下ノ城/宮崎県新富町 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。


テーマ:
下ノ城は、すぐ西にあった富田城の出城だったと考えられています。
訪問日は2018年2月12日です。

ここもだいたいの場所はわかりましたが・・・
城跡に至る道がわからず、いつもの直登で城跡を探し当てました。
私が辿ったそのままでは参考にならないので、ここも逆巻きで紹介しますあせる

◆登城路◆

城跡へは、新富町文化会館の南側から林道に入ります。
この林道は入口こそ舗装されているものの、すぐに砂利道となります。
林道を上り切った所に車を停められますが、下で停めた方が近いです。
・・・停める所は空気を読んで下さいあせる

【写1】下ノ城

林道から城内へ入る所がとても分かりヅライです。
・・・と言うか、知らなければ絶対見つかりませんw
登城口から林道の上方向を見た所です。
最初のヘアピンカーブから上がり、最初の右カーブの手前です。

【写2】下ノ城

目印はこの電柱です。
上から見ています。

【写3】下ノ城

電柱の番号札です。
まだ新しそうなので、しばらくはこの番号から変わらないと思います。

【写4】下ノ城

電柱から林道の上方向へ5歩歩いた右側が、登城路への入口です。
この木々の間から突入すると、10メートル程先に左上がりの道が見えます。
そこまではちょっとヤブ搔きをしますが、下草なので高さはありません。

【写5】下ノ城

この道が、2つある曲輪の間にある堀切まで続いています。

◆東の曲輪◆

【写6】下ノ城

東の曲輪の虎口は、堀切に面した所にあります。

【写7】下ノ城

虎口から上がった、東の曲輪内部の様子です。
思ったよりかなり広いです。

【写8】下ノ城

南側に土塁はありません。
そのまま一番奥(東側)まで進むと、かなり下に曲輪が見えました。
ちょっと高さがあったので、下りていません。
この先に堀切もあるらしいのですが・・・今知りましたwあせる

【写9】下ノ城

東側の先端から北側に回り込むと、こちらには土塁がありました。

【写10】下ノ城

土塁はそのまま西側まで続いています。
その西側の土塁の外には、もう1つの曲輪と隔てる堀切があります。
向こう側の曲輪の方が高いので、あっちがメインの曲輪です。

◆西の曲輪◆

【写11】下ノ城

虎口は堀切から南へ2、3メートル回り込んだ所にあります。

【写12】下ノ城

堀切沿いの土塁です。
土塁は、東~北~西にかけて曲輪を囲んでいます。
南側は低くなり、無い所もあります。

【写13】下ノ城

土塁上から見た堀切です。
東の曲輪の方が明らかに低くなっています。

【写14】下ノ城

北側の土塁です。
こちらはハッキリ見えます。

【写15】下ノ城

北側の土塁から見た林道です。
高低差は10メートル程あります。

【写16】下ノ城

土塁は北西部分が一番高く、2メートル以上あります。

【図】下ノ城
ザックリ描くとこんな感じです。

◆林道の先◆

【写18】下ノ城

登城口から先の林道は、西の曲輪の下で大きく右にカーブします。
写真の右側が、西の曲輪の城塁です。
不肖わたくしめは、「たぶんこの辺?」で、この城塁を直登しましたw

【写19】下ノ城

林道は城跡を回り込むように曲がり、更にヘアピンカーブがあります。
上り坂を登り切ると、そこから先は茶畑が広がっています。
ヘアピンカーブは、この台地から城を切り離す堀切の跡かもしれません。

道はそのまま、富田城跡の北側まで続いています。
(富田城跡へは、この道から左へ曲がる道があります)
ただし、この道は整備されておらず、轍が深いです。
道の中央に草が生えており、車高の低い車で走ることはお勧め出来ません。
私はこの道を走ってしまい、車の底を草が洗う音がし続けていましたあせる


◆歴史◆

不詳あせる

西へ約1kmの所にある上ノ城(富田城)の出城と考えられています。


所在地:宮崎県児湯郡新富町上富田

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