書き のこす | コトバノオト

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日常の日本語のこと。

お彼岸だからというわけではないが、祖父の遺作詩集を手に取った。

祖父は昭和16年に37歳で逝ったから、祖父の娘である母も
「ほとんど覚えていない」
と言う。
わたしにとっては戦前に生きた「昔の人」だった。
そう。「昔の人」だったのだが、
詩集の中に生きる祖父は、とても若々しくて、今を生きている人みたいだ。
何しろ、詩を書いたときは、30代なのだ。
高校の…当時は中学校…の英語教師として働きながら、西條八十氏の編する同人誌の同人になり、次々と詩を編んでいく。
山も川も魚も花も欲望も忍耐も、彼の操る言葉の中に取り込まれていく。

リアル感があって昔の人とは思えない。

詩集を読んだからわたしは、
祖父の顔も声も知らないのに、
妻への愛や 故郷への思慕などは知っている。

彼が、書きのこしたから。


書いた人が亡くなっても、書き手の精神はずっと後まで伝えられていく。

それが、言葉の力なのだと思う。