柳ジョージと70年代 | edihの昭和音楽よもやま話

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60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


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柳ジョージさんの訃報を14日の朝、TVで知った。
78年の「柳ジョージ&レイニーウッド」のヴァージン・コンサートを見た時のパワー溢れる歌声と、泣きのギターが忘れられない。2005年の再結成LIVE「24年目の祭り」のDVD発売記念TVを見た際、痩せて声に力がなく、病気を患っているんだろうかと心配したものだった。

77年10月、萩原健一さん主演のドラマ「祭ばやしが聞こえる」がOAされた。
井上堯之バンドをバックに(契約上、レコードでのクレジットは演奏:Nadjaバンド)柳ジョージさんが主題歌を歌い、オリコン46位のヒットしたおかげで、「柳ジョージ&レイニーウッド」としてレコード会社と契約、78年2月にバンドとしてレコードデビューをする。

 

 

 

祭ばやしが聞こえる


主題歌を歌うきっかけとなったのは、ジョージさんがセッションで歌った「アルバトロス」の「ダイレクト・カット」というアルバム

 

 

アルバトロス


堯之さんが、萩原さんにジョージさんの歌を聴かせたところ、歌声を気に入り、番組の主題歌へ抜擢、78年~79年に行われた自身のLiveにバックバンドとして柳ジョージ&レイニーウッドを同行させ売り込みをかけた。(1部は1stアルバム中心に柳ジョージ&レイニーウッドのライブ構成となっていた)

続いて、萩原さん主演の「死人狩り」の主題歌として、英語で歌っていた2ndアルバムのタイトル曲「Weeping In The Rain」を日本語の詞に変えて「雨に泣いている」としてシングルカット、オリコン20位のヒットとなりレイニーウッドはブレイクした。英語の歌詞のR&Bにこだわり続けた男が、萩原さんとの出会いにより、日本語のR&Bで脚光を浴びたのである。


60年代後半、「パワーハウス」の全身「べべス」ではサイドギター担当で、ベース担当が脱退するのを機にベース転向を買ってでる。
69年「パワーハウス」でプロデビュー。一時大学へ復帰、卒業後、70年、「10円コンサート」などで、セッション競演した成毛滋氏と角田ひろ氏とで「ジプシー・アイズ」を結成、日比谷野音などライブ活動を行っていた。「日本のベーシストで柳ジョージの右に出るものはいない」と当時成毛氏は絶賛していた。

 

 

 

 

ジプシーアイズ

 

 

 


9月に「ゴールデンカップス」に招かれたため「ジプシー・アイズ」は消滅、しかし成毛氏の頼みで「ストロベリー・パス」「フライド・エッグ」のアルバムにセッション参加、渋い歌声を披露している。残念ながら「ジプシー・アイズ」はレコードデビューしていないが、凄いサイトにぶつかった。

 

「成毛滋のレア音源」で「ジプシー・アイズ」のライブ音源がアップされている。
75年の頃の音源だそうだが、ジョージさんの渋いヴォーカル、Gtが聴ける。R&Bを歌い続け、脚光を浴びたシンガーが、星になってしまった。合掌。

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