話を受けたとき、大事な仕事の最中だった。
それに、「またか」と思った。呆れと憤り。
院内から車に移動するために車椅子に乗り降りする時の介助は看護師さんがしてくれて、私は会計手続きや車の移動をした。
夫に一切触れたくない。
そう思っている自分に驚きつつ、あぁもうダメなんだ…愛情は一滴も残っていないんだとまざまざと気付かされた。
そして、そう気づいたら無かった事にはできないのだと知った。
ちょうど1年前のこの時季のとある日、私は自分から夫への愛情が一滴も残っていないことに気がついた。
きっかけは夫が救急搬送されたこと。
炎天下の中、趣味に出かけて脱水症状になり、うずくまっているところに心配してくれた人々が集まり始め救急車が呼ばれたのだ。
私は救急救命士の方から電話を受けたとき、大事な仕事の最中だった。
それに、「またか」と思った。呆れと憤り。
これまでにも何度か同じようなことがあったにも関わらず、その行動をやめないからだ。
私は病院までの片道30分の道を運転し、その間全く夫を心配する気持ちにならなかった。
これまで何度か繰り返されてきた時には、心配する気持ちが僅かでもあったのに。更に最初の時は当時赤ちゃんだった子どもを抱きながら、泣いて病院に駆けつけた記憶があるのに。
そして、病院に到着した時、自力で歩けない夫に触れる事が出来なかった。
院内から車に移動するために車椅子に乗り降りする時の介助は看護師さんがしてくれて、私は会計手続きや車の移動をした。
夫に一切触れたくない。
そう思っている自分に驚きつつ、あぁもうダメなんだ…愛情は一滴も残っていないんだとまざまざと気付かされた。
そして、そう気づいたら無かった事にはできないのだと知った。