『指導者の条件』読後感 | 渡る世間にノリツッコミ リターンズ(兼 続日々是鬱々)

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フリーライター江良与一のブログです。主にニュースへの突っ込み、取材のこぼれ話、ラグビー、日常の愚痴を気の向くまま、筆の向くまま書き殴ります。

 

 

今年は、特にスポーツの指導者の選手に対するパワハラが数多く話題となった。ハラスメントの定義が広がったことで、ようやく選手の「人権」が認められるようになったことは喜ばしいことだが、一方で、現在50歳以上の元スポーツ選手で「理不尽と思えるくらいに鍛えてもらったから実績を挙げられたし、その後の人生の難局も乗り越えられた」と語る人物は少なくないと思う。あの戸塚ヨットスクールの校長にすら「オヤジ」と呼んでいまだに慕っている熱烈な信奉者がいるのだ。キツい思い、痛い経験こそが逆境を耐え抜く力を培うと考えている年寄りは多いだろうし、指導者が甘ければ選手はだらけてしまう、という説には一定の設定力はあると思う。ただし、中には自分の指導スキルの無さを糊塗するために、やたらと怖さを演出するやつもいるからご用心、ご用心。

 

さて、標題の書は様々なスポーツで優れた選手やチームを育成した指導者を24名集め、その指導法の要諦をまとめた一冊である。何れ劣らぬ著名人ばかり。ラグビーからは北島忠治、上田昭夫、大西鐡之祐の各氏が選出されている。

 

中には昨今の状況であれば、パワハラと認定されるであろう指導を行った方もいるが、大多数はさにあらず。指導する選手やチーム強み弱みを見極め、長所はより伸ばし、短所は改善する。ライバルに対しても同じように分析を行い、その長所を消し、短所を突くにはどうしたら良いかを考え抜く。そして、結果を出すにはどれだけの強度の練習をどの程度行わなければならないかを、選手一人一人に納得させた上で、取り組ませる。敵が強大であればあるほど、自分たちが劣っていればいるほど、当然練習はキツくなるが、勝利のために必要であると選手自身が納得し、「自分の問題」であると自覚して取り組めばそのキツさは乗り越えられる。キツさをいかに納得させるかに心を砕く姿が描かれるのだ。

 

この本では取り上げられていなかったが、エディー・ジョーンズ前ジャパンヘッドコーチなどは選手の自覚を促すのに成功した典型的な人物だろう。選手一人一人が、チームの勝利を心底から「自分のこと」と覚悟し、1日に最大4回ものキツい練習に取り組み、その厳しさに耐え抜いたからこそ、前回W杯の大金星は生まれたのだ。納得させる方法は人それぞれだが、暴力による強制的方向付けでは決して選手の「自分の問題」にはならない、というところは全ての指導者に共通している。

 

自分の時はこうだった、と無理へんにゲンコツ式の成功体験に基づいた指導を行うことは、親に暴力で押さえつけられた子供が、自分が親となった時に自らの子供にも同じように暴力を振るうような悪循環をスポーツ界にもたらすことになる。こういう指導者に限って「今の若いもんは根性がない」の一言で片付けてしまおうとするが、現在の社会状況下にあってはそれは単なる老人のノスタルジーにしか過ぎない。社会全体が豊かになり、教育に金をかけられる親が増えた分、昔よりは「理屈」を理解できる若者は増えているはずだ。このアドヴァンテージを活かすため、指導者にはより高度なコミュニケーション能力が求められる。他人を殴るためのエネルギーを持ち合わせているのなら、自分の頭の中身を充実させることの方に使うべきなのだ。