尊いもの

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 どの農家さんでもそうだと思うのだけれど、

うちでも販売している作物とそうでない作物があって、

作付面積でいえば、販売しているものにあてている方が多いが、

作物の種類の数でいえば、販売していないものの方がずっと多い。

 

育ち盛りをかかえた家族6人、

しかもベジタリアンだから、主食と年間の野菜消費量はパンパなく

例えば、一日食べる量、秋の菜っ葉なら

買い物かご一杯は余裕 f^_^;。

 

 

 畑を始めた最初のころ,

というと、まだ子ども達は生まれていないかったが、

1種類ごとの収穫量が全然足りなかった。

 

検討をつけた作付け量自体が少ない場合よりも、

虫や雑草に負けるなどの理由で、

「いつのまにかなくなっている」空間が、畑のあちこちにできて、

結果収穫量が少ないために足りなくなるケースの方が多かった。

 

また種を蒔く頃に思い描く収穫時の図、というのは、

店頭で売られているサイズの野菜達が、

ワサワサと風にゆれている光景。

 

それも実際は、かなり裏切られ、

ピンポン玉サイズの玉ねぎ、

ソフトボール大のキャベツ、

これが人参なら太い方、と思うようなほっそりした大根、

ひと口で食べ終わってしまうじゃが芋・・・。

 

想像と実際の差に愕然としながら、

それでも自分が採れたものが美味しくて、嬉しくて、大切に食べた。

 

(次回のパン焼きにむけて、電動石臼機で小麦を全粒粉に挽いておく)

 

 また自給分の作物を採ることを目指してから知ったのは、

1年で、その旬で、どれくらい家族で食べるのか、

ということが、自分で解っていないことだった。

 

これは醤油や味噌も同じで、

よく初めて仕込む人にも聞かれる。

 

これくらいあれば足りるんだろうか?

というハテナはいつも頭にあり、

足りなくても困るが、

多すぎて余ってももったいない、という感覚を、

いつも抱いていた。

 

 

 

 自家用に必要な量の目安がついてきた頃は、

畑の失敗も減ってきた頃で、

少し余るくらい作るのがいい、ということを知った。

 

足りないより全然イイし、

余るくらいあれば、

野菜を作っていない人、あれば欲しい人、喜んでくれる人にあげる、

ということも、同時に習慣になった。

 

「野菜なら邪魔にならんで。」

とご近所さんが言うように、

料理する人なら、野菜なら大抵喜んで受け取ってもらえる。

 

 

 以前、お隣に暮らしていたYさんは、

「人が作るのと同じものだと、やっても(あげても)大して喜ばれんで、

 なるったけ珍しいものにしたり、時期をずらして作っては配った。」

と、話してくれ、

私にも「食べきれんで、持ってって!」と、

畑で会うと、よく前掛けに山盛りの野菜をもらった。

 

実際Yさんは、

こんなに食べないだろう、と思うような量の野菜を育てていたのである。

 

それは、

畑が空かしていちゃ、もったいない、とか

ちょっと使いたいと思った時に畑にないと寂しい、

という感覚で、

畑暮らしをしている私もよくわかる。

 

 

「なつも、そのうちYさんみたいになるに。」
と子ども達。

そうね、

もうすでに、そうなりかかってるかも 笑。

 

 

 

こういうことって、順番だなあと思う。

 

人からしてもらったことを、

また別の人に返していく。

 

私もこれまで(今でも)、色んな人からお野菜を頂戴してきて、

その度にとても助かってきたし、嬉しかったし、美味しかった。

 

 

 

 和合に来てすぐのころ、
ご近所さんに採れた豆だか雑穀だかを持っていったら、
「こんな尊いものを、もらっちゃ申し訳ないなぁ。」

と言われた。

 

私が畑にいるのを普段見ているし、

豆や雑穀は収穫に至るまで時間がかかるし手間も要る、

ということを知って出てきた言葉だと思うが、

私の方は一瞬驚いた。

 

「尊い」って

意味は十分知っているものの、

日常会話で自分で使ったことはない。

 

「いとをかし」って知ってるけど使わないくらい、

私の中では古語の分類だ。


だから普段聞かないその言葉の新鮮さと耳慣れなさと、

さらにそれが自分に向かって使われたことで、

くすぐったいような、不思議な気分を味わった。


 その後「尊い」は、この辺りでは当たり前の表現と知り、

それから幾度も聞くようになった。

 

慣れてくると、「貴重」よりも温かみがあって、
心地よい響きで、いい言葉だなと思う。

 

 

 

 どこかで自分でも使ってみたい思っているのだが、

これがなかなか難しい。


その土地の言葉って、語尾とかアクセントとか、

会話しているうちに自然にうつって使ってるものと、

知ってるのに自分ではテレが入って使えないものとある。

 

 

Yさんくらいの年齢になったら、

こういう言葉もサマになって使えるんだろうか。

 

せめて「尊いもの」と言ってもられるような作物を、
育て続けていたいなと思う。

 

(久しぶりに出してきたベーゴマに興じる子ども達。)