招待状を手に取る。11月21日...一週間後か。
あの日、相原に誘われてエンパイアホテルに行った。豪華なランチを楽しみにしていた。
早く着き過ぎたのが間違いだった。相原のドレス姿が見たいなんて思わなかったら...
相原は本当にキレイだった。このまま独り占めしたいと思うほどに...
相原の真っ直ぐでサラサラの髪は緩くカールされ、いつもより大人っぽく見えた。
ほとんど化粧をしない相原。目元や頬、そして唇を彩るやさしいピンクのメイクは、相原にとても似合っていた。
髪に飾られたブーゲンビリアの香りなのか、甘く芳しい香りが鼻をくすぐる。
「ほんとに可愛いよ。」 「すっごくキレイだ。」 「そのドレスとっても似合うよ。」
オレは、何度も何度も相原に賛辞を送った。その度に恥かしそうに微笑む相原は、本当に可愛くて抱き締めたくなった。
相原が写真を撮ってもらうためにスタジオに入った。オレはスタジオの前に用意されたソファに座って待った。
ブライダルフェアに行くことを躊躇した相原が、突然ウェディングドレスを着たいと言った理由をぼんやり考えていた。
ずっと好きだった入江が、きっといまも好きな入江が、もうすぐ結婚することを嫌でも思い出させる場所に
行きたくなかったのはわかる。どうして急に...しばらく考えて答えがわかった。
...相原は、もう自分がウェディングドレスを着ることはないって思ったんだ...だから記念に...
やっぱり...入江を忘れられないんだな...どれだけ時間が経とうと想い出にはできないんだな...
「琴子は、どこだ。」
顔を上げる前から誰かはわかった。額に汗を滲ませた入江が、息を切らして立っていた。
入江は、相原のことが好きだと言った。相原を諦めることができないと...結婚も既に断わっていた。
パンダイに行った日を思い出す。入江が見合いをして結婚しそうだとボロボロになった相原から聞いた。
入江の気持ちを確かめようとした。ポーカーフェイスを崩さないあいつの本当の気持ちはわからなかった。
本当に見合い相手を気に入ったのか。会社を救うためそうしなければならないのか...どっちでも同じだった。
入江には相原を幸せにする気はない、幸せにできないってことだ。オレは、相原を支えるって決めた。
相原を海に誘った。倒れてしまった相原を元気付けたかった。相原は海に自分の想いを無理矢理沈めようとしていた。
オレは無理に忘れなくてもいいと言った。忘れるのも、忘れられないのも辛いなら、一人で立っていられないなら、
オレを利用して寄りかかればいいと言った。相原さえよければ、何も考えずに済む遊園地に行こうと誘った。
そう言っても...相原がオレに寄りかかってくることはないと思っていた。
相原は、誰かを利用したりできるやつじゃない。それはオレがよく知っている...相原が遊園地に行きたいと言った。
よほど辛かったんだと思う。俺に寄りかからずにはいられないほどに...相原はオレを利用しようとは思ってない。
もしかしたら...利用してもいいと言ったのはオレなのに、その気持ちに嘘はなかったのに...
もしかしたら、オレを見てくれるかもしれない...胸に浮かんだ微かな希望を抑えることができなかった。
遊園地なんて都内にいくらでもあるのに、オレは相原を富士急ハイランドに連れて行った。
もしかしたら、少しでも入江から遠いところに相原を連れて行きたかったのかもしれない...
また誘ってもいいかと聞くオレに、相原はいいよと答えた。オレは飛び上がりたいほどうれしかった。
それからいろんな所に行った。相原の誕生日を二人で祝った。はじめて花束を贈った。星空を二人で歩いた。
楽しそうな相原を見るのはうれしかった。相原はオレに笑ってくれた。
でも...入江に見せるあのトロケそうな笑顔をオレに見せてくれることはなかった。
入江を好きな相原を好きになった。だから、相原が入江を忘れられなくても、その相原をまるごと好きでいようと思った。
相原とのデートは夢みたいに楽しかった。相原と二人でいる時間を重ねるたびに、相原をどんどん好きになった。
俺の中に小さな変化が生まれた...入江を忘れて欲しい、オレだけを見て欲しい、そんな想いが芽生え始めていた。
あのまま一緒にいたら、その想いはどんどん育って、いつか相原に言わずにはいられなくなってしまったと思う。
相原に言った言葉を嘘にするのはイヤだった。でも、想いを抑えられなくなりそうだった。
そんな時、入江が現れた。オレはどこかほっとしていた...
これでイヤな奴にならずに済む。相原を苦しめなくて済む。そう思った。
でも、そんな心配しなくてもよかったんだと思う...あの日、入江が来なくてもオレはきっとフラれていた。
ウェディングドレスを着たいと相原が言い出した理由に気付いた時、そう考えている相原がオレの気持ちを知りながら、
このままオレと一緒にいるわけがないと思った。あの日じゃなくても、そう遠くない日にきっと言われていたはずだ。
『やっぱり入江くんを忘れられない。こんな気持ちのまま、真田くんと一緒にいることはできない。』
わかってはいてもやっぱり口に出して言われるとキツイからな。入江が来てくれてよかったんだ...
相原にツライ言葉を言わせずに済んだ。次の日相原が来た時も、もうわかっていたから落ち着いていられた。
俺の顔を見た途端、涙をボロボロと零して、ごめんねと言い続ける相原に笑って言えた。
「もういいって。オレは入江を好きな相原を好きになったって言っただろ。相原がトロケそうに笑って、入江の隣に
いられるならそれでいいよ。もう泣くなよ。オレが泣かしてるみたいだろ。ほら。手出せよ。もうコレが最後だからな。」
オレは、相原の手のひらに一つだけチロルを載せた。普通のチロル。相原がオレにくれたチロルと同じだ。
相原は、泣きながらチロルを口に入れた。
「うっ..うぇっ..真田くん..ひっく..ほんとに..うぇっ..ありがとう。」
今日、招待状を持って来たのは、入江だ。
「お前には悪いと思ってるし、感謝もしてる...来週の日曜日、琴子と結婚する。お前に来て欲しい。」
「いますぐに笑って返事ができるほど人間できてないんだ...考えとくよ。」
「お前の気持ちはわかってるつもりだ。本当にすまない。」
「そう思うんだったら、絶対相原泣かすなよ。泣かしたらオレがいつでも迎えに行くから。二度と返さないからな。」
「あぁ、わかってる。」
「相原も見る目ないよな。絶対オレの方がやさしいし、幸せにしてやれるのに。」
「それは違うな。琴子を幸せにできるのは俺だけだ。」
「なんだよ。相原に惚れられてるからって...あーあ、キスくらいしとけばよかったな。」
「やっぱりお前、琴子に手出さなかったんだな。」
「出すかよ。手も繋いでねーし。他のオトコ好きなオンナに手出すほど悪趣味じゃねーよ。何ほっとした顔してんだよ。
腹立つなーっ。オマエ殴らなかったの、相原の悲しむ顔見たくなかったからだからな。相原にもっと感謝しろよ。」
「あぁ。そうだな。」
やっぱり来てしまった...まだ胸は痛いけど、二人のことずっと見てきたし...見届けなきゃな。
相原...おめでとう。よかったな。ずっとずっと好きだったもんな。高校の時から入江だけをずっと見てきたもんな。
今日の相原は、きっとあの日の相原よりずっとずっとキレイなんだろうな。トロケそうな笑顔で笑うんだろうな。
絶対幸せになれよ。世界中の誰よりも幸せに...祈ってるから...オマエの幸せ、心から祈ってるから...
オレは、最後と決めたチロルを口に放り込んで、式場へと向かった。
~See You Next Time~