若林城/仙台市若林区 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。

若林城は、ある意味現役のお城です。
訪問日は2017年5月3日です。

【1】若林城

若林城は市街地の真ん中にありました。
ある意味現役なので、内部は見ることが出来ず。
ということで、外周の一部を見て来ました。
まずは南東の角から見た南側の堀跡です。
多分埋められていて、本当はもっと幅が広かったように見えます。

【2】若林城

東側の真ん中です。
ちょっとだけ内側に入り込んだ所があります。
向こう側の土塁や塀も低くなっており、門の跡っぽい感じです。

【3】若林城

上の写真は見たまんまなので、目一杯寄って撮りました。
邪魔な物が無いだけで、かなり見栄えが良くなりましたラブラブ

【4】若林城

東側はこんな感じで手前に水路があります。
水路の右側には人の背丈よりも高いフェンスがあります。
東側でスッキリ見えるのはこの一箇所だけです。

【5】若林城

北側です。
集合住宅?があってなかなか見えません。

【6】若林城

北側の真ん中に一か所だけ土塁が見える所があります。
それがこの売店の所です。
売店なので入っても良さそうですが・・・
ちょっと気が引けます。

【7】若林城

気が引けますが、見たい!という気持ちの方が勝りましたw
土塁の途中に2列ほど、木杭が並んでいます。

【8】若林城

この売店の前に、説明板と城址碑があります合格

【9】若林城

せっかくなので、パクります。
説明板は北から見ていますが、図も北が上です。
こうして見ると、先ほどの東側はやはり門跡でした^^
売店の脇も門跡ですが、カメラを向けるのがちょっと怖くて撮れず。
実はココ刑務所で、見張りの人が入口に居ました。
私、小心者なのであせる


◆歴史◆

1628年、伊達政宗により築かれました。

1627年に江戸幕府に屋敷建設の許可申請を出し、okが出ました。
そこには「心のままに普請あるべし」とあったそうです。
ここでは「仙台屋敷構」と呼んでいましたが・・・
仙台藩内では「若林城」と呼んでいました。

伊達政宗は当初、主に仙台城で政務を執っていました。
しかし、広瀬川対岸の花壇という所に屋敷を建ててそちらに移りました。
さらに仙台城から離れた所に築いたのが、この仙台屋敷でした。
この周りに家臣も集め、ここで政務を執るようになりました。

伊達政宗は隠居はしていませんでしたが・・・
仙台城は子の伊達忠宗に任せ、幕府も大名扱いだったそうです。
そのため、若林城は「政宗の隠居城」とも呼ばれたそうです。

1636年、廃城となりました。

伊達政宗が没し、若林城は廃城となりました。
城内にあった建物は、仙台城の二の丸へ移されました。
若林城跡は「古城」と呼ばれ、城内は若林薬園となりました。

1879年、監獄になりました。

幕末の若林古城は荒れており、明治時代に警視庁が買い上げました。
そして出来たのが刑務所です。
はじめは土塁上にあったのは木の柵だったそうですが・・・
やがてレンガの塀になり、東日本大震災後にコンクリート塀になりました。
木の柵だった、往時の城の雰囲気があったかもしれません。


所在地:宮城県仙台市若林区古城2丁目(宮城刑務所)

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