別所館/福島県南相馬市 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


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別所館は奥州相馬氏が下向した時の居館でした。
訪問日は2016年8月4日です。

【1】別所館

別所館の跡地には、相馬太田神社があります。
その目の前の道端には、こんな立派な石碑があります。
中央の石碑には「相馬豪発祥地孫五郎重胤公城地」と彫られています。
神社の境内ではなく、なぜその外側にあるのかは?です。

【2】別所館

石碑の所から見た神社です。
まだ夜が明けたばかりに攻めて来ました。
手前のガードレールの所が堀跡っぽく見えますが・・・
そう見えたのは、つい今しがたですあせる

【3】別所館

境内の御由緒書きです。
ここには相馬重胤公についてバッチリ記されています。

【4】別所館

鳥居から見た本殿です。
境内自体も微高地ですが、本殿は高台の上にあります。
こういった所が城館らしいですラブラブ

【5】別所館

社殿の周りは、うっすらとした土盛りで囲まれています。
建物からは離れているので、土塁だと思います。
ここが神社でなければ、とっくに潰されていたかもしれません。


◆歴史◆

三浦氏の居館でした。

相馬重胤以前は三浦国清が暮らしていたそうです。
ココ行方郡は、1189年に相馬師常の領地となりました。
それから100年以上経っており、ちょっと?です。
色々ググってみると、相馬重胤が到着した時に追い出したとあります。
三浦国清がどの系統の三浦氏なのかもサッパリですが・・・
とりあえず、元々居館として使われていた所、という事です。

1323年、相馬重胤の居館となりました。

相馬重胤は相馬師胤の後妻の子です。
相馬師胤は相馬重胤に家督を継がせると、遺言を残していました。
しかし、先妻の子・相馬胤氏が黙っている筈もなく、争いとなりました。
結果は下総の相馬本家は、相馬胤氏が継ぐこととなりました。
そのため、相馬重胤は父から譲り受けた陸奥国行方郡へ移りました。

1326年、小高城に移りました。

陸奥に着いてから築き始めた小高城が完成し、そちらへ移りました。
以後の別所館がどうなったのかは?ですが・・・
相馬重胤は敷地内に妙見神社を勧請していました。
現在は相馬三妙見社の一つである、相馬太田神社となっています。


所在地:福島県南相馬市原町区中太田字舘腰(相馬太田神社)

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