edihの昭和音楽よもやま話

60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


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70年代はじめ、TVでは"岡崎友紀"さん歌は"南沙織"さんがお気に入りであった私が、思わず「カワイイ!」と思ったのは"五十嵐じゅん"さん。

70年"堺正章"さんメインのバラエティ「日曜8時笑っていただきます」でマドンナ役でデビュー。71年6月には「幸せの行方」で歌手デビュー。清純な美貌のアイドルとしてグラビアなど大人気となった。当時は今と違って歌番組が多い頃、バラエティでもゲスト歌手の歌コーナーがあって、歌手がTVに出れる時代であった。71年はアイドル歌謡全盛前、どちらかというと歌唱力は二の次のルックス優先の時代、そんな意味では"五十嵐じゅん"さんは女性アイドルの走りであったかもしれない。

4枚目のシングル、どことなく好きな曲だった
「ひみつのお別れ」(72年7月発売)


 (作詞:落合恵子 作、編曲:森田公一)

曲は若さやかわいさをアピールするよりも、ご本人が歌いやすい曲、曲調も"伊東ゆかり"さんや"小川知子"さんのようなちょっと悲しげな純歌謡的感じが多かったのもこの頃の特徴のような気がする。
歌手としては2年間で5枚のシングルとアルバム1枚をセールス、タレント活動も73年に突如、芸能界から姿を消した。

だが2年後の75年に、映画のヒロイン役でカムバック。しかも絡みのシーンがあると男性週刊誌で話題となり、中学生の私は、真相を確かめに映画館へ行ったのでした。

阿寒に立つ

以降は"五十嵐淳子"さんとして女優さんとして長く活躍されるのだが、なんと正式な芸能界デビューは70年9月封切の映画「ずべ公番長・夢は夜ひらく」のピッピー娘役。彼女をプロデュースした"上條英男"氏曰く、この映画で共演した"梅宮辰夫"さんからの紹介だったと言っているので、おそらくこの映画に出演後、彼女を預かり、アイドル路線で売出すことにしたのであろう。

 

まだ試行錯誤していた女性アイドルの70年代初期、美形アイドルとしてデビュー、また数年後には女優として体当たり演技をしたのはひょっとしたら"五十嵐じゅん"さんが最初だったのではないだろうか。
(文中一部敬称略)

 

 

 

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