edihの昭和音楽よもやま話

60~70年代を中心に、音楽にまつわる話をアップします。


テーマ:
74年6月「目かくし」でデビューした”石江理世”(いしえみちよ)さん。



(作詞:阿久悠 作、編曲:都倉俊一)

あのオーデション番組”スター誕生”の第7回決勝大会(73年7月)最優秀賞受賞。(参考までに第7回チャンピオンは”城みちる”さん。)
渡辺プロがTVの主導権を握っていたこの頃、番組からスターを育てようとはじまる、森昌子さん、山口百恵さん、桜田淳子さん、ピンクレディなどが巣立っている。
(同期の”伊藤咲子”さん”小林美樹”さんとで「花の末っ子トリオ」として売り出そうとしていたらしいのだが・・・・)

詞、曲を担当した 阿久、都倉両氏は、この番組の審査員でもあるのだが、出場者に対しての辛口評論は見ていて痛々しかった。むしろ初司会だった”萩本欽一”さんのお遊びコーナーを楽しみに見ていた。(ピンクレディ以外のスタ誕合格者に提供した”辛口”両氏のコンビ作品は、案外ヒット曲が出ていないんだけど・・・・。)

14歳でデビューした ”石江理世”さん、自分の実力を試す気分で応募、合格。割と長身で細やかなビブラートが特徴だ。イントロはモノ・シンセとトランペットのリフと、8部に刻むベースとパワーなドラムが印象的。73年キャンディーズの「あなたに夢中」で、初めて使用されたシンセ音は74年には多様化されはじめてくる。

この曲はなんといっても、ベースライン。「♪危ないことだと~ぉ、言われるけれども・・・」のBメロではオクターブでの奏法が聴かれ、久しぶりに激しいベースライン。だが74~5年にかけて、スタジオ・ミュージシャンもまた新たなメンバーが増え特定しにくい。
サビ最後の「♪だからいい~のぉ~」の後で、一転してR&R風に変わるのもまたいいアレンジをしている。ピンクレディで一生を風靡した都倉氏、売れ線狙いか70年後半は、懲りすぎというか、大げさすぎるアレンジが多く、この時期の曲の方がいいような気がする。オリコン最高79位、約2万枚の売り上げであった。

シングル第2弾の
「放課後」 (74年10月発売) 


(作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一 編曲:ボブ佐久間) 

この曲のアレンジもすこぶるカッコいいなぁと思ったら、アレンジは”ボブ佐久間”氏。都倉氏ではなかった。シンセをフィーチャーしたイントロ、キメのフレーズは当事の歌謡曲にはなかった斬新かつ新鮮さを感じる。ブラスセクションのスコアはなかなかなものである。

ボブ氏は「科学忍者隊ガッチャマン」の劇中BGMを担当、作曲された方。ガッチャマンのBGMを聴いていただければなるほどと思われるだろうが、アニメ初?の、ブラス・セクション中心なサウンドが特徴である。が、「放課後」はオリコン圏外、ヒットとはいえなかった。
(石江さんは、77年に同じスタ誕出身の”黒木真由美”さん”目黒ひとみ”さんとポスト・キャンディーズ的グループ”GAL"に参加、「薔薇とピストル」で復活する。)

70年代中盤からいかにも「”シンセ”を使ってますよ!」的、アンバランスな楽曲が増えるが、シンセを旨く効果的に使用したこの「放課後」は、70年代中盤に新たなサウンドを送った1曲ではなかったかと思うのです。
(文中一部敬称略)

放課後/石江理世
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