edihの昭和音楽よもやま話

60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


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昨日今日と涼しさを通り越して寒いお盆となりました。この時期必ず思い出すのは

「精霊流し」(74年4月発売)

 

さだまさし"さんのいた"グレープ"の大ヒット曲。
この曲をはじめて聴いた時、かぐや姫の「神田川」や陽水さん一連のマイナー曲に並ぶ叙情フォークの1曲に思えた。そもそもこの「精霊流し」は、デビュー曲「雪の朝」がヒットせず正月、長崎に帰京したさださんが、水難事故で亡くなった従兄が、生前、バンドで演奏したテープを聴いたことから生まれた歌だった。
当然ディレクターの目に留まり、2ndシングルとして発売されたが、当初は売れず、深夜ラジオの「ミッドナイト東海」で流し続けてから、全国的に売り上げが広がり、130万枚の大ヒットとなった。(陽水さんも「ミッドナイト東海」からだった)

曲のイメージからさださん自身もネクラタイプだとばかり思っていたが、当時のフォークシンガーは深夜ラジオでレギュラーを持つのが一種のステータスであった時期、さださんも「セイヤング」のレギュラーで落研出身とあって喋りは面白くかったものの、ライブなんかも女性ファンが多いのか、どうも喋りのターゲットが女性に向いているように思えて、個人的には好んで聴かなかった。
今思えば、さださんの流れるような曲、風情のある詞には家族が出てきたりとなかなかの詩人であるように思う。

結局「精霊流し」のイメージが付き纏い、同じ路線を狙おうとするディレクターと狭間となって、76年には解散。ソロとなっての活躍は今更説明はいらないだろう。
ただ、ライブでのトークのみのDVDが出ていたのには驚いた。歌わずに喋りだけでファンを満足させる歌手はさださん位だろう。

もう一曲、昔から気に入っている曲。さださんが作詞、作曲、"クラフト"に提供した

「僕にまかせてください」

 

同じレコード会社だったディレクターがクラフトをメジャーにしたいがために、さださんに曲を依頼し、TVドラマの主題歌に起用され、50万枚のヒット。出だしのマイナーからサビではメジャーっぽくなる展開は「精霊流し」と同じ感じ。ハーモニーを生かしたパンチのあるサビの部分は説得力あるように思う。
余談であるが、さださんが作ったときのタイトルは「「彼岸過迄」(ひがんすぎまで)」

ディレクターがイメージが暗すぎると代案したそうである。「僕にまかせてください」のタイトルで正解だったかな?

 

 

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