そろそろ終わりに近づいてきました😊



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 養成講座に申し込む1ヶ月くらい前、母と電話をしてて、なぜかうつ病の話になり、母が
「お父さんもうつ病だったからなぁ〜」
と言いました。

え!? そーなん!?
知らなかった、、、!!!


 「精神病院に入退院繰り返してたの、あんた覚えてないの〜?」と母。
全く覚えてない。。。


 でも、そう考えると、めっちゃ腑に落ちました!


 お父さんはすぐキレるし超自分勝手でヘンだなってイメージだったから、
『謎が解けた!!』って思いました! 

 当時はうつ病って言葉がなかったし、どっちかとゆーと鬱より躁病っぽい症状でした。 

 この母との会話で何かがスッキリすると同時に、父のことはもうこれで終わりってゆーか、

 私の人生、私が選択して、出会いもあって、影響受けてきた人も親以外に沢山いて、いつまでも自分の自己肯定感の低さや、我慢してしまうこと、言いたいことを言えないのを父のせいにするのは、おかしいな、と、何かがスーっと消えていく感じがしました。 


 そんなこともあり、ヨガの養成講座に、軽やかに進むことが出来ました。

 養成講座中に、40歳の誕生日がきて、誕生日がちょうど講座の日で、旦那さんからサプライズで、講座を受けてるスタジオに40本の薔薇の花束が届きました。 

 誕生日に花をもらったことなんて今までないし、
めっちゃめちゃびっくりして、
花屋さんが、スタジオに入ってきて、
「直美さんに、」って言っても、 

「違う違う私じゃない!!」って言ってしまうほど、びっくりしました笑 


 そんなこともありながら、養成講座は大変でしたが、無事修了。


 4月、旦那さんの44歳の誕生日に、伊勢市のお寺でデビューレッスンとなりました。 

誕生日に合わせたわけではなく、たまたまそうなりましたが、誕生日なので覚えやすくて良かったです。 


 デビューレッスンも、それまでの僅かな知り合いが知り合いを呼んで来てくれ、満席。


 養成講座を受講したヨガスタジオと契約して、そこからいただくレッスン週1.2回こなし、それも集客に困ることはなく、

町の体育館講座や、伊勢市の公民館講座などもして、市町の後ろ盾もあり、担当するレッスンは全て満席でした。


 今までの私らしからぬ、華やかなスタートでした。 


 小学校時代の同級生がヨガサークルを組んでくれてレッスンしたり、他のヨガの先生とも仲良くなったりで、とても楽しかったし、
今までの苦労から解放されたような気持ちでしたが、
34歳の時にできた子宮筋腫が養成講座中に大きくなり、出血と戦いながらの日々でした。 


出血はひどくなる一方で、貧血とタンパク質不足で筋肉がつかず太ってきたり、疲れやすかったりしました。 


 それでも『気』は元気なので、
ヨガについてもっともっと深く知りたいと色んな先生のヨガを受けに行くなかで、
国際ヨガデー三重というイベントをしてる代表の方と出会いました。



国際ヨガデー三重を立ち上げた1年目で、
「こんなのするんだけど、参加どう?」と、チラシをもらいました。

 めっちゃいい!めっちゃ行きたい!
って思ったけど、その日は所属するスタジオの勉強会の日で、、、諦めました。 

(今なら絶対行く! でもこの後悔が今年まで9年間国際ヨガデー三重に取り組んだ原動力となりました) 

 2年目の国際ヨガデー三重は必ず参加するぞ!
と思ってたら、なんと、主催の手伝いを頼まれました。 

 この国際ヨガデー三重は、ヨガを広める、深めることを目的としたボランティア活動なので、お給料が発生することはありませんが、代表の考え方、代表が学ばれてることが、その時の私より常に先をいってて!
とても魅力的でした。 


 「バタフライ・エフェクト」「調和」「コミュニティ」「和合」
などの言葉を知って理解したのもこの活動からで、今でも私の活動の土台になっています。 


 そして、手伝いから主催トップ2の役割を果たすまでになり、9年間で延べ参加人数2000人以上の三重ヨガデーのイベントを開催してきました。
(2025年に卒業しました)

この活動は、自分のレッスンをするのとはまた違った内容で、必死で代表の考えについていき、成長させてもらえた9年間でした。


 話は戻り、
子宮筋腫は、手術をするか悩むこと1年。
筋腫の場所的に、摘出するなら子宮ごと全部になる。病院の先生は大丈夫っていうけど、臓器が1個なくなって、他の臓器とのバランスはどーなるんかな、、とか、手術怖いな、とか、1年間ほどずっと悩んでいました。 


 お読みいただきありがとうございます🙏🏻


次回へ続きます。