「今日は、相原が誘ってくれてうれしいよ。でも、ここ高いだろ。」
「うふふ。大丈夫。お父さんがお得意さんにもらったお食事券くれたの。いつもご馳走になってばっかりだし。」
「そっか。じゃあ、遠慮なく。あっ、今日はブライダルフェアやってるんだな。」
「お客様、本日は模擬結婚式の他にウェディングドレスの試着と写真のプレゼントもあるんですよ。是非お越し下さい。」
「ウェディングドレス着れるんだって。相原キレイだろうな。」
「...」
「あっ、でも、ウェディングドレスってそう何回も着るもんじゃないよな...ごめん。」
もしこのまま入江くんのこと忘れられなかったら、お父さんに花嫁姿見せてあげることもできないんだな。写真か...
「...やっぱり行ってみようかな。ウェディングドレス着てみたくなっちゃった。」
「ほんとに?じゃ、行ってみよっか。」
「大泉様、本日はようこそ。どうぞこちらへ。こちらはVIP用のドレスルームでして最高級の品を取り揃えてございます。」
担当者に案内されるまま、ルネサンス様式の螺旋階段を上がり、説明を受ける沙穂子さんの一歩後ろを歩いていた。
付き合って欲しいと言われた場所は、エンパイアホテルのブライダルフェアだった。招待状が届いたらしい。
壁一面のウエディングドレス。沙穂子さんは、目を輝かせてドレス選びに夢中になっていた。
手持ち無沙汰だった俺は、螺旋階段の手すりにもたれて下のフロアを眺めながら、琴子のことを考えていた。
琴子の言葉通り、あの夜以来、俺と琴子はまったく顔を合わせることがなくなった。
本当にこのまま会えなくなってしまうのか...会うためには偶然という幸運に期待するしかなくなってしまうのか...
ジリジリと身を焦がす焦燥感...琴子の顔が見たい...琴子の声が聞きたい...琴子...
なぜ...わが目を疑う...視線が一点に集中する...琴子...どうして...
琴子は真田の隣りで、純白のウェディングドレスに身を包んでいた。
毛先を緩くカールした髪に白い花を飾り、淡いメイクに彩られて、恥かしそうに微笑む姿に釘付けになる。
どうして...どうして...琴子がウェディングドレスを着てるんだ...まさか...まさか...頭の中が真っ白になる。
「直樹さん、これなんて素敵じゃない?」
隣にいる真田が何か言う度に、照れくさそうな仕草をしている。キレイだ...きっと真田はそう言っているのだろう。
琴子...お前...真田と結婚するつもりなのか...嘘だろ...嘘だろ...何も考えられない。
「え、ええ。いいですね。」
『沙穂子さんとしあわせになってね...入江くんがいなくても私大丈夫だから。幸せになるから安心していいいよ。』
俺を安心させるために言った言葉だと思っていた...真田と結婚するってことだったのか...
「直樹さん、直樹さん、あのドレスとこのドレスだったら、どちらがいいかしら。」
まさか...嘘だろ...まさか...嘘だろ...その言葉だけが頭の中を駆け巡る。
「えっ。そうですね。沙穂子さんの好きな方で。」
「では、こちらに。」
「お連れの方は、お仕度が終わるまでしばらくお待ちいただけますか。」
「...はい。」
...何でこんな所に琴子と真田が...まだ学生だし結婚なんてできないよな...でも...
花嫁姿の琴子...いつかは結婚して誰かのものになってしまうのか...いや、いまだって真田と...
『中学生じゃあるまいし、想像にまかせるよ。』
あの日、自分が言った言葉に胸を抉られる...無意識に考えないようにしていたことが現実として迫ってくる。
...真田に柔らかく微笑む琴子...琴子の笑顔は真田だけのものになってしまったのか...
真田は...真田はもう...琴子の柔らかい唇に触れたのか...それとも...それとも...
いやだ..イヤだ..嫌だ...琴子が...琴子が他のオトコに...想像が胸を裂く。痛みで息ができない。
むりだ..ムリだ..無理だ...もう我慢できない...限界だ...琴子を失うなんて耐えられない。
琴子..琴子..琴子...お前を誰にも渡したくない...もうこれ以上、自分の気持ちに嘘はつけない。
「直樹さん、どうかしら。」
ウェディングドレスを着た沙穂子さんが微笑む。俺は、いつものように貼り付けた笑顔を返す事はできなかった。
「...沙穂子さん、すみません。俺は、あなたと結婚できません。」
「えっ。」
「本当に申し訳ありません。許してもらえるとは思っていません。自分の気持ちがもう誤魔化しきれなくて...」
「琴子さんね...あたしね。ずっと琴子さんのこと、やきもちやいてたの。
直樹さんは琴子さんに意地悪だったけど、本当の直樹さんをぶつけてたでしょ。
あたしもそうしてもらいたかったわ。ただあたしなら泣いて逃げちゃっただろうけど。ふふ。根性ないもの。
今日でよかった。本当のお式だったら...私きっと立ち直れないもの...
こうなっちゃえば、二人の間でもう太刀打ちはできないわ。おじい様には、私から言っておきます。さよなら直樹さん。」
「......」
俺が自分の気持ちを偽ったばかりに沙穂子さんを傷つけてしまった...
でも...溢れ出す感情を抑えることができない。真っ直ぐ琴子に向かって駆け出す想いはもう止められない。
琴子..琴子..琴子..どこだ...どこにいるんだ...
琴子の姿を探して走る...階段を駆け上がる...奥まった場所のソファに一人で座る真田を見つけた。
「琴子は、どこだ。」
「いきなり何なんだよ。」
「やっぱり琴子は渡せない。」
「何言ってんだよ。お前結婚するんだろ。」
「断わって来た。」
「...ほ、ほんとか。」
「あぁ。たったいま。」
「オマエ、そんなことして大丈夫なのか。」
「大丈夫じゃないだろうな。でも、なんとかする。俺が蒔いた種だ。」
「相原が...好きなのか。」
「あぁ。もう誤魔化せない。お前には渡さない。」
「嫌だと言ったら。」
「何を言われても、もう諦めない。琴子を諦めるなんてできない...好きなんだ。」
「やっとちゃんと言ったな。でも、オレも相原が好きだ。オマエに傷付けられて苦しんでる相原を支えて来たつもりだ。
決めるのはオレでもオマエでもない。相原だ。行けよ。そこのスタジオだ。相原に聞いて来いよ。話はそれからだ。」
「あぁ。わかった。」
さて...敗者は黙って消えるとするか...さすがにいま二人の姿を見るのは堪える。
会社のために相原を諦めようとしてた入江が、すべて失くしても相原だけは離さないって決めたんだ...
オレに勝ち目はない...でも、入江に負けたんじゃない...オレが負けたのは、相原だ。
相原は入江を忘れようとしていた。オレの気持ちに応えようとしてくれていた。
でも、相原が必死になればなるほど、入江を忘れられない、入江のことが好きだって、痛い程わかった。
どんなに傷付けられても、ずっと入江を好きだった相原の入江を想う気持ちに負けたんだ。
~To be continued~