edihの昭和音楽よもやま話

60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


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67年、ダンス喫茶「ディスコティーク」にレギュラー出演、次世代GSを探していたホリ・プロにスカウトされ、「朝まで待てない」でデビューした"ザ・モップス"
リード・ボーカルは和製エリック・バードンさながらの
"鈴木ヒロミツ"さん。

ビクターからキャッチフレーズを勝手に「サイケデリック・サウンド」として売り出されるが、実際はR&B志向だった。GS衰退の69年に東芝に移籍、英語歌詞のロック路線だったが、ステージでやけくそ的に歌った「月光仮面」が人気を呼び、以後、日本語ロックでオリジナルティを確立を試みる。

72年7月、フォークとロックの融合的アルバムを発表。

モップスと16人の仲間

16人の仲間とは、曲を提供したフォーク界際のソングライターのことで、中には、モップスの前座をしていた"井上陽水"さんや、"忌野清志郎"さんなどが参加している。

同時にシングル・カットされた「たどりついたらいつも雨ふり」



作詞、曲は"吉田拓郎"さん。この曲は自身のアルバム「元気です」でセルフ・カバー。アコスティックとモップスのヘビーなサウンドと聴き比べてみるのも面白い。
(メロディラインが一部違うのも注目)

フォーク系の拓郎さんや陽水さんなどの歌を歌うことに
違和感を覚えたファンもいたが、トリオながら分厚い演奏は、ニューロックにシフトした"ゴールデン・カップス"とともにロックファンに支持をされていた。

陽水さんとモップスのジョイントで歌った

傘がない」は、かなりヘビーにキメている。

解散後ヒロミツさんはタレント、俳優に転進。ギターの"星勝"さんは陽水さんなどのプロデューサーでおなじみ。

98年、ヒロミツさんは"バブルガム・ブラザーズ"の"ブラザー・コーン"さんプロデュースのアンサー・ソング
「たどりついたら雨ふりだけじゃなかった」のカップリングでカバー、2008年には事務所の後輩にあたる"和田アキ子"さんが、生前のヒロミツさんの歌声に歌入りし、デュエット・バージョンとしてカバーしている。


(文中一部敬称略)
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