豊津陣屋/福岡県みやこ町 | なぽのブログ

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お休みヒマだ~、どこ行こう?
・・・そうだ、お城!で始まった城跡巡り。
ふらっと訪ねた城跡を紹介します。

豊津陣屋の跡地は小笠原神社となっています。訪問日は2012年1月1日です。こちらはナビですんなり着きました。グルッと大回りはしましたが(^^ゞ。

豊津陣屋/小笠原神社
▲小笠原神社

元旦ということで、小笠原家の家紋が入った提灯や幟で飾られていました。これは城キチならずとも往時が偲ばれて、なかなか見栄えがすると思います。平地ですが神社の所が一段高くなっており、それっぽい雰囲気はありました。 右の方がこんもり土が盛り上がっているのがわかりますか?ここに天守代わりの櫓が建つ予定だったそうです。

豊津陣屋/移築陣屋門
▲育徳館高校に移築された陣屋の門

育徳館高校の国道側には、「陣屋の正門」が移築されていると色んな所に書かれていました。真っ黒で重厚感たっぷりな門は、譜代大名の城門としての威厳が漂っていますね^-^

ただ、真横に置かれた真新しい説明板には「藩校育徳館の正門として建てられた」とあります。・・・「正門」は合ってるんですけどねぇw同じ名前で高校として続いてるってことは、この門は昔からここにあったという事でしょうかあせる


◆歴史◆

1866年にあった第二次長州征伐で、高杉晋作の奇襲により小倉藩は敗れました。肥後藩や久留米藩など、傍観しただけで撤退したため孤立無援でしたが・・・敗北が決定的になると、自ら小倉城を焼き捨てて、香春の奉行所へ撤退しました。

翌年、小倉藩は長州藩と和解しましたが、藩主は小倉には戻って来ませんでした。そのまま香春の奉行所を藩庁として移転。

さらに1869年、豊津に新たな藩庁を築き、移転して「豊津藩」に改名しました。これはかなり自虐的に見えますね・・・当初は天守も建造する予定で、普請も進んでいたそうですが・・・

1871年、廃藩置県により廃城となりました。
現在、陣屋の跡地は小笠原神社、みやこ町役場豊津支所、グラウンドなどになっています。陣屋の正門が国道沿いの育徳館高校に移築されて現存しています。


所在地:福岡県京都郡みやこ町豊津(小笠原神社)

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