edihの昭和音楽よもやま話

60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


テーマ:
前回紹介した「クールな恋」を聴くたびに何故か被ってしまう、
女性コーラスと一緒に歌う、
乙女の祈り

乙女の祈り

(作詞:なかにし礼 作、編曲:鈴木邦彦)
歌ったのは"黛ジュン"さん。 

デビュー曲「恋のハレルヤ」はドラムとベースの効いたビートに
オーバーダブによる一人二重奏と、日本でビートルズを担当した
東芝キャピタル・レコード の"高嶋"ディレクターが手がけた
和製ガールズ・ビート・ポップ。(一人GSサウンドともいわれている)
黛さんが東芝に紹介したゴールデン・カップスと共に、高嶋氏担当の
60年代後半のサウンド作りは多大なる影響を及ぼしている。

一方、"美空ひばり"さんがゴーゴーを踊りながらミニスカートで歌った、
真赤な太陽」(67年5月発売)

ひばり

(作詞:吉岡治 作曲:原信夫 演奏:ブルー・コメッツ)

元々アルバムのなかの1曲だったのが、コンサートで話題を呼び、
シングル発売。「ブルー・シャトゥ」の大ヒットでブレイクしたブルコメを
バックに歌ったのも手伝って大ヒットした。

当時、ヒット曲を集めたオムニバスLPや4曲入りのコンパクト盤が
販売されていたが、よそのレコード会社のヒット曲を自社の歌手に
歌わせることがあった。(カップスの歌う「エメラルドの伝説」も存在)

「真赤な太陽」も黛さんが気に入りコンパクト盤としてレコーディング。
契約上クリアされながらも20万枚のオーダーを抱え販売寸前に、 
ひばりサイドからのクレームによりオクラ入りとなった。
その無念さらか、69年2月、実兄の"三木たかし"氏作曲の
不思議な太陽」が発売される。

不思議な太陽

こちらも「真赤な太陽」に負けず劣らず素晴らしい出来でヒットした。

それから、26年後の1994年
黛バージョンの「真赤な太陽」は晴れてシングルで発売。


よーく聴いてみると、演奏ではブルコメの方が勝っているが、
この「真赤な太陽」は黛さんが歌うべきして、
生まれてきたそんな気もするである。

(文中一部敬称略)

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