今日は仕事を辞めた後輩が

職場に訪ねて来てくれた。

 

生後半年の赤ちゃんを連れて。

 

「お子さんに!」

とお菓子の詰め合わせをくれた。

 

本当はもっと早く来たかったけど

来たら泣いてしまうだろうから

なかなか来れなかった、と。

 

その気持ちだけで泣いてしまった。

 

また、一緒にランチしましょう、

必ずですよ!

 

と言ってくれた。

 

この後輩は私がどんなに

シンゴが大好きだったか知っていた。

というか、気付いてくれていた。

 

だから心配だった。と。

 

こういう時に寄り添える人は

本当にすごいなと思う。

私にはその能力はきっとない・・・。

 

そんな寂しさを引きずって

久しぶりにシンゴの親友に会った。

 

美容院へ行ったけど

まだ最後のお客様がいて

ちょっと待合いで待たされる。

 

最後のお客様は女の人だった。

何やら楽しそうにキャッキャと笑っていた。

 

煩い。

幸せな人はいいよね。

 

そんなことを思うくらい私は荒んでいた。

顔も見なかった。

 

お客様が帰った後に親友が言った。

 

「さっきの人も何年か前にシンゴと同じ突然死で

旦那さん亡くしてるんだよ」

 

(親友の名誉のために書きますが、そのお客さんは親友の友達だったので

教えてくれただけです。個人情報を教えたわけではないので…)

 

え!?

 

それでもあんなに笑えるの!?

 

信じられなかった。

そんな風に全然見えなかったから。

 

でも私にはそんなことは無理だ。きっと。

 

親友には泣きつきに来た。つもりだった。

けど、色々話していたらあんまり泣けなかった。

以下、会話の覚書。

 

私「シンゴは今、何してるんだろう」

友「死んでも会えないぞ。死んだら終わりだからな」

 

私「シンゴの分まで子育て頑張らないと」

友「シンゴの分までやることない。

お前のやりたいようにやればいい。」

 

私「後1年、とか、わかってたらさ・・・。」

友「余命がわかってたら、俺の好きにさせろって

お前放って好きな事しかしねーって!」

 

親友の返しはいちいちシンゴっぽい。

 

きっとシンゴがいたら、同じことを言うだろう。

 

世間一般の慰めの言葉はかけてもらえない。

 

でも。それが私には心地良かった。

 

そして話していて気付く。

 

きっと私は

「雑談」が

したかったんだ、と。

 

日常の何気ないことでシンゴと笑い合っていた。

でも、シンゴがいなくなって

他愛もない話をする人がいなくなった。

 

それがこんなに辛いとは思わなかった。

 

嘆いていると

 

「まだ40歳なんだから、まだまだこれから先

色んなことがあるって!!」

 

と言われる。

 

そうなのかなぁ・・・・。

 

 

私は恐る恐る親友に聞いた。

 

私「実家に帰る、とか・・・アリだと思う?」

 

友「その方がいいんじゃないか。

シンゴの思い出の家で暮らすの辛いだろ?」

 

なんと。まさかの実家帰る賛成派。

 

親友はシンゴの唯一無二の親友。

厳しく、優しい。

 

シンゴは私がこの先の人生迷わないように

相談できる親友を残して逝ってしまったんだろうか。

 

「親友は寂しくないの?」

と聞くと

 

「俺はまだシンゴがいると思って過ごしてるから」

と言っていた。

 

離れていればそれも出来るだろう。

 

でも一緒に暮らしてた人を失った側は

そんな勘違いすらできない。

 

 

散々愚痴って家に帰ったのに

子供たちが寝てるのをいいことに

また実母に電話して愚痴る。

 

「シンゴの分まで子育て頑張らないと」

 

と言うと

 

「シンゴ君の分までやることないよ。

あなたのやりたいようにやればいいんだよ。」

 

と。

あれ?さっき同じことを聞いたな・・・。

 

そうか。

出来ることをやればいいんだ。

 

私がシンゴを背負うことはない。

 

私は私の人生を私がやりたいようにやればいいんだ。

 

なんとなくそう思った。

 

もう、シンゴはいないのか。

 

この現実を認識するしかないのか・・・。

 

 

シンゴの親友と話したことで

雑談が出来た日々が

どんなに貴重なことだったかを

再認識してしまった

死別38日目。

 

 

汗死別した人と共感したい汗

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村