edihの昭和音楽よもやま話

60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


テーマ:
スパイダース、テンプターズのファンだったのでPYGも応援していた。でも、沢田さんがソロになって井上堯之グループとしてバッキングになった時は正直複雑な心境だった。

TVは堯之グループがバックだったので見ていたが、レコードは買わなかった。それは演奏が「ケニーウッド・オーケストラ」で堯之グループ(バンド)の演奏でなかったから。

Wikiではレコード演奏も堯之バンドとなっているが、74年まではA面は「死んでもいい」と「恋は邪魔もの」の2曲のみ。「死んでもいい」以来、沢田さんの新曲が発売されるとレコード店へ行き、歌詞カードで演奏者のところを真っ先に見て、堯之バンドだったら無条件に買うといったことをしていた。

73年4月発売 初のオリコン1位獲得した

危険なふたり

危険なふたり
(作詞:安井かずみ 作曲:加瀬邦彦 編曲:東海林修)

ケニーウッドの演奏なのだが、これは気に入って買った曲。この曲で一気にスター街道まっしぐら、暮れには日本歌謡大賞を受賞。

個人的には「安井=加瀬」コンビが、沢田さんにはピッタリだと思う。安井さんの女性を下からの目線で見上げるような詞と、加瀬さんは”E"のコードが主体の作曲家、明るいポップな感じが多い。

一方、70年後半、一世を風靡する「阿久=大野」コンビは女性を見下げるような「お前」と呼ぶ男性的な詞で、大野さんは”Am"の音(ラ・ド・ミ)が主体のマイナーな曲が多く、約3年の間、このコンビのパターンが続いたが、男を歌うのは私の描く沢田さんのイメージからは違うように思えた。

「危険なふたり」にもどるが、印象的なギターのイントロは松木恒秀氏。ギターのフレーズは松木氏のアイデアで、歌謡曲にしてはカッコよく、また、ブラスが入るロック調なバンドスタイル、ベースはピッグベース、ドラムは珍しくハイタムが使われ、サビのアレンジはオールディス風となっている。

さて、問題の「ケニーウッド・オーケストラ」だが、前も話したとおり、ポリドールの専属バンドではなく、スタジオ・ミュージシャンがその都度ピックアップされ、レコーディングしていたらしい。

編曲はステージ101で御なじみの東海林修氏。「ブラスロック歌謡な1972年」で述べたように、ステージ101の演奏をつとめた

Dr:田中清司 Gt:松木恒秀 B:武部秀明 P:栗林稔

の面々の演奏の可能性が高いのかなと思う。

この「危険なふたり」はライブアルバム
73年「JULIE Ⅶ 沢田研二リサイタル」
77年「ハムレット・イン・ジュリー」
79年「JULIE ROCK'N TOUR '79」(カセットのみの販売)で井上堯之バンドの演奏で聴くことが出来る。
79

危険なふたり

ドラムから入るイントロとレコードでは「♪アーン、アーン、それでも~」が、「♪アーッ!、アーッ!、それでも~」と歌われるライブテイクもなかなかなものです。
(文中一部敬称略)


AD
いいね!した人  |  コメント(5)  |  リブログ(0)

edihさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

SNSアカウント

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。