岩村田城/長野県佐久市 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。

岩村田城は幕末に築城が開始された未完成のお城です。
訪問日は2013年7月30日です。

岩村田城/①土塁
▲土塁

城跡には小学校があるので、そいつを目印に攻めます。そして近づくと、地形がやっぱりそれっぽい!まだ何も見ない内からただならぬ雰囲気が感じ取れました。・・・もはや揺れるススキを見て幽霊と勘違いするのと同じLvかもですあせるでも!ちゃんとありましたヽ(´∀`)ノ

岩村田城/②城址碑
▲城址碑

いかにもな土塁の上には、石のモニュメントが3つ並んでいました。勿論、真ん中が城址碑です!いつの時代だって「センターは城址碑」と、昔誰か偉い人が言ってたかもしれません。もはや脳内はジャイアンと化しているようです汗

岩村田城/③岩村田小学校
▲岩村田小学校

そして一応撮った小学校です。新たにお城を築こうとしたのですから、しっかり削平はしてあったでしょう。そうして出来た広大な平地は、全国的に学校用地に転用された所が多いですよね。


◆歴史◆

1864年、築城が開始されました。

岩村田藩の藩主・内藤正誠が城主格に格上げとなり、築城を開始しました。藩主はこの時17歳です。これは先代藩主の祖父・内藤正縄が安政の大獄に貢献したことによるのだそうです。お城と陣屋って、藩主の格で呼び分けられるんですよね。大名かどうかは石高が1万石以上か以下かですが、城主格というのが別にあります。この城主格の藩が築いたものは城と呼ばれ、そうでないものは陣屋と呼ばれています。なので、どんなに規模がデカくても、城主格でなければ陣屋となります。何がお城で何がそうでないのか、だんだん境界が曖昧になってきましたあせる

岩村田藩は幕末は新政府方として行動し、各地に出陣しました。1869年の版籍奉還後は岩村田藩知事となりましたが、廃藩置県により失職しました。その後、内藤正誠は1877年には財政的に破綻し、1880年に36歳で亡くなっています。


所在地:長野県佐久市岩村田

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