さて、とうの秋元康は俺の存在をいつ意識したのか?
少なくとも、写真を送った時点では知っていたとは思っているのだが。
そもそも秋元康ととんねるずは仕事上なのか、でないとしても、仲良しであることは間違いない。
だから当然とんえるずが話題にしてることを知らないとは考えにくい。
とはいえ知らなかったと言われれば、それを覆せるかは怪しい。
周りのすべてが知っていても、本当に一人だけ知らなかった可能性も否定はしにくい。
当時の多忙さを言い訳にすれば、それも可能かもしれない。
ただ秋元康が「夕焼けにゃんにゃん」に出ていた時、とんねるずの石橋が「いつまでも秋元さんについていくと思うなよ」みたいなことを冗談っぽく言って、秋元が苦笑いを浮かべてたことがあった。
その時ついていく相手が私であることはすぐに分かった。
石橋も冗談で言ってるのだろうが、少なくともその時には秋元康は私について理解していたのは確かだろう。
それが多分、3月だと思う。じゃなきゃ4月だろう。
秋元康が知らなかったことは、とにかくおニャン子クラブが出てきたとき、すごい風当たりがひどくて、覚えてる中では、和田アキ子さん、多分加賀まりこさんあたりだったと思うが、あんな素人を芸能界にのさばらせるなんて的な批判をしていた。
他にもそういった声が多かった。
渡辺美里あたりも、おニャン子に対して、すごいケンカ腰だった。
思い出せるのはその程度だが、「あんな素人を」的な批判の声は結構よく耳にしていたワードだ。
それが私が現れたあたりから、まったくそういった反対意見を耳にすることがなくなった。
当然すべてのテレビやラジオなどをチェックしてるわけではないのだが、批判が多かった時も少なくなってからも、テレビを見る量は変わりないのだから、確率的に見ても、おニャン子に対する敵意が、薄れたのは間違いないだろう。
で、そのあと美空ひばりが秋元やチェッカーズ、とんねるずに接触を試みだした少し前に、美空ひばりの「お祭りマンボ」が好きと言ったことを知らないことは、十分にあり得る。
秋元康が知らなかったと言ってるのが何をどこまで知らなかったかと言ってるのか分からないが。
これが3月か4月ごろから「川の流れのように」のしごとが秋元に舞い込むあたりまでの話。
あと、「夕焼けにゃんにゃん」のプロデューサー石田弘が知らないというのも、不自然な点がいっぱいある。
私を追い返して、怒る石橋を宥めたのが、確か、港こういちらだと思うが、なぜおこっているのか、何に怒ってるのか、それを飲みにつれて行って説き伏せる行為があった時点で、最悪でも状況は把握しているはずである。
まあ、当然その前から把握していたのは分かっているのだが。
港こういちが「俺は誤りに行くのは嫌だ」と漏らしていたという話。
つまり港こういちより上の者から、謝罪をするという話がすでにでていた
こと。
じゃあ何を誤るのか?
盗撮か?
盗作か?
これが4月ごろの話。