聖寿寺館/青森県南部町 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。

聖寿寺館は、南部氏11代信長から24代晴政までの居城でした。
訪問日は2018年5月3日です。

聖寿寺館【1】

車を停める場所を探すのが・・・だったので、案内所に停めました。
すぐ近くにあって、堂々と停められて、タダです合格
ただ、車を停めた瞬間に職員さんが出てきて、凄く案内してくれました。
時間が無い方は、チョット工夫して下さいあせる

開所時間 9時~16時半
お休み 12月29日~1月3日
料金 南部利康公霊屋の案内等も無料です

聖寿寺館【2】

南部利康公の霊屋です。
厳密にはこの建物にスッポリ覆われて保存されています。
案内所の方に開けてもらい見学しましたが、撮影はNGです。

南部利康は南部利直の四男で、南氏の浅水城を継いだ人物です。
父親が一番可愛がったようで、留守の際は父に代わり政務を執りました。
しかし1631年に24歳で没し、南部利直はココに丁重に葬りました。
盛岡藩は霊屋守を置き、この霊屋を守り続けました。

聖寿寺館【3】

職員さんとは霊屋前でお別れ。
正面の道をまっすぐ進んだ所がココです。
舗装道がここで直角に曲がり、その先から堀が始まります。

聖寿寺館【4】

北西部分の堀底です。
脇にリンゴ畑があり、その農道になっているようです。
平城としてはまぁまぁの規模ですが、大分埋められている感じです。

聖寿寺館【6】

堀の先端部です。
西側は断崖になっており、竪堀となって落ちて行きます。
普段なら下りて行きますが・・・
下りたらタダの断崖なので、ここまでですw

聖寿寺館【7】

振り返ると、かなり長い堀でしたラブラブ

聖寿寺館【8】

堀に斜めの細道があり、そこから上がりました。
曲輪は、まぁ、広いです。
何たって南部家の居館ですからね!

聖寿寺館【9】

上から見た北側の堀です。
周りと比べて見たら、かなり大きいです恋の矢

聖寿寺館【10】

曲輪の北東の角には、赤い鳥居のお社があります。
場所的には鬼門封じですね!

聖寿寺館【12】

曲輪の北側の真ん中辺りには、井戸の跡があります。
案内付きのモノは、これが唯一ですw

聖寿寺館【13】

西側の切岸です。
こちら側は断崖というだけあって、この角度はキツ過ぎます。

聖寿寺館【14】

南西側には、一段低い曲輪があります。
上の段に比べれば狭いですが、リンゴ畑になる広さではあります。

聖寿寺館【15】

腰曲輪の端っこには、土塁が一部残っています。
ここに虎口があったのか、無かったのか・・・
下りて見てないので?です。
迂闊でしたあせる

聖寿寺館【16】

東側の堀です。
堀底に家が建ち並ぶ程の規模です。
聖寿寺館は、北と東を堀で断ち切った崖端城です。

聖寿寺館【17】

少し位置をズラすと、堀の様子がとてもよくわかります。
さすが大名家の居館だけあって、かなりの規模です恋の矢

聖寿寺館【18】

東側にも出入口があり、下りて見ました。
何も知らずにココを通ると、堀底とは気付かないかもしれません。


◆歴史◆

14世紀末頃、南部信長により築かれたと考えられています。

南部信長は三戸南部家11代目当主ですが、事跡が???ですあせる
ググると3人出てきて、戦国時代の八戸信長ばかりがやけに詳しいです。
南部氏は、源平合戦の功で与えらえた甲斐の領地が名の由来です。
その後、奥州藤原氏討伐でも功を上げ、陸奥に広大な領地を得ました。
初代・南部光行は、平良ヶ崎を本拠と定め城を築きました。
ただ、自身は鎌倉におり、領地の経営は子らを派遣し任せていました。
これが各地の南部一族の祖となっています。
三戸には次男・南部実光が入っています。
その後、平良ヶ崎館が手狭になり、すぐ西に居館だけ移転。
この時に築かれたのが聖寿寺館とされます。
以後、戦国時代まで三戸南部氏の居館として続きます。

1539年6月、家臣の放火により焼け落ちました。

南部家臣の赤沼備中が城に火を放ち、聖寿寺館が焼失しました。
赤沼備中は近習頭の奥瀬重之と不仲だったのと、所領の不満でした。
何が原因で不仲になったのかが?ですが・・・
奥瀬氏の館と赤沼氏の館は7km程しか離れていません。
所領の不満というのは、境界を巡る争いだった可能性があります。
彼らの争いに対し、南部晴政は奥瀬氏に肩入れしていました。
赤沼備中は奥瀬重之を斬殺すると、聖寿寺館に火を放って逃げました。
しかし、下斗米将家が追いかけて赤沼備中を成敗しています。
その後、南部晴政は三戸城を築いて居城を移しました。
以後、聖寿寺館が本三戸城と呼ばれるようになります。
それまでは、ココが「三戸城」と呼ばれていたという事ですね!


所在地:青森県三戸郡南部町大字小向字舘 GPSログダウンロードページ

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