edihの昭和音楽よもやま話

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おかげさまで40,000回のアクセス突破。誠にありがとうございます。 区切りの今日は久しぶりに"PYG" 期待のデビュー曲「花・太陽・雨」は不発、アップ・テンポなシングル第2弾は

 

「自由に歩いて愛して」(71年7月21日発売)

 

(作詞;安井かずみ 作曲:井上堯之)

イントロは堯之さんのギターのリフ、線半は萩原さん、堯之さん、沢田さん、大野さんの4人のハモり、サビは沢田さんのソロ。
ラストは大野さんのキーボードのソロで締めくくるロック色が強いビートなナンバー。オーバーダブで大野さんのアドリブは聴きどころだが、よーく注意深く聴き取れない位の音量。

今後もこの路線でいくのかな?と期待したものの、「花・太陽・雨」より若干売れた位で10万枚に届かず、スパ+テン+タイガースのファンを見込んで3倍の売り上げを見込んだナベ・プロのだったが、むしろタイガースの売り上げの1/3と伸び悩む。
ハード・ロックのカバーをレパートリーに、ロックイベントにも参加するがロックファンに受け入れられなかったのが誤算の一つ。

また結局のところ、GS時代からのファンを相手に活躍の場をGS時代と同じジャズ喫茶となっていくのだが、沢田さんと萩原さんのそれぞれGS時代からのファンがともにPYGを応援するどころか、熾烈な争いが勃発。1回目は沢田さんのトークの日、2回目は萩原さんと、また個々のコーナーを設けるなど工夫したものの、グループ内でのファンのライバル視は変わらなかった。

シングルは、A面は部分的に沢田さんのソロが入り、B面は沢田さんの完全ソロ。のちに萩原さんが「俺はリード・タンバリンじゃない」とPYGとしての活動を離れていくのだが、萩原ファンも同じくPYGから離れ、沢田ファン中心となってしまう。

音楽雑誌「MUSIC LIFE」ではバックの4人は人気投票でそれぞれの楽器パートで上位を占めている。プレーヤーとしては認知されつつ、ナベプロ所属で沢田さん萩原さんの2トップいうことがもしロックバンドとして、男性ファンに受け入れられていたらPYGはもっとエネルギッシュなロックバンドとして活動していたかもしれない。が、現実のところGS時代からのファンを相手をするしかなく、愛だの恋だのといった歌を歌っていくしかなかったのあろう。

8月にリリースする1stアルバムに、英語ヴァージョンが収録されている。海外進出を視野に録音したという説があるが、これも現実なっていない。
個々には実力と人気は認知されつつも、PYGとしては受け入れならなかった。
哲学的で少々重かった「花・太陽・雨」とはとは違い、ポップな感覚の「自由に歩いて愛して」。だが、この曲も不発で終わったのは、まだGSのという残像があったためだったのかもしれない。

(前半英語ver、後半日本語Ver)

 

 

(文中一部敬称略)

 

 

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