水城/福岡県太宰府市・大野城市 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


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水城(みずき)は続日本100名城に選ばれた古代城跡です。
訪問日は2019年1月1日です。

【1】水城

あけましておめでごうございます。
本年1発目は、帰省ついでに立ち寄った水城です。
本当はこの前に福岡城のスタンプだけ押して来ましたが・・・
ちゃんと見学した今年最初の城跡はココです。
まだ夜も明けきらないうちから城キチは蠢動していますw

写真は水城のスタンプがあるJR水城駅です。
ここの窓口の職員さんに声を掛けるとスタンプを出してくれます。
ココに着いたのが7時20分でしたが、まだ窓口はカーテンが下りたまま。
二本松駅での苦い思い出が頭をよぎりました。

カーテンには、窓口が開いている時間が書かれていました。
その時間をチェックしていると、サッとカーテンが開きましたラブラブ
今年最初の客は「スタンプ出せ」と言った私ですw

【2】水城

駅の出口には、周辺の地図がありました。
どこの駅にも大抵あるやつです。
水城自体がかなり巨大なものなので、地図がそのまま図になりますw
地図を見ていると、水城の左側がほぼ田んぼマーク。
これだけで、水城は右側を守るためのものだとわかります。
田んぼは昔は湿地だったことが多いので。
それと、九州の大動脈が水城を避けて通っているのもわかります。
JRだけは水城をぶった切ってしまってますが・・・
九州自動車道と国道3号線、西鉄本線は、土塁の切れ目の川を通っています。
今も昔も、ここが交通の要衝であることが地図からわかります。

【3】水城

水城駅を出て最初に向かったのが西門跡です。
その途中の住宅街で、早速水城関連っぽい場所に遭遇しました。
説明板は「民話の地 父子嶋と水城跡」のものです。
年始一発目で興奮状態だったのでスルーしちゃいましたあせる

【4】水城

水城駅から歩くこと5分で、土塁の切れ目に到着しました。
ここには説明板が数枚設置されています。
明示された案内は無いのですが、ココが西門跡です。
右の説明板の文中に、そう書かれていました。
地図では西門跡とマーカーもあるので、わかっていましたけどw

水城は東西を巨大な土塁で通せんぼした防塁です。
通せんぼしただけだと通れなくなるので、東西2か所に門がありました。
その1つがココ西門です。
もうちょっと大きな門だと思っていましたが、道幅は町道レベル。
それでも古代にしては立派な道だったのかもしれません。

【5】水城

説明板の1枚に描かれていた図を頂戴しました。
土塁1本なのでいらないかもしれませんけどあせる

【6】水城

基本的にまっすぐな土塁なのですが、西門の先の終端部は違いました。
高さ10メートル近い土塁が、結構複雑な形で入り組んでいます。
周りには池があり、通せんぼを徹底しています。
ただ、ここは元々こういう地形だったのかもしれません。

【7】水城

南端を見たのでUターンし、反対側の東門跡を目指します。
土塁の上は、道は整備されていませんが歩くことが出来ます。

【8】水城

歩くことは出来るのですが、そのまま進むと下りる場所がありませんあせる
西門の所で行き止まりになり、緩やかな所を下りました。
このあたりの南側は、木が伐採されて土塁がよく見えます。

【9】水城

西門を反対側から見たところです。
普段山城で見ている巨大堀切のように見えますラブラブ

【10】水城

西門の南側から、東門方向を見たところです。
大きな土塁ですw

【11】水城

南側は、なだらかに2段に土が盛られています。
後ほど登場するJRでの分断面の所で見た説明板では、これも土塁だそうです。
この緩やかな部分も含めると、幅は80メートルにも及ぶそうですビックリマーク
朝廷を中心に日本が一枚岩だった頃の団結力、素晴らしいですね。

【12】水城

土塁沿いに進むと、JRの線路で土塁が分断されています。
後世に分断されたのはココのみです。
JRの線路は1890年(明治23年)に開通しました。
西鉄の線路は1915年、九州自動車道と国道3号は1975年開通です。
史跡保護の思想がいつ頃からのものなのかを示していると思います。
大正時代に筑紫電気軌道が土塁を避けた経緯は?ですけどあせる

【13】水城

JRの線路で分断された東門寄りが、土塁断面ひろばとなっています。

【16】水城

ここにも説明パネルが設置され、土塁の造り方が紹介されています。

【14】水城

土塁断面上でひと際目を引くのが、水城の城址碑です。
ちゃんと綺麗に撮りたかったのですが、この周囲の土塁は立入禁止。
ちょっと離れて望遠側で撮っても、上の途中までしか写せません。
もうちょっと際に建ててくれれば、ちゃんと全体が見えたんですけど・・・

【15】水城

土塁断面付近から東門方向を見た所です。
もう、何度も同じような写真載せてますあせる

【17】水城

ずっと土塁沿いに進み、川の手前で一度土塁が途切れます。
川まで少し距離がありますが、元々なのか、崩されたのかは?です。

【18】水城

この土塁の切れ目付近にも、文字だけの説明板が設置されています。
何も知らずにここに来たら、やっぱり何かしら興味は持ちますよね?

【19】水城

西側の分断面から川を渡り、続きを見ました。
橋がちょっと離れているので、かなり回り込む感じになります。

【20】水城

ここでちょっと気になる鳥を見かけたので、望遠一杯で撮ってみました。
種類は特定出来ませんでしたが、くちばしの形からハヤブサ類のようです。
鳥オタではありませんが、猛禽類は割と好きですラブラブ

【21】水城

ただ、ここは鳥よりこっちのがたくさん飛んでいます。
福岡空港の真南なので、しょっちゅう真上を飛んでます。

【22】水城

もう何度目かの土塁写真です。
東門近くになると、少し低くなってきました。

【23】水城

最後の分断面である東門跡です。
土を被った建物が、スタンプのある水城館です。
土を被せたのは景観に配慮したからでしょうか?
知らずに見ると、土塁を壊しているようにも見えますw

【24】水城

東門付近から土塁の北側を見た所です。
すぐ近くまで田んぼが迫っています。

【25】水城

東門跡にある「水城大堤之碑」と土塁の続きです。
このアングルが続100スタンプの絵柄になっています。
皆さん、スタンプおねだりする時に何て呼んでますか?

【26】水城

ここにも、JR分断面と同じ石碑があります。
こちらは地面にあるので、全体がちゃんと見えます合格

【27】水城

そして、門跡ということで、その礎石もありました。
1000年以上前の礎石ですラブラブ

【28】水城

そして、展望台です。
城キチは基本的に高い所が大好きです。
高所恐怖症の私も例外ではありませんw
ここから水城の大土塁を一望することが出来ます。

【29】水城

展望台も土塁の続きのようで、さらに奥へと続いています。
割とすぐ近くに「史跡水城址境界」の石碑が3つあります。
ここから先は少しずつ標高が高くなり、そのまま尾根になっているようです。
キリが無さそうなので、水城散策はここまでとしました。

【30】水城

東門跡から博多寄りに水城見学用の駐車場があります。
朝8時から夕方6時までは、ここに車を停められます。
この駐車場の端っこにも、水城の石碑がありました。
こちらは大土塁を背景に、バッチリ撮ることが出来ます合格


◆歴史◆

664年、天智天皇により築かれました。

663年、天智天皇は百済救済のため、朝鮮半島に出兵しました。
これが日本史の教科書に載っている「白村江の戦」です。
しかし、唐・新羅連合軍に敗れ、百済は完全に滅びました。
この敗戦後、唐・新羅の反撃に備えて築かれたのが水城です。
さらにこの翌年には大野城が築かれ、大宰府の守りを固めました。

天智天皇はその反面、戦を避ける政治的努力も怠りませんでした。
律令国家としての法整備を進め、遣唐使の派遣も始めました。
国号を「倭国」から「日本」に変えたのもこの時期だそうです。
その甲斐あってか、唐との友好関係を築くことに成功。
690年には捕虜が初めて唐から帰国したそうです。


続日本100名城スタンプ設置場所
【スタンプ】水城【1】水城
 JR水城駅窓口 地図
 押せる時間 平日:6時50分~20時40分、休日:7時半~19時半
 お休み 無し
 水城館 地図
 開館時間 9時~16時半
 休館日 月曜(休日の場合、翌平日)、12月28日~1月4日
 入館料 無料
 太宰府市役所文化財課(2階) 地図
 開庁時間 8時半~17時
 ※水城館の休館日のみ
 太宰府市観光案内所(西鉄太宰府駅構内) 地図
 開いている時間 9時~17時
 ※年末年始(12月28日~1月4日)のみ


所在地:福岡県太宰府市水城~大野城市下大利

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