The Real You epi.58(The Final Episode) | φ ~ぴろりおのブログ~

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イタズラなKiss&惡作劇之吻の二次小説を書いています。楽しんでいただけると、うれしいです♪ 

話に片が付いたところで祝杯を上げられるはずはなく、店には急用が出来たと断わりを入れ早々に辞去した。
仲居が呼んでくれたタクシーに乗り込み、一瞬会社と迷って最寄りの駅を告げる。
ふぅーっ...シートに背を預けると、思わず大きく息を吐き出していた。
知らず知らずのうちに緊張していたのか、肩の力が抜ける。

先方からの申し入れによる婚約解消という体裁をとるだけで、実質何のペナルティもなく提携と融資を継続できたことは上出来と言っていい。
元より沙穂子さんのしたことは道義的にはともかく、刑事責任を問えるようなことではない。
入れ替わりという説明し難い事情な上に、美佐江さんの証言のみで確たる証拠もなく、こちらに分があった訳ではない。
融資を切られた場合のセーフティネットとなる策は用意していたが、融資条件も厳しくリスクも高くなる。
会社の再建はこれからだが、多くの社員とその家族を路頭に迷わせる危機を回避できたことに心から安堵した。


通勤ラッシュの混雑した電車に揺られながら、今後の段取りを考えていると、すぐに乗り換えの駅に着いた。
普通に一駅分くらいありそうな地下通路を歩き、ほんの数か月前まで毎日乗っていた電車に乗る。
地下鉄に乗っていた時は気付かなかったが、今夜は満月のようだ。

『満月には願い事はしちゃいけないんだって。新月にするのがいいんだって。満月の方がいいことありそうなのにね!』
不意に、琴子の声が浮かんだ。少し得意げな調子までありありと耳に甦る。
あれはいつの頃だったか...季節さえ定かではないが、夜空を見上げるアイツの横顔だけがくっきりと胸に映る。

簡単な公式一つ覚えられないのに、占いやまじないみたいなものにやけに詳しかった琴子。
『満月は達成のパワーに満ちているから、手放したかった習慣とか人間関係をリセットするのにいいんだよ。』
琴子の言葉を信じれば、婚約解消にはお誂え向きの日だったようだ。
ビルに隠れては幾度となく現れる月は、いつもより大きく、輝いて見えた。



人波に流されるように改札を抜ける。
急ぎ足でタクシーやバスを待つ列に並ぶ人が追い越して行く。
ここからは見えないか...何となく月の在りかを探した自分に気恥ずかしくなった。

車両が通行禁止になる時間帯は過ぎているが、まだ開いている店も多く賑やかな商店街。
こんな時間に立ち寄ることは久々なこともあって、見るとはなしに店先を眺めながら歩く。
商店街の外れに差し掛かった時、一軒のドラッグストアに目が留まった。

琴子?...いつもなら家に帰っているはずの時間だが、どう見てもあの後ろ姿は琴子だ。
ふと驚く顔が見たくなって、一番端から店内に入り、気付かれないように琴子がいる通路の近くまで廻り込む。
商品の陳列棚に隠れるようにして近付いても、琴子はまったく気付く様子がない。
後ろから驚かそうと気配を消して慎重に近づいた時、琴子の呟く声が聞こえた。

「これ買っても、出て行くまでに使い切れないよね。」
いま、何て言った?...一瞬、頭が真っ白になる。
出て行くって、言ったよな?...何だよ?どういうことだよ?

「そっか。余っても持って行けばいいんだよね。邪魔になっちゃうし。」
琴子がシャンプーか何かを手に取った。
慌てて陳列棚の後ろに隠れる。
琴子がレジに向かうのを確認して、入って来た場所から一足先に店を出る。

すぐに琴子が商品を買って出て来た。
こちらを振り返ることなく歩き始める琴子。
少し離れて後を追いながら、声を掛けるタイミングを計る。


「よお。」
「入江くん!」
振り向いて立ち止まる琴子。
「いま帰りか?」
声の調子に遅い理由を問う響きを持たせる。

歩きながら話し掛けた俺に釣られるように、また歩き始める琴子。
「ううん。トリートメントがなくなったの忘れてて買いに来たの。」
「そうか。」
「入江くんは、今日は早かったんだね。あれ?でも、車は?」
「出先から直帰したんだ。迎えに来てもらうのも悪いしな。」
「そうなんだ。電車混んでたでしょ?大変だったね。」
自分だって通勤ラッシュの時間帯に帰って来たはずなのに、俺を労う琴子。

「ピークは外れてたし大したことねーよ。それより、お前、引っ越すのか?」
「え?なんで?あ、父さん、おじさんに話したんだ。」
なぜ知っているのかと聞かれたら適当に誤魔化すつもりでいたが、琴子は勝手に勘違いしてくれたようだ。
「本当なんだな?」
「うん。本当だよ。あ、そうだ。最後だから、聞いちゃうね。誕生日プレゼント、何か欲しいものあったりする?」
最後だから...その一言が胸に刺さる。


「といっても、バイトもできなかったし、そんなに高いものは買えないんだけど。」
えへへと照れ隠しみたいに笑って見せる琴子...なんで、そんな寂しそうな顔で、無理して笑うんだよ。
「あ、やっぱりプレゼントはマズイかな?残らない物でもダメかな?」
黙っている俺にまた勝手に勘違いした琴子は、あんなことがあってなお、沙穂子さんに気を遣っているようだ。

「急に出て行くって、俺の所為だよな。」
さっきまで琴子たちが出て行くなんて考えたこともなかったが、少し冷静になればさすがに理由には思い当たった。
「入江くんのせいじゃないよ!入江くんは何も悪くない!」
立ち止まった琴子が必死な声で言う。

「お父さんも言ってたけど、赤の他人のあたし達がずっとお世話になってたのが、間違いだったんだよ。」
今にも泣きそうな琴子...語尾が震えて小さくなる。
「間違いなんかじゃない。」
「え?」
「お前も、おじさんも、出て行かなくていい。」
潤んだ瞳で俺を見上げる琴子に、静かに告げる。


「だって、入江くんは..結婚しちゃうのに...あたしたちがいたら..迷惑に...」
途切れ途切れに言葉を紡ぐ琴子の瞳から涙が零れた。慌てて俯く琴子。
「結婚なんてしない。婚約は解消した。」
「えっ?」
琴子が驚いて顔を上げる。涙に濡れた瞳が大きく見開かれる。

「どうして?」
瞬きもしないまま、真っ直ぐ俺に問う琴子。
「どうして、だろうな?」
そう言いながら、瞳を覗き込むようにして、琴子の頬に手を伸ばす。
ビクリと後ろへ退く小さな顔を捕まえて、そっと口唇を寄せる。

名残り惜しく感じながら柔らかい口唇を離す。
目を開けると、見開いたままの大きな瞳に俺が映っていた。
「どう、して?」
琴子が確かめるように指で口唇に触れる。
「どうしても、お前じゃなきゃ、ダメみたいだ。」
胸に引き寄せて、琴子をギュッと抱き締める。

「...入江くん、ほんと?」
腕の中から不安げな声がする。
「ああ。」
「夢じゃ、ない?」
片腕で琴子を抱えたまま、まだ半信半疑の琴子の頬を指で摘む。
「痛い!痛いよ、入江くん!」
俺が摘まんだ頬を擦りながら、嬉しそうに言う琴子。


「ほら、行くぞ。」
腕を緩めて手を引こうとした途端、へなへなと崩れ落ちそうになる琴子。
「危ないっ。」
慌ててもう一度抱き留める。
「何やってんだよ?」
「こ、腰が抜けちゃったみたい。」
へにゃりと眉を下げる琴子。困った顔が可愛くて、頬が緩みそうになる。

「ったく。しょうがねーな。」
危なくないように腰を落とさせてから、琴子の前に屈み込む。
「ほら、早くしろ。歩けねーんだろ。」
「ごめんね。重いよ。ごめんね。」
琴子が何度も謝りながら俺の背に負ぶさった。
「ちゃんとつかまってろよ。」
しっかりと琴子が首に腕をまわしたのを確かめて立ち上がる。

「入江くん、見て、満月!」
歩き出して間もなく、突然はしゃいだ声を上げる琴子。
いつの間にかまた、満月が顔を出していた。
「あ~ん、願い事したくなっちゃう。」
残念そうな声だけで、どんな表情をしているかわかる。
「そうだな。」
「入江くんも?でしょでしょ!」
琴子が首に巻き付いたまま、俺の顔を覗きこもうとした。


振り向けば触れそうな口唇。
背中に感じる柔らかい温もり。
甘い香りが俺を包み込む。
くっそ...キツイな、これ。

「ちゃんとつかまってろよ。」
琴子を背負ったまま、家へ向かって駆け出す。
「きゃあ、落ちちゃう。」
「落とすかよ。」
本気でしがみつく琴子に笑いながら言う。

願い事なんて新月でなくても、いくらでも叶えてやる。
お前の願う事なんて、きっと俺と同じだ。

~See You Next Time~