法師岡館/青森県南部町 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。

法師岡館も、馬蹄形の横堀に囲まれていました。
訪問日は2017年5月3日です。

法師岡館【1】

城跡の入口です。
この前に車が停められます。
道が2手に分かれていますが・・・

法師岡館【2】

人情としては、これがある方に進みますよね?
ということで、まずは左の道へ。

法師岡館【3】

道に入ると、すぐに右脇に堀が見えますラブラブ
今回の主役ですが、後程じっくり(∀`*ゞ)

法師岡館【4】

道を進むと、内部は畑になっています。
でも、進めるのはココまで。
「関係者以外立入禁止」の立て札があります。
内部が広大な平坦地だった、というのが収穫です。
・・・最近よく書くフレーズですがあせる

法師岡館【5】

今度はぐるっと回り込んで裏から。
奥から出る風に進めます。
一番奥には、下りられる坂があります。
ここに門があったかもしれません。

法師岡館【6】

奥の下は帯曲輪っぽい踊り場的な平坦地があります。
下りて右手には、横堀の端が仲良く並んで見えます。
ここから見えるのは二重です。

法師岡館【7】

なかなか前途多難な感じに見えます。
しかも、雨上がりで足元最悪、草にも雨露たっぷり。
でも、こんなことで負けていたら城キチは出来ません。
城キチのキチは、まぁアレです(`・ω・´)v

法師岡館【8】

内側の堀底を進みますが、障害物多々アリ。
だんだん心が折れて来ます。

法師岡館【9】

気分転換に堀の真ん中の土塁に登頂!

法師岡館【10】

外側の堀の方が歩きやすいですあせる

法師岡館【11】

とにかく長い堀なので、あーでもない、こーでもないと堪能。
有名ドコロでは雑な扱いの堀ですが、城キチの心の栄養です恋の矢

法師岡館【12】

だいぶ入口に近づいた所で、堀が橋で通せんぼ。
その脇には鳥居があります。

法師岡館【13】

ここから入口までは、入口から右に入った道を進みます。

法師岡館【14】

道は二重堀のド真ん中をブチ抜いているので、堀が道端に見えます。
これは、外側の堀です。

法師岡館【15】

こちらは右の右側です。
最初に左の道から見えたのはこの堀の端っこです。
中には入れませんが、横堀だけでもかなり楽しめますラブラブ


◆歴史◆

南部一族・櫛引氏の城と考えられています。

築城時期は不明です。
戦国時代末には小笠原兵部の居城だったとされます。
小笠原兵部は、櫛引清長の弟・櫛引清政と考えられています。
櫛引氏は南部光行の子で四戸氏の祖・宗朝の子孫です。
領地の地名をとり、櫛引姓を名乗りました。
当初は根城南部家に従っていました。
南北朝時代の南部守行の頃からは三戸南部家に従うようになります。

1591年、落城しました。

九戸政実の乱で、小笠原兵部が櫛引清長とともに九戸方となりました。
浅水城など近隣の南部信直方の城を攻めた後、九戸城に入城。
櫛引清長は戦死、小笠原兵部(櫛引清政?)は捕らえられ処刑されました。
櫛引氏の一部は出羽へ逃れましたが、後に盛岡藩に仕えています。


所在地:青森県三戸郡南部町大字法師岡字田向

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