生活保護業務に携わっていた1993年に、私たちケースワーカーの話題が世間を騒がせました叫び

俗に言う「福祉川柳」事件です。

全国の有志のケースワーカーの自主的研究機関である「公的扶助研究全国連絡会」の機関誌「公的扶助研究」が第1回福祉川柳対象なるものを企画し、応募作品を掲載したものです。
ご丁寧に「マスコミ関係者の眼に触れないようにご注意ください」との断り書きを付けて。

当時、私の勤務している福祉事務所にも回覧のような形でそれを見聞することができました。
20年以上経過した今でもおぼろげに覚えているのが

・金がない それがどうした ここ来るな
・暗くては やってられない この仕事
・訪問日 ケース元気で 留守がいい

もっと、えげつないのもありましたけど割愛します(ネットで検索することができます)。

「マスコミ関係者の眼に触れないように」とは言ってみても、ダダ漏れになるのがこの世の常。

当然のことながら、この川柳の存在を広く世間が知ることになり、全国的にさまざまな団体から抗議活動が起き、「公的扶助研究」も一時休刊、発行団体も総括を余儀なくされました。

なにごとにもマスコミに書かれるのがいやな役所のこと。
わたしの勤務先にも、機関紙の「公的扶助研究」を持っているかとか「公的扶助研究全国連絡会」のメンバーはいるか、との照会がありました。

そしてなんと、6月16日の朝日新聞の天声人語までこの事件を取り上げ、
・・・
「川柳」を読んで、まず驚き、次に腹が立ち、そして何とも言えぬ悲しい気持ちになった
(後略)
・・・
と書かれる始末(今だったら、朝日に言われたくないよパンチ!、と切り返すのでしょうけど)。

当時の現場の感覚から言えば、「(感覚として)う~ん、あるある」といった受け止め方がほとんどだったような気がしますけどね。

ケースワーカーの仕事としては、生活保護費の算定・支給だけにとどまらず、被保護世帯(ケース)訪問、ケースからの相談に応じ、疾病を持っているケースの主治医との面談等々枚挙にいとまないほどの仕事があります。

私が生活保護監査担当になってから知り合ったケースワーカーの方は、ケースから個人的に金銭の貸借も依頼されて上司にも言えず苦悶している人もいましたし、深夜にケースから何度も自宅に電話のかかってくるもいました(そのケースワーカーは電話があったら2回に一回は、深夜にケースの自宅に行って話を聞いていました)。
そして、暴力団構成員がケースということもありました。

実際、現場ではこのような厳しい労働状況でした。

そのような実態を知ることなく、単に川柳の字面だけを捕らえてバッシングするマスコミや各種団体、そしてそれに同調する世間のヒューマニストぶりを醒めた目で眺めていたことを思い出します。