倭国の倭は「わ」とは読みません。


「い」と読みます。

だから「わこく」とは読まないのです。


もちろん倭を「やまと」とも読みません。


なぜそれをゴリ押しして読ませるのか?


倭(い)=和(わ)を当てた。

そして大和(やまと)と読ませたのです。

大=ウズで星の意味です。

大和は大きな星という意味です。


和=ほーで女王を表しています。

女王の血統が正統なので、その意味を持たせたかったのかもしれません。


中国の地図にハッキリと倭国と書いてあります。


倭国と呼ばれていたのは関東と東北です。

倭国は関東と東北のことです。

倭は国名ではなく女王の治める国と言う意味です。


「魏」も同じで、こちらは具体的に鬼が付いています。


巫女王(鬼)の治める国の意味です。

鬼とは見えない世界を観れる能力者のことです。

鬼=き=巫女


卑弥呼の「卑」は「萆」が本当です。


萆は蓑で、雨合羽をきて雨乞いする巫女を「卑弥呼」と呼んだのです。


ただの役職名で、個人名ではありません。


霊能力は男性より女性の方が長けています。


男の霊能者は直ぐに権力に走るので真実が曇るからです。


政治は双分制。


政ごと=男王の役割

祭ごと=巫女王の役割


それが関東、東北にあった共和制の国々でした。


吾妻、武蔵、常陸、岩城…陸奥

「日本武尊」「倭建命」

ヤマトタケルは倭国の武部(高部)タケルベ族の長と言う意味です。 


やはりヤマトタケルも役職名(王オオキミ)で個人名ではありません。


だから関西や九州にいるわけがないのです。

吾妻(あづま)や武蔵国、東国にしかいません。


関東東北の倭国を消して西国にすり替え歴史を改竄しました。


それは記紀編纂時から始まっています。


統一大和王朝があったようにみせたいグループが記紀を書いたのです。

統一大和王朝は存在しません。


西国と東国は別々の国でした。


海で隔てられいました。

それが繋がったのが鎌倉時代ではないかと推測しています。


その証拠を地名や海進から探っています。


仏教や仏像についても感じることがあります。


貴族中心の平安時代の仏像は度重なる火事で焼失してしまい少ししか残っていないことになっています。


平安から鎌倉へと仏像の姿が大きく変わってしまいました。


運慶作の筋骨隆々の仏像が現れてきます。

その姿は以前のガンダーラ仏系とは違いどう見ても戦うインド戦士の姿でした。


もちろん仏教も大きく変わりました。

戒壇のすたれが奈良仏教と鎌倉仏教の大きな違いです。


簡単に言えば僧になるには戒壇で受戒しなければ認められなかったのが長年の間に反発などが生まれ独自の戒壇で僧になる、いわば自己申告制になってしまったと言うことです。



東西が繋がり神奈川の秦野市から新羅人が上陸してきました。


それと福島県いわき市にも上陸しました。

いわき市の勿来(なこそ)地名は新羅国最初の王奈勿(なこつ)からとられていると推察しています。


その後に会津、喜多方の仏像が沢山盗まれました。


会津や喜多方にいた吾妻系の人々は江戸初期に新潟、北海道に強制移動させられました。


だから遺物や伝承が残っていてもそれを伝える人々がいなくなったので由緒がわからなくなりました。


栃木の箒(ほうき)を鳥取の伯耆国(ほうきのくに)にしたり…


光圀はそんなことを沢山やったのです。


記紀の続きが大日本史編纂で明治まで続いていました。


その執念には恐れ入ります。


光圀は藤原秦氏です。


家康の孫ではなく謎の人物なのです。


中国語に堪能だと言うがヘブライ語ではなかったかと推理しています。


光圀が匿った黄檗宗の坊さん、儒教の坊さんはユダヤ人でした。


明国はユダヤ国家だったし儒教はjew教でした。


名前は違えど中身がそっくりです。


そうすると西国はどんな状況だったのでしょうか?


山口県から紐解いてみましょう。


山口は檀国。


檀国は新羅の国です。

新羅の国王は帝釈天の息子の檀男(恒男)という設定です。


帝釈天はインドラと言うインド王。


象に乗っていますね〜

帝釈天はヒンドゥー教の仏様で阿修羅を倒す為に生まれた神様です。


阿修羅の本来の姿はミトラです。

ヒンドゥー教では悪神として扱われています。

そう考えるとヒンドゥー教信者とはミトラの正反対にいる一団だと言えます。


ヒンドゥー教とゾロアスター教から見るとミトラは敵、あるいは下層の神と位置付けられています。


ヒンドゥー教徒にはご存じカーストがあります。

カーストを嫌って悟りの修行をしたのが仏陀です。


ヒンドゥー教の僧や貴族からするとカーストのない社会はとても下品で乱暴なのだとサカ族は揶揄されています。


新羅はインドからきた製鉄民。

その製鉄技術はユダヤからエチオピア経由でパンジャップアーリアにきました。

(インドとパキスタンの境界あたり)



新羅の製鉄技術はヒッタイトが元ではないかと推測しています。


ヒッタイトの剣は斬鉄剣で負け知らずの国だったのに製鉄技術は惜しまず教えたそうです。


知り合い地学の先生によると斬鉄剣は常陸太田市で作られていました。


斬鉄剣の材料の一つのチタンがとれたからです。


島根の安木鋼なんか足元に及ばない程でした。


帝釈天はヒンドゥーの神様です。


残念ながらヒンドゥー教にはカーストがあります。


当然ヒンドゥー仏教の流れをくむ新羅はカースト社会です。


西日本と東日本の大きな違いは言わずもがな信教の違いです。


カーストあり西日本、

カーストなしの東日本。


自民党政権がやろうとしているのは君主制の復活と国民の分断、差別の助長です。

大日本帝国の再現でしょう。


既得権益を守るのにはカーストが不可欠なのです。


貴族と奴隷国家が西国の姿です。


共和制の国とカースト国ではあまりに違いがありすぎです。


縄文時代が平和的に少なくても一万年続いたとすれば、そこに差別はなかったと思います。


平和を好む人々から見ればユダヤ教のタルムードは恐ろしい内容が記されています。


ネットに溢れているので一読をおすすめします。


差別は恐ろしいし悲劇しか生みません。


「日ユ同祖論」に当てはまる人々はほんの一握りの一族です。


藤原秦氏、皇室、新羅、田布施グループ、日本会議、自民党、各々の眷属。

今は日本の支配層になっています。


それ以外はユダヤ(ヘブライ)とはなんの関係もありません。


古代から縄文人、ドラヴィダ人、ミャオ族が列島に住んでいたのです。


私は別に新旧にこだわっているわけではありません。


ただ、お互いを尊重して平和的に生きることができる社会を求めているだけなのです。


はじめての本です。よろしくお願いします。