J side


明日、翔くんがこの街からいなくなる・・・。

結局僕は、翔くんに会いに行けないまま
だけど毎日翔くんを想って過ごしていた。

一日、また一日と日々が過ぎて行く度に
翔くんが遠くなるその時が近づく足音が聞こえてくるようで、焦りや喪失感に苛まれていたけど、
何も行動にうつせないままだった。


遠距離恋愛で翔くんとの付き合いを
続けてみようと思わなかった訳じゃない。
僕だって翔くんと別れたくなんてない。

それでも、続けようと言えなかったのは
翔くんのこの先の行動がわかる気がしたから。


遠距離で続けたとしても、東京に住めない僕を思って、いづれ翔くんは今の会社を辞めて北海道に戻ってくる。僕が負担に思わないような理由をつけて、きっと戻ってくる。
思い上がりなんかじゃなく、翔くんはいつだって
僕の事を一番に考えてくれる人だったから。
翔くんがそんな人だって事は、隣に居た僕にはわかるんだ。

そんな翔くんが、東京で就職をすると決めたのだって何か理由があったからだと思う。
だからこそ、僕の為に彼の人生を犠牲になんてして欲しくなかった。
彼が僕を想ってくれているみたいに
僕だってまた彼を心から愛しているんだから。

僕がこの街を離れられない以上、僕達に未来は見えないんだ。未来を望んじゃいけないんだ。

それでも翔くんを求める気持ちに
今日も胸が苦しい・・・


『はぁーっ・・・』

本日何度目かのため息をついた時

『潤・・・いい加減に母さんに話してくれない?』

リビングで見てもいないテレビにぼんやり目をやる僕に、母さんがジュースを渡しながら、そう言って
微笑んだ。

『・・・話すって何を?』

『何か悩んでるんでしょ?最近の潤、まるで失恋でもしたみたいに冴えない顔してるわよ?』

『っ!』

『それに食欲もないでしょ?顔色も悪いし、ちゃんと寝れてるの?』

『そんな事ないよ、ちゃんと寝てるし。
僕の心配なんてしなくていいから!母さんは何も気にしなくて大丈夫だよ。』

『・・・あのね、潤?』

『うん?』

『母親ってのはね、子供の心配をするのが仕事なのよ』

『え?』

『子供は親に心配かけるもんなの。
それで目一杯親に迷惑かけて、そんな親を踏み越えて成長して羽ばたいていくのが子供だって、母さんは思ってるの。それでいいの。それがいいのよ。』

『母さん・・・』

『だって、そんな思いは母親にさせて貰ったから出来る事でしょ?母親にならなかったら出来なかった事、味わえなかった事なんだから。だから潤も、母さんの元に生まれてきてくれただけで充分。それだけで一生分の親孝行をしてくれたのよ。』

おまけに優しくてこんなイケメンに育ってくれてって冗談っぽく言ってから、母さんは僕の頬を撫でて

『だからね?母さんに心配かけないようにとか、
そんな事もう考えないで。
心配もさせて貰えないような、そんな情けない母親にさせないでちょうだい。
母さんの事は何も気にしなくていいから、潤がやりたいようにするのよ。』

『・・・母さん・・・。じゃあ、もしっ、もしも僕が、この街を離れて遠くに住む事になったら・・・。それでも母さんは平気なの?』

何て言われるのか、ドキドキしながら母さんの返事を待っていると、母さんはうふふって可笑しそうに笑ってから

『そんな事当たり前でしょ?
潤がどんな遠くに行ったって、潤は私の息子で、母さんは潤の母さんに変りないんだから。
たまに元気な顔を見せてくれたら、それでいいのよ。あんた、まさかそんな事気にしてたんじゃないでしょうね』

『・・・だって、男の僕が居なくなったら心細いでしょ・・・ずっと僕を頑張って育ててくれた母さんを置いてなんて行けないよ・・・』

『ありがとうね、潤。
だけどね、親が子供に絶対しちゃいけない事って何かわかる?』

『何?』

『巣立とうとする子供の成長を邪魔する事よ。』

『・・・母さん』

『だからね、あんたは母さんの事なんか気にしなくていいのよ。わかったわね?』

『・・・うん』

『詳しい理由は母さんにもわからないけど
潤がこの街を離れて頑張ってみたい事があるなら
母さん応援するから。何もあんたは心配しないでやってみなさい。』

『うん、ありがとう!母さん・・・』



僕は駆け出した。


早く 早く
翔くんに伝えなきゃ
遠距離を続けて
それから僕も東京へ
翔くんの元へ行くって
ずっと一緒に居られるって


久しぶりの全力疾走に
乱れる呼吸で翔くんのマンションに着くと

翔くんと初めて見る女の人が楽しそうに
笑いながらエントランスから出て来た姿を
視界に捉える。


それを見た瞬間
逸る思いが
期待と希望に風船みたいに膨らんだ思いが
穴が空いたみたいに一気に萎むのがわかった。

だけど、それはそういう気持ちからじゃない。

恐らく、あの女の人と翔くんは
浮気とか男女の関係じゃない
翔くんはそんな事をしない。

いつも隣にいて
不安にならないようにしてくれてた
翔くんの事だからわかる。

きっと今僕が近づけば
潤!って嬉しそうな顔をしてから
あの女の人がなぜいるのか
女の人とはどういう関係なのかを
話してくれるだろう。

そこに疚しい事なんてないのだから。

そんな確信が持てるんだ。
翔くんが変わらず近くにいるから。
翔くんがすぐそこに
この街にいるから。


だけど
これからは?

遠く離れてしまったら?

今みたいにすぐに会える距離じゃなくなり
お互いの状況がわからない時間が増えたら?

連絡がとれない日が続いたら?

やたらモテる翔くんに
群がる女の人達はこれからも減らないだろう。
大手企業で働く彼に、もっと増えるかもしれない。

そのうち、翔くんの心が揺れたら?

翔くんが女の人との恋愛をしたくなったら?

子供が欲しくなったら?


その時、僕はどうなる?


翔くんだけを頼りに
既にこの街を離れていたとしたら
僕には何が残る?


怖くなった。
途端に不安に押し潰された。
あんなに解っていると思ってた翔くんが
急に見えなくなった。

すぐそこに翔くんはいるのに
『別れたくない。僕も東京に着いて行く。』
そう言うつもりだったのに。

女の人と何処かへ出かける翔くんの後ろ姿が
見えなくなるまで見送ると

僕は泣きながら
今来た道を戻って行った。


翔くん、ごめんなさい。

あなたを好きだけど
こんなに好きだけど
きっとずっと好きだけど

あなた以上に好きになれる人は
現れないってことも

一生この選択を後悔することも
苦しいくらいわかっているけど


それでも


僕には勇気がなくて
翔くんを信じ抜く強さもなくて


翔くんと違う道を
選んだんだ。


maboroshi28話~ラストまで
本日24時ぐらいに←だいたい
限定記事に戻しまーす。ありがとうございました♡