室山城/埼玉県秩父市 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。

室山城は、比高400メートルで道の無い山城です。
訪問日は2020年12月30日です。

室山城【全体】

室山城も、道の無い山城です。
なので、どこから登るのかは先輩方も人それぞれでした。
・・・城キチ達ではw

室山城【1】
①私が登り始めた場所

私は等高線とストビューを見て、ここがイイと選びました。
この山に沿って走る道で、斜面に上がれる場所は限られています。

室山城【2】
②ここからも登れるヘアピンカーブ

私なりに頑張って登る場所を選びましたが・・・
50メートル程登った所が、ヘアピンカーブの真横でしたあせる
等高線だと、斜面削ったっぽい感じで入れなさそうに見えました。
ここから登るのであれば、ダム手前の駐車場が使えそうです。

室山城【3】
②ヘアピンカーブから見た斜面

等高線を見れば周辺よりも緩やかに見えますが・・・
登れない角度ではありませんが、いきなり戦意喪失しそうでした。

室山城【4】
③尾根

はじめは縦筋凸凹の斜面ですが、やがてハッキリした尾根になります。
まぁそれでも傾斜がキツイのは変わりませんがw
道の無い山登りあるあるですが、登る時は目指す方向が明確です。
しかし、下る時には似たような尾根が無数に分岐していて迷います。
所々に目印を付けながら登ることをお勧めします。

室山城【5】
④別の尾根へ

はじめの尾根を登り続けると、南北に走る別の尾根に出ます。
こっちの方がメインの尾根で、北に向かって下っています。
ただ、下り方がとても緩やかというか、ここではほぼ平らです。
ここがお城だったら・・・というのは、淡い願望です。

室山城【6】
⑤岩の壁

合流した尾根は暫くは緩やかですが・・・
またすぐに鬼の形相を見せます。
古御嶽城ほどではありませんが、岩の壁が立ち塞がります。
通り道は見えますが、傾斜は鬼ですあせる

室山城【7】
⑥尾根は続くよどこまでも♪

岩の壁をクリアすると、傾斜は厳しさを増します。
それがまた、登れない程じゃないので登ります♪

室山城【8】
⑦植生が変わります

室山城【9】
⑧傾斜は変わりませんw

あまりの傾斜のキツさに、下りは二足歩行が出来ませんでした。
下りは楽だというのは、ある程度の傾斜までのオハナシ。
普段使わない筋肉フル回転でバランス取るので、大間違いです。
偶然の産物ではありますが、帰りは足ゾリで下りました。
完全オリジナルな名前ですが、しゃがんだまま滑るだけですw
両足の裏をソリ代わりに、手をオール代わりに斜面を滑りました。
これが楽で楽で合格
この方法を見つけてから、ほぼ滑って下りました。
「なぁんだ、滑落かw」なんて言わないで下さいネあせる
この技の名前を知ってる方がいたら教えて下さい^^;

室山城【11】
⑩最後の尾根

キツイ尾根→ひと段落→キツイ尾根→ひと段落、を繰り返します。
そして、杉の木が踏み跡に沿って真っすぐなココでラストスパート!
これが最後の急な尾根デス。
山頂が見えててそんな気はしましたが、それでもキツイかったですあせる

室山城【城内】

室山城【12】
⑪下の段の帯曲輪

最後かもしれない尾根を登っていて、城キチレーダーがビンビン反応。
右側を見ると、何となくうっすらと段になっています。
普通の山で見てもきっとスルーするような微妙な段差ですが・・・
ひと目見て「帯曲輪かもしれない!」と思いました。
それで段差を辿ってみると、幅は狭いものの水平に続いていました。

室山城【13】
⑫上の段の帯曲輪

元の尾根に戻って登ると、またすぐに帯曲輪がありました。
今度は幅もあり、しっかりしています。
下の段のよりも長く、西側の別の尾根まで続いていました。

室山城【14】
⑬上から見た西側の帯曲輪と尾根

上からだとハッキリ段差が見え、帯曲輪があるのがわかります。

室山城【15】
⑭主郭

そして、一番高い所です。
城跡なので主郭ということになるんでしょうが・・・
ここまで堀や土塁といった、山城にありがちなものがありません。
今までのキツイ傾斜からは想像もつかない、広くて平らな地面です。
これだけでも十分スゴイ事ではありますが、ちょっと物足りないカモあせる
どうやらここに籠って戦う、という仕様ではなさそうです。
物見台か狼煙台といった所でしょうか。

室山城【16】
⑭主郭の南側に続く尾根

登って来たのと反対側には、緩い尾根が続いています。
こうして見ると、道があるように見えなくもありません。
もしかして、城キチあるあるやっちまった?とも思える感じです。
※城キチあるある=山キチさん達は整備された道を知っている、デス

そう思って「荒川久那」「登山」でググったら出てきました。
山の名前がわからないのでこれでググりましたが・・・
行く前にコレやってれば、もうちょっと楽に登れたかもしれませんあせる
山キチさん達はこの山を「城山」と呼んでいました。
そして、山キチさん達のルートは、私よりも東から登っていました。
そこにも、山に入る階段があって、あとは尾根をまっすぐです。
南側は別の山へ行っており、こっちから登る山キチさんはゼロでした。

室山城【17】
⑭主郭南側の虎口状の窪み

南側が道っぽかったですが、主郭の縁も少し凹んでいました。
虎口の名残っぽく見えましたが、たぶんみんなココを通るんですね。
山キチ+城キチで踏み固められた跡だと思います。

室山城【18】
⑭主郭の縁にある石

事前情報で「石垣がある」というので探してみました。
堀も土塁も無いのに石垣があるとは思えませんでしたが・・・
主郭の西側の縁に、人為的に並べられたっぽい石がちらほらあります。
確かに積まれているように見えますが、石垣というより補強した感じです。

室山城【19】
⑮南側の尾根

山城なのに、ここまで堀切ゼロ。
こうなれば意地でも探してやる!の意気込みで、南側の尾根へ。
先輩によっては、ココ堀切じゃね?と指摘している箇所です。
確かに左右両脇がうっすら浅くなってる所が1か所だけあります。
もしかすると、もしかするでしょうか?
すぐ向こう側には、こちら側を隠すようなこんもりがあります。
馬出しだとすると、配置が逆ですけどw

室山城【20】
⑮南側の尾根

私が城主だったら、絶対ココに堀切入れたい!
もはや個人的願望をもとに南側尾根を探索しました。
しかし、ゆるゆる細尾根が続くだけでした。


◆歴史◆

不詳ですあせる

全くの不明ではなく、辛うじて伝承がある程度です。
『新編武蔵風土記稿』秩父郡巻之十一久那村で「城跡」として登場します。
そこでは「大胡大八郎ココニ籠リシト伝来」とだけ記されています。

一方、『秩父誌』では
「大胡と伝わりしは誤りなるべし」「大野大八郎なる者住せし」とあります。
大野大八郎は「天正年中鉢形の将士」という事で、後北条家臣です。
これ以上の事はわからずあせる

大野氏は秩父郡大野村の大野城を拠点とした、というのも出てきましたが・・・
大野城、探しても見つけられませんでした。
別の大野氏はやはり鉢形城の北条家臣で、大野弾正という人物がいました。
大野弾正は薄村で討死したと『新編武蔵風土記稿』秩父郡巻之十六にあります。
やはり「天正の頃」とあるので、1590年でしょうか。


所在地:埼玉県秩父市荒川久那 GPSログダウンロードページ

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