これは、フィクションです。(創作文)
イ・ビョンホンが出演した「オールイン」の最終回を見て、少し、物足りなさを感じたので、その後のSTORYを創作してみました。
独り勝手気ままな妄想劇場です。

前回までの話はこちら→目次



第46話 遠い道









チェスは、丁度、ビルから出て来たばかりのイナと出くわした。

チェスには、自分を探していたと、聞いていた割には、イナの態度が、不自然に思えた。


「…なんだ?俺に用があったんじゃないのか…?」


チェスは、口許に笑みを浮かべていた。



「…いや…。…もう済んだ…。終わったんだ。」


イナの言葉に、チェスは、ハッとビルを見上げた。



「…何をした…?」


チェスは、目を見開きイナの襟首を掴み、詰め寄った。



「…お前は、気付いていたのか…?」



イナは、寂しそうな目でチェスを見据え、そう言った。チェスには、なんの事かさっぱり分からなかった。



「…シバゥという男が…お前を狙っていた事を知っていたか…?…」



イナの言葉に、チェスは、カッとなった。


「何を根拠にそんな事をいうんだ!?そんな事がある筈ないだろう!?」



だが、イナは、更に続けて言った。



「…チョンエも狙われていた。お前は…うすうす気付いていたんじゃないのか?」



その言葉に、チェスは、手から力が抜けたようだった。

するりと掴んでいたイナの襟首から、手を離した。



「…それは…イナの憶測だろう…?」

チェスは、否定したが、チェス自身もシバゥの動きが気にはなっていた。


「…俺が、こんな時期に憶測でここに来ると思うか…?」

イナが、そういうと、チェスは首を振った。


「…いや…。…俺を探してると聞いて、不審だと思ったさ。…チョンエに何かあるのかと。…認めよう…。俺もシバゥが何かしようとしてると思っていた…。」


素直にチェスが、そう認めるとイナは言った。


「…シバゥがファルコーネを狙っていた事を知っていたか…?」


イナが、そういうと、チェスは驚いた表情を見せた。


「…まさか…。そんな馬鹿な事を…?」

「お前を消し…ファルコーネを狙い…頂点に立とうとしていた。…俺は、ファルコーネの筋の情報を聞いた。…だから、お前を探していた。…しかし、もう…手遅れだ…。」

「…どういう意味だ…?…いや…分かった…。察しはついた…。」



チェスは、すぐにこれからどうなるか、分かっていたようだった。

唇を噛み締め、イナに言った。



「チョンエに謝っておいてくれ。仕事が片付いたら又行くと言ったが…どうやら、もう行けそうもないと…。」



「…逃げろよ…。…ファルコーネは、お前の事は反逆因子とは思っていない…。」


イナは、逃げる事を進めた。


「…そんな事ができる訳がないだろう。知らなかったからと…ボスが逃げる訳いくか!?…例え、犬死にでも…俺のファミリーを見捨てる訳には行かない…。そうだろう?」



チェスは、決心した様に、そう言った。


「…チョンエは…どうするんだ?」


チェスは、その名前を聞き、一瞬ためらいの表情を見せたが、すぐに

「…俺は、能がない男だ。…もともと住む世界が違い過ぎたんだ…。」

と、ふっきるかのように語った。


イナは、何も言う事が出来なかった。

一度、腹をくくったら、何を言っても無駄な事は、分かっていた。

チェスは、イナの言いたい事が分かったように頷いた。



「…イナ…。ありがとう。お前に会えて良かったよ…。」


チェスは、イナの肩をポンと叩くと笑顔で、ビルの中に入って行った。


イナは、そんなチェスの後ろ姿をしばらく見送り、テジュンの待つ車に向かった。




「…遅かったじゃないか…。心配したぞ?…チェスと何を話してたんだ?」


イナが車に乗り込むなり、テジュンは、話しかけて来た。


「…ちょっとな…。…」


イナは、座席に深く腰掛けると、小さく溜め息をついた。


「なんだよ?人が心配してるのに…。」


テジュンが、そう愚痴ると、イナが座っていた助手席側の窓ガラスがノックされた。

イナが、ふと顔を上げると、ジェニルが立っていた。


「…悪いが…ここで待っててくれ…。」


テジュンにそう言うとイナは、車からおりた。








「…お前の気持ちは、分かる…。」

と、ジェニルは言った。


「…何とか出来ないのか…?」


イナは、何も出来ない自分に歯がゆさを覚えていた。



「…すべては、ボスの決める事だ。」


ジェニルの言葉にイナは、溜め息を漏らしていた。


「…なんだか嫌な気分だ…。雨が降るかもしれないな…。」


曇った空を見上げたイナの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた——。









チェスは、エレベータを降りると、注意深く辺りを見回した。



…ちっ…


…いつもなら、煩いくらいに人が群がって来たのによ…



受付にも人の姿はなかった。



…一体、何処へ行ったんだ…?…



チェスがオフィスの中に入ると、シバゥの廻りには、人が群がっていた。



「今、帰った。みんな何をしけたツラしてるんだ?」


チェスは、何も知らない素振りで声を掛けた。


「…チェス。お前は、しばらく旅に出ろ…。」


シバゥは、チェスを見るなりそう言った。

チェスは、眉をひそめ、聞き返した。


「…何故だ…?…」

「…詳しく話している暇はない。…何処か遠くへ行くんだ…!」


シバゥらしくない言葉だった。


「嫌だね!俺は、シバゥの操り人形じゃない!俺は、ここのボスだ!何故、命令を聞く必要がある!?」

「チェス!これは、私の問題だ。…お前は、何も知らない事だ。…巻き込む訳には行かない。」

「…巻き込む訳には行かないって…俺を殺そうとしてた事?…女を狙ってたこと?…それとも…ファルコーネを狙っていたことか?」


さらりと、チェスがそう言うと、シバゥは、驚きを隠せなかった。


「何故、それを?」

「ここに来る少し前にイナに会った。…今のがファルコーネが掴んでいた情報らしい。その様子じゃ、俺を狙っていたと言うのも本当のようだな…?」


チェスが、そう言うと、シバゥは、深々と頭を下げた。


「すまなかった…。私の判断が甘かった…。」

「やっちまった事を後悔するのは、たやすい。問題は、それをどう乗り越えるか…だ。そうだろう?」


チェスは、そう言うとシバゥの体を起こさせた。


「…チェス。まだお前は、若い。人生いくらでもやり直せる。逃げるんだ。」

「はん?シバゥもイナと同じ事を言うんだな?俺は、ボスだ!みんなをおいて逃げる訳には行かない。シバゥを見捨てるような真似は出来ない。」


チェスが、そう言うとシバゥは笑いだした。


「…チェス。一つ良い事を教えよう。お前の兄をさらったのは私だ。さらって公園に捨てた。誰かが育ててくれたようだが…結末がどうなったのかお前は知っているだろう…?…」


シバゥの突然の告白にチェスは、当惑した。


「…何故…そんな事を…?」

「…イナさんの言う通り…私は、欲に目が眩み、廻りが目に入らなくなっていた。…生まれたのが、双子と聞いて、あとあと組織を乗っ取る事を考えると面倒だと思った。…だから、弱々しい泣き声だったお前を残し、強い泣き声だった兄貴の方を捨てたんだ。…私は、お前に恨まれて当然の男だ。」


「…でも、それでも、あんたは、俺に逃げろと言う。…あんたは、まだ、人の心を持っている証拠だろう?…違うか…?…俺は、俺を信じてくれる仲間を裏切る訳には行かないんだ…。」


チェスの言葉に、シバゥは、瞳を潤ませた。


人を威圧するような圧迫感とざわめきが聞こえ、人波がさっと引いたように、道が開いた。もはや、チェスのグループは、歯向かうのを止めたようにおとなしかった。


黒ずくめの男達と一緒にやって来たのは、ジェニルだった。


「…盛り上がってるところ、すまんが…」

と、ジェニルは、声を掛けた。


硬い表情のチェスと観念したような表情のシバゥに向い、ジェニルは、更に言った。



「ボスがシバゥを連れてくるように、との命令だ。屋上でヘリが待機している。…行こう。」



シバゥを守るかのように、チェスは、身を乗り出した。



「俺が行く!」


チェスが、そう言うと、シバゥは、チェスを押し退けた。


「行きましょう…。」


シバゥは、ジェニルの言葉に従い、屋上に向かった。

屋上では、プロペラの風圧でかなりの風が吹いていた。

シバゥは、後からついて来たチェスに言った。



「私の事は忘れろ。お前は、お前の思う道を行け。…今まですまなかった…。」



チェスは、瞳を潤ませ、すぐに、言葉には出来なかった。

シバゥが、ジェニルと一緒にヘリに乗り込もうと体を屈めた時だった。

チェスは、シバゥに向って叫んだ。




「誰が忘れるもんか!…あんたは、俺の中でこれからも生きるんだ!…あんたの人生は俺と生きるんだ!それをわすれるな!」




シバゥは、チェスにニヤリと笑うと、ヘリに乗り込んだ。

乗り込むとすぐにヘリのプロペラは、更に回転し、ゆっくりと上昇していった。

風圧にも負けず、チェスは、ヘリが遠ざかるまで、その姿を瞬き一つせず、黙って見送っていた。



うっすらと一番星が瞬き始め、星が流れた——。








「流れ星ですね。願い事をいいましたか?」

メンバーの一人がスヨンに声をかけた。

辺りは、すっかり暗くなっていた。夕方は曇った空だったが、雲も、いつしかすっかり消え去り、満天の星が光輝いていた。


「馬鹿な事言ってないで、早くやりましょう。…皆さん、これが終わったら帰りますから、真剣に頑張りましょう…。では、私の演説から…」


スヨンは、そう言うとスピーチの真似ごとを始めた。



「…それでは、ごゆっくりお楽しみ下さい…。」


言葉を締めくくると、背後から花火が打ち上がった。

それを合図にするかのように、左右からも連続して花火が上がった。


打ち上がる花火の光から、何故かイナの姿がスヨンの脳裏に浮き上がった。



何故か悲しそうな瞳をしたイナだった。

スヨンの心の中は、焦りで一杯になっていた。




…これは、何かの記憶…?…



悲しげなイナの顔と、イナの姿を求めて探していた自分…。

結局、見つからなくて…

それで、その後は…?




そこから先が思い出せなかった。




…でも、イナさんの姿を思い出せたのは、初めてだわ…



スヨンは、打ち上がる花火を見ながら、嬉しさと悲しさと、寂しさと、いろんな感情を噛み締めていた…。


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