edihの昭和音楽よもやま話

60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


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円谷プロTVや大河ドラマ、「傷だらけの天使」などの脚本家で知られる、「市川森一」さんが、10日肺がんでお亡くなりになりました。最近では情報番組のコメンテータとしてTVに出演されていました。

市川さんと、萩原健一さんとの関係、役者”ショーケン”を位置づけるきっかけとなったのは、市川さんではないか。出会いは、TBS「刑事くん」の脚本を書いている頃に、萩原さんに出演依頼をしたのが最初。

出来上がったのが元刑事役で、
タイトルはPYGのソロ・シングルから

もどらない日々」(71.11.25OA)

 

もどらない日々


この回の視聴率は20%に跳ね上がり、以降「刑事くん」は、ゲスト歌手メインという形が多くなる。72年4月には沢田研二さんがゲスト出演の「許されない愛」とつながった。PYGの曲を劇中にしようするなど、萩原さん、沢田さんとの関係は続く。

市川さんの「太陽にほえろ!」でのデビュー作でもある

「そして、愛が終わった」(73年12月1日OA)

犯人役には沢田さんが、イメージダウンを恐れた事務所の反対を押し切っての熱演。演奏は勿論「井上堯之バンド」であるからして、この第20話は「PYG」のメンバーが勢ぞろいする。

そして愛が終わった

射殺後、

「俺よぉ、撃つ気なんかなかったんだよぉ。目、開けてくれよぉ。ゴメンナサイ・・・、起きてください!・・・お願いします・・・・。畜生ぉ、おれもう、刑事なんかやめたぁ!」と泣きじゃくるマカロニのセリフが印象的だった。市川氏は2人に対し、

 

「ショーケンがジュリーをドラマに引き出すとき、
“殺す行為と殺される側の間には、
必ずホモセクシャルがないと成立しない。
最初に床を共にする女と同じほど重要なんだ。
それにはジュリーしかいない”と。
ジュリーも“ショーケンになら殺されてもいい”という。
まさしく精神性ホモです。
これは友情の純化した姿だと思いますよ。」


とコメントを出している。

余談ではあるが、殉職での降板は、萩原さんの申し入れによるものであった。
「おかあちゃん、暑っいよぉ~」

とあえて自ら犬死のセリフに変更した、
「13日金曜日、マカロニ死す」(73年7月13日OA)

 

試写会


試写会をかねて”葬式”まで行われるほどの人気ぶりであった。(写真は”早見淳を慎む夕べ”より)

PYGを離れ、齋藤耕一氏の下で助監督の修行をするも、主役が決まらずに、最終的に主演となった映画「約束」、日本テレビのプロデューサー「岡田晋吉」氏が、「約束」での萩原さんの演技振りをみて、「太陽にほえろ!」の主役に抜擢する。
”太陽”以降の役者としての活躍ぶりは言うまでもない。

萩原さんの役者としての原点は、市川さんとの出会いであり、本格役者としてのスタート地点であったように思う。1年後OAされる「傷だらけの天使」では、3話の「ヌードダンサーに愛の炎を」をはじめ、市川さんは、26話中7本の脚本を書いております。

合掌。

 

 

 

 

 

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