解説

黒澤明監督の名作映画「生きる」を、ノーベル賞作家カズオ・イシグロの脚本によりイギリスでリメイクしたヒューマンドラマ。

1953年、第2次世界大戦後のロンドン。仕事一筋に生きてきた公務員ウィリアムズは、自分の人生を空虚で無意味なものと感じていた。そんなある日、彼はガンに冒されていることがわかり、医師から余命半年と宣告される。手遅れになる前に充実した人生を手に入れたいと考えたウィリアムズは、仕事を放棄し、海辺のリゾート地で酒を飲んで馬鹿騒ぎするも満たされない。ロンドンへ戻った彼はかつての部下マーガレットと再会し、バイタリティに溢れる彼女と過ごす中で、自分も新しい一歩を踏み出すことを決意する。

「ラブ・アクチュアリー」などの名優ビル・ナイが主演を務め、ドラマ「セックス・エデュケーション」のエイミー・ルー・ウッドがマーガレットを演じる。

2022年製作/103分/G/イギリス
原題:Living
配給:東宝

 

日本版の「生きる」はまだ観ていない。市役所の職員、ブランコ、末期のガンに共感できるものがなかったから、後回しにしていたら、リメイク版が出来てしまったと言う事だ。

カズオ・イシグロに興味を持っていたこと、英国紳士がどう演じるのか興味があったのだ。

イギリスのスーツが好きだ。最初の場面で、通勤列車に乗る場面、なんてみんなきちっとしたスーツを着ていてワクワクする。

まだ現れない課長さんの姿も色々と想像して楽しみである。

その観客と同じ気持ちであろう、新人のピーターを使って、市役所のたらいまわしの様子なども描いてみせる。

出だしはこんなものだが、この課長さんが不治の病ガン(当時は、ステージに関係なく不治の病と思われていた)と知った時の辛さ。

部屋の電気もつけずに、沈んだ気持ちと向き合っているのも気が付かない息子。

嫁と父親のはざまで苦しんでいるのだろうが、その時を先延ばしにしている。

 

課長のウィリアムズは、思わず、会社を休んで、今までにしていなかったことを死ぬまでの間にしなくちゃと思った時、貯金を半分降ろして会社にも行かず、海辺の町にやってくる。この先どうしたらいいのかと思いにくれていると、その様子をみていた男性が彼に付き合ってくれる。一通り、やったことのない体験をしてみる男性。

それでも、ふさがらない心の隙間。

彼がいない間に役所をやめた部下の女性と通りで偶然出会う。彼の推薦状がないために仕事につけない彼女に推薦状を書くためにカフェに行くが、彼女の活力に、彼女なら、自分のわずかながらの生きる道も見えてくるかとあちこち付き合って貰う事になる。彼女の魅力は、生きるエネルギーなのだが、それは、解っていても自分の事となるとどうやっていいか解らないウィリアムズ。このあと、会社に行くようになるのだが、それからどうなるのか、すぐに葬式の場面になってしまう。

 

 

***(わが事なので、本編だけ知りたい方は読み飛ばしてください)***

この辺りで自分に置き換えても、人生の終わりを知った時に何が出来るか何がしておきたいのかと自問自答してしまう。そうは、言っても父を介護している間は、どちらが先に行くかと思いながらも、自分のやりたいことなんて何も出来なかった。

しかしちょっと周りに思いを馳せると、少し思い当たることがあった。

ボランティア仲間の男性がみんなに自分の歌声を録音したCDを配ったのだ。それまでも、色々なことに挑戦していたが、このコロナの中で出来ることが少なくもどかしかったのだろう。彼も、コロナ禍になる少し前に、体調がおかしくて入院したと言って練習を休み、そのあとも出て来なくなったのだ。やっとの思いでリーダーが聞き出すとステージ4のガンと言われたらしくて塞いでいたらしいのだ。

半年くらい出て来なかったが、病院に通院の時は休むと言って、出てくるようになった。中々ワクチンも打てずにみんなで心配したりしているうちに元気になったと思ったら、今度は、色々なものを製作しては、みんなに配るようになった。

ボランティアに行かれない分、演奏を録音して施設に届けようという提案もしてきたが、その時は、私たちは、生で聞かせたいし、押し付けるようなことはしたくないとやらないことになったのだ。

そんな事も忘れていた今年、歌のCDを作って来たのだ。

誰も感想を言ってくれないとメールも来て、中々聞けるようなものではないなあと思っていたところ、この映画を観て、彼のことを思い出した。

つい先ごろ、仲間のご主人が数人、心臓の手術をしたということから、彼も

心臓の手術もした言う事が解った。あまりに淡々言っていたが、彼としては、切実だったのかもしれないが、誰よりも元気そうなので、病気を持っていることなど、すっかり忘れていた。

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年を取ってくると、だんだんに先が気になってくる。かと言って、今までだってなんの成果もあげていない。楽しみも知らない。そんな人間がどうやって、この先の人生を送ればいいのだろう。

 

日本の映画の「生きる」のあらすじ、予告を観ると、ブランコが印象的だ。

つまらない人間がどこにでもあるようなブランコで、人生のはかなさを歌う。

あまり前向きではないような映像に食指が動かなかったのかもしれない。

ところが、原作はどうか知らないが、彼のやった事とブランコが上手くはまっている。世間的に見てどれほど価値があるのかは解らないが、彼の人生の中ではどんなにか、幸せな瞬間だったのではないだろうかと思われる繋がりがあった。

あと、お葬式とか、亡くなったあと、思い出話を言って貰える家族は、幸せだなあとも思いました。家族の知らない間に人に何かを与えていたのは、家族にとっても喜びだと思うし、実際、色々知らされて嬉しかったのも思い出しました。

 

今、自分は、まだ肩も股関節も治療中で、それをいたわって貰っているのが

とても辛い状況です。人の世話にならず、人の役に立てることがどんなに幸せか。

この映画を観ながらかみしめた。

 

若いうちは無理かもしれないが、こういう人の心に訴えるような作品を多くの人に観て貰いたい。

 

ただ笑うだけの作品がもてはやされるのは、世の中が病んでいるのかなと思う次第であるし、違うかたちで、みんながあったかい気持ちになれる作品が多く支持されることを願うばかりだ。