僕は立場上、様々な席で挨拶をすることも少なくありません。



そんな場合、原稿は用意せず、おおよその構想をまとめてから、

当日の前後の流れや聴衆の雰囲気を感じながらアレンジして

話をします。



少し長くなることが多いのが自分でも玉に瑕と思いますが、まあ

下手な方ではないと自負しています。



しかし先日の故赤塚不二夫さんの葬儀の時のタモリさんの弔辞

をニュースで聞き、舌を巻きました。


実に気持ちのこもった、そして故人の人柄を偲ばせる、開場の

人々の涙を誘う、見事な弔辞だったと思います。



テレビ・新聞では、手に原稿を持っていたのは白紙であり、彼の

一流のパフォーマンスだと喧しいようですが、それはともかく、

実に素晴らしい挨拶でした。





「あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せ

るあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもあ

りました。」



「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向

きに肯定し、受け入れることです。(中略)この考えをあなたは

見事に一言で言い表しています。

すなわち『これでいいのだ』と。」



「最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの

柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れる

ことができません。」



「私もあなたの数多くの作品のひとつです。」







京都五山の送り火は8月16日です。   合掌