陣が峯城/福島県会津坂下町 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


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陣が峯城も雲雀城と同じく崖端城でした。
訪問日は2015年8月7日です。

【写1】陣ヶ峰城

城跡の入口です。
大きな白い看板の脇に、木と同じ色の細い標柱が立っています。
城キチですもの、見落としません(`・ω・´)

【写2】陣ヶ峰城

入口から城内を見たところです。
平坦な砂利道の先に、白い城の建物が・・・w
チラッとですが、イイもの見えてますラブラブ

【写3】陣ヶ峰城

入口は、外堀と内堀を貫いています。
城内を見る立ち位置で、左を向いて見える外堀です。
ここの堀底を歩きたいとは思いませんねクローバー

【写4】陣ヶ峰城

同じ位置で、今度は右を見たところです。
こちらは堀の形がはっきりわかります。

【写5】陣ヶ峰城

数メートル進み、再び左を向いて見える内堀です。
外堀よりも深く、城内側が高くなっているのがわかります。

【写6】陣ヶ峰城

同じ位置で右を見たところです。
こちらもさっきの続きの内堀ですが、ちょっと浅いように見えます。

【写7】陣ヶ峰城

入口から奥に見えた白い建物です。
イイものは、図まで入った思ったよりイイものでした爆  笑

【写8】陣ヶ峰城

そのイイものです。
左下の壺はどうでもよくて、右上に素晴らしい絵が描かれています恋の矢
というのは冗談で、鏃や陶磁器はいずれも焼け跡があったそうです。

【図】陣ヶ峰城
拡大表示

せっかくなので頂きますラブラブ

【写9】陣ヶ峰城

城内の様子です。
今でもせっせと兵糧を蓄えているようです♪


◆歴史◆

城氏の会津八館の1つと伝わります

『会津古塁記』では「南宇内村塁」の名で登場します。
その内容は
 東西五十間南北七十六間陣峯城と号す。
 右同断八舘ノ内。家臣沖(中)野太郎を置く。
ここに「陣峯城」という名も書かれています。
会津八館は、越後の城重則が988年から991年にかけて築いた城館です。
会津への勢力拡大を目論んだのですが、慧日寺に敗れて自害しています。

平安時代から鎌倉時代の城館でした

築城者や出来事などは不明です。
説明板に書かれている内容をザックリまとめると・・・
発掘調査の結果、焼けた陶磁器や鏃などが見つかっています。
そのため、ここが攻められ焼かれたと推測されます。
その中には税の基準となる秤の一部も見つかっています。
当時の会津は蜷河荘という摂関家の領地がありました。
九条兼実の『玉葉』に登場する「藍津之城」だったと考えられています。


所在地:福島県河沼郡会津坂下町宇内

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