小谷城/滋賀県長浜市(2回目) | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


テーマ:
小谷城は北近江の覇者・浅井氏が本拠とした山城です。
訪問日は2018年9月22日です。

【1】小谷城

まずは100名城スタンプを押しに小谷城戦国資料館へ。
前週に金山城へ行けたおかげで、開いてる時間に間に合いました。
当初の予定では、閉館時間に間に合うかどうかギリギリでした。

続日本100名城スタンプ設置場所
【2】小谷城 小谷城戦国歴史資料館
 所在地 滋賀県長浜市小谷郡上町136
 電話番号 0749-78-2320
 開館時間 9時半~17時(入館は16時半まで)
 休館日 火曜日(祝日の場合翌日)、12/28~1/4
 入館料 大人300円、小中学生150円


【3】小谷城
拡大表示

戦国歴史資料館の駐車場にある案内図です。
超巨大馬蹄形の尾根に沿って築かれていたんですね!
一番高い所にあるのが大嶽ですが、出城的な扱いとなっています。
行ってわかりましたが、読みは「おおづく」ですあせる

【4】小谷城

さて、戦国歴史資料館脇にも登城口はありました。
しかし、一縷の望みを賭けて戦国ガイドステーションに来てみました。
ここから舗装道があり、車でかなりの所まで登れるからです。
その入口には、大河ドラマ放映を記念したオブジェがありました。
重そうですw

【5】小谷城

一縷の望みと書きましたが、敢え無く撃沈えーん
城跡へのバスが運行される日は、一般車両は通行止めとなります。
バスの運行が終わっても通れないのは、前回(2012年)と同じでした。
バスが無い日は、番所跡まで車で登れますあせる

【6】小谷城

登城口です。
2012年はここに「一般車両通行止め」がありました。
このすぐ右に駐車場があるのですが、そこには停められません。

【7】小谷城

上の写真の案内図のすぐ左が大手道の入口なのですが・・・
バリケードが置かれ、通れなくなっていました。
そこには入山禁止の警告文が。
入山しただけで窃盗罪とは、かなりキツイですねガーン
人が沢山来る城跡でなければ、即退散する位に怖い内容です。
城跡は私有地にあることが多いので、春と秋は要注意です。

【8】小谷城

「車がダメなら大手道」計画も潰えたので、しかたなく舗装道へ。
こんな光景が、荒んだ気持ちを慰めてくれますw

【9】小谷城
登城口から5分

出丸への案内も、どこかしら現代風ですw

【10】小谷城
登城口から7分

せっかくなので、脇道から出丸に登りました。
この日は小谷城が最後なので、日が暮れるまで時間を気にしません^^

【11】小谷城
登城口から9分

さて、出丸から舗装道へ戻りテクテク歩いていると・・・
車も通らない道でそりゃないよあせる

【12】小谷城

すぐ脇に、ここを通れと言わんばかりに大手道がありました。
ここからは舗装道より嫌いな階段がしばらく続きます。

【13】小谷城
登城口から15分

大手道を登っていると、途中に間柄峠の案内があります。
1525年、六角高頼が小谷城を攻めた時、越前から援軍が来ました。
ここは援軍の朝倉家臣・真柄備中守が守った所だそうです。
ググってみると六角高頼は1520年頃没、真柄はなぜか間柄に。
「間柄峠」の標記は、地元では昔からなのだそうです。

【14】小谷城

間柄峠を上から見た所です。
微妙に道がクネッていて、虎口っぽい構造になっています。

【15】小谷城
登城口から17分

間柄峠から少し登った所に、舗装道のヘアピンカーブがあります。
このカーブの先端が展望台風になっており、望笙峠と書かれていました。

【16】小谷城

望笙峠からは、虎御前山と琵琶湖がよく見えました。

【17】小谷城
登城口から24分

大手道に戻ってさらに登ると、今度は金吾丸への脇道があります。
せっかくだからと登りましたが・・・
眺めがいい訳でも、カッチョイイ遺構がある訳でもありません。
完全に自己満足の世界ですw

【18】小谷城
登城口から25分

金吾丸から下った所が、舗装道の終点でした。
舗装道の終点という事は・・・

【19】小谷城

番所跡ですラブラブ
ようやく小谷城に主要部入口に到達しました。
比高200mの普通の山城なら、登り切る位の時間がかかっています。

【20】小谷城
登城口から29分

番所跡の先には、虎御前山展望所があります。
1573年8月、織田信長はこの山に城を築いて小谷城を攻めました。
城を守っていた将兵達は、どんな思いでこの山を眺めたのでしょう。

【21】小谷城
登城口から30分

番所から虎御前山展望所を過ぎると、今度は御茶屋という曲輪があります。
名前はのどかなのですが、由来はわかりません。
案外、名前の通りだったのかもしれませんけどあせる

【22】小谷城
登城口から32分

御茶屋のすぐ上には馬洗池があります。
ここら辺からは、曲輪どうしがほぼ隣接するようになります。

【23】小谷城

馬洗池の脇には、土塁で囲まれた御馬屋という曲輪があります。
牧草地並みに草が豊かですが、もちろん真ん中にある説明板見て来ましたクローバー
説明板の脇にあるイラストは、御茶屋のものと全く同じでしたけどw

【24】小谷城
登城口から34分

馬洗池のすぐ先には、道端に大きな岩があります。
これは首据石と呼ばれ、敵に内通した家臣の首を晒したそうです。
この手前から、赤尾屋敷に通じる脇道があります。
赤尾屋敷は浅井家重臣である赤尾氏が暮らしていた所です。
織田信長に攻められた浅井長政は、この赤尾屋敷で自害しました。
そうと知ってたら立ち寄ったんですけどあせる

【25】小谷城
登城口から35分

首据石のすぐ後ろにあるのが、黒鉄門跡です。
建物が無くても、厳重な造りだった雰囲気は感じられます。
この門の中が本丸です。

【26】小谷城
登城口から36分

黒鉄門の前には、桜馬場と呼ばれる広い曲輪があります。
上からは見えませんが2段になっていて、更に奥へと広がっています。

【27】小谷城
登城口から40分

黒鉄門跡を抜けた所が本丸の大広間です。
ここに御殿などの建物が並んでいたそうです。

【28】小谷城
登城口から42分

大広間の突き当りに本丸の石垣があります。
小谷城跡で見られる本格的な石垣はここからです。
前回(2012年)は、スズメバチを見てここで引き返しました。
スズメバチの習性を覚えたので、今度は見ただけではビビりません。
今回は見ませんでしたけど。

【29】小谷城
登城口から44分

本丸の城塁脇を奥へ進むと、谷間的に開けた所があります。
実はこれ、大堀切なんです恋の矢
言われなければ規模の大きな谷と勘違いしそうです。
ここで山上部と本丸を区切っていたそうです。

【30】小谷城
登城口から46分

大堀切を過ぎた所に横向きの石垣があり、その裏が通路になっています。
中丸の虎口です。
本丸側は特に虎口が無いので、こちら側の方が防御が固くなっています。

【31】小谷城

虎口から上がって見た中丸の様子です。
かなり広い曲輪です。
説明板によると、中丸は3段の曲輪で構成されているそうです。

【32】小谷城

奥の方は、このように段々になっています。

【33】小谷城
登城口から53分

中丸の奥の狭い曲輪を上がると、土塁が開口した虎口が現れます。
ここは京極丸の虎口です。
京極丸は、浅井氏が主である京極氏を迎えるために築いたそうです。
・・・平たく言うと、監禁して傀儡にしたという事ですw

【35】小谷城

京極丸の特徴は、虎口から入ってすぐ見えるこの土塁です。
小谷城内にある土塁では一番高いものかもしれません。
周囲は傾斜がキツク、周囲から隔絶しやすい感じがします。
・・・思い込みかもしれませんけどあせる

【36】小谷城
登城口から60分

京極丸の更に上には、小丸と呼ばれる曲輪があります。
本丸を過ぎても、更に上へと曲輪が並んでいます。
浅井長政の父・久政は、隠居した後はここで暮らしていました。
織田信長に攻められ落城した際にも、ここで自害したそうです。

【37】小谷城
登城口から62分

小丸の上には、更に山王丸があります。
小丸から山王丸に向かうと、手前にその石垣が見られます。
山の高い所にありますが、かなり大きな石を積んでいます。

【51】小谷城

山王丸の石垣はよく残っています。
東側(登る時は右手)側面には、このようにまとまった石垣が見られます。
私は左側通行で登ったので、下る帰りに見ました。
現地では「大石垣」の案内が出ています。

【38】小谷城
登城口から63分

石垣のある斜面を登った所が山王丸です。
ここもそこそこ広い曲輪です。
山王丸は4段の曲輪群から成り、小谷城主要部では最も高い所にあります。

【39】小谷城
登城口から64分

山王丸最上段の土塁です。
下段から見えなくなるように設置されています。
土塁の真ん中辺りには、石垣も見えます。

【40】小谷城

山王丸の一番奥から見た所です。
最上段でも、まぁまぁの広さです。
普通の山城の主郭よりはかなり広いですけどw
さっきの土塁はかなりの存在感があります。

【41】小谷城
登城口から65分

山王丸の一番奥にある虎口です。
虎口は虎口ですが、山道がここにつながっただけです。
特に防御的な感じはしません。
山王丸が小谷城では事実上の詰めの城だったからかもしれません。
私はここまでで登城を終えるつもりでしたが・・・
後から来た方が山王丸で私に追いつき、ここでUターンして帰りました。
・・・なんだか燃えちゃいましたメラメラ
本当は行くつもりはなかったのですが、さらに大嶽を攻める決意をしました。
ここから900メートルですが、二度と来ないなら行くしか無いですよね?

【42】小谷城

山王丸から見た大嶽(小谷山山頂)です。
1日城跡巡りしたのに、さらに登ろうなんて・・・
正気の沙汰ではありませんw

【43】小谷城
登城口から69分

山王丸からは急な山道を下ります。
下ったら登り直すのですが、そんな事どうでもよくなってます。
正気を失ってますね?w
下り坂を下り切った所にかなり平坦地があります。
ここが六坊です。

【44】小谷城

六坊は細長く、かなり広い曲輪です。
その名の通り、政務や軍務に携わった6つの有力寺院を集めた所だそうです。
山王丸の更に奥はさぞ不便だと思いましたが・・・
清水谷からの道がここに通じています。
本丸を通らずに麓から登れるので、もしかしたら登りやすかったのかも。
小谷城が落城した時、羽柴秀吉は清水谷から京極丸に奇襲をかけています。

【45】小谷城

細長い六坊で大嶽までの距離を稼いだと思いましたが・・・
六坊の奥には、大嶽まで600メートルの案内があります。
ここから500メートル程は、奥に見えるような階段が延々と続きますあせる

【46】小谷城
登城口から82分

大嶽まであと100メートルの案内を越えると、道がやや平坦になります。
登った後ちょっと下ったので振り返ると、横一線の土盛りでした。
どうやらここが大嶽の外周の土塁のようです。

【47】小谷城
登城口から83分

土塁を越えて間もなく、大嶽城跡を示す標柱と説明板があります。
長い長い階段を登ってしんどかった思いが吹っ飛ぶ瞬間ですラブラブ

【48】小谷城

そのすぐ先に、それまでの曲輪と同じようにイラストがありましたが・・・
自然にこうはなりませんよね?
ひどい事をする人がいるもんですプンプン
ググってわかる範囲では、2016年12月までは綺麗でした。

【49】小谷城
登城口から84分

大嶽城内をウロウロしていると、小谷山山頂のプレートがありました。
山頂ですからねぇ、この手のものは大抵あります。
・・・ちょっと機嫌悪いかもw

【50】小谷城
登城口から88分

元々来る予定ではなかったので、大嶽の構造がわからず。
とりあえず外周の土塁を1周してみました。
土塁は高さ1.5メートル程で、山頂部分を1周しています。
何だか火山の火口みたいです。
現在見られる遺構は、1573年に朝倉軍が構築したものだそうです。

真ん中にある大嶽の標柱を、土塁を背景に撮ってみました。
苦労して登り切ってゴールに辿り着くと、とても気持ちがイイもんですラブラブ
だからといって、山キチには絶対なりませんけどw

◆歴史◆
前回のブログをご参照下さい。

所在地:小谷城/滋賀県長浜市湖北町伊部

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