なめらかチワワ
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ちろるの三回忌と最近のみるき

ちろるの三回忌が過ぎました。

2年・・・早いなぁ・・・。

2年・・・

毎朝起きると、ちろるの遺骨をポンポンってして「おはよう」

寝る前にも「おやすみ。夢に出ておいで」ってポンポン。

 

 

梅、桜、あじさい、ネモフィラ、つつじ、チューリップ、ひまわり・・・

花を見ると

「この時期は毎年、偕楽園公園に梅を見に行ったね」

「千波湖に桜を見に行ったね」

「笠間のつつじはそろそろ満開かな?」

「もうすぐ保和苑のあじさいの季節だね」

 

カレンダーを見ると

「〇年前の今日はこんな事あったね」って、

昨日何食べたか忘れてしまうくらい記憶力が悪い私なのに、

ちろるの事はハッキリと覚えている。

 

だから、ちろるを忘れた日なんて一日たりともないし、

今でも、ある日ふと帰って来るんじゃないかとか、

起きたら横に寝てるんじゃないかとか思ってしまいます。

 

 

月命日には、ちろるのケージを掃除して、

ちろるの毛布を洗濯して、

ちろるーむ(仏壇)のお掃除して、

ちろるの遺骨を抱っこしてベランダに出て

「ほら、あっちがちろるの好きな大洗海岸の方だよ。

あっちが千波湖の方だよ。

覚えてるかな?楽しかったね。また行こうね。」って。

ちろるは私がベランダに出ようとすると、

「ちろるも出る出る!」って膝に飛び乗って来たから、

いつもこうして、抱っこしてベランダから景色見てたから、

同じ様に抱っこして、同じ様に話しかけて・・・

 

 

そんな2年間だったな・・・。

 

 

ちろるがいた頃、

ちろると、みるきと、

鳥さんやハムスターで賑やかな我が家でした。

ちろるが天国に行ってしばらくしてから、

高齢だった鳥さんも順番に旅立って行き、

みるきだけが残って。

 

でも、他の子をお迎えする気持ちにはなれなかったのですが、

やっぱり寂しいよ・・・って、

1月にハムスターをお迎えしました。

 

 

色がちろるに似ていて、

立った時の姿が

 

 

ちろるみたいで、

 

 

触り心地が、高級ちろるハムの時の、ちろるの毛並みにソックリ。

 

 

 

そして、みるきも去年の秋に13才になりました。

 

ちろるが亡くなった後、あまりご飯を食べなくなってしまって、

元々食にはあまり執着がないコだったのだけど、

ちろるが食べてる物は自分も食べたいってコだったから、

ちろると一緒ならちゃんとご飯も食べていました。

 

なんとかご飯を食べて貰おうと、

あれこれ試して着地したのが、

 

 

ドライフードをお湯でふやかして、

つぶして練って、ちゅーるごはんに混ぜた物を

 

 

抱っこして押さえて、口元まで運んで舐めさせる・・・

 

自分でお皿から食べる事はしないから、

半強制給餌みたいなものなのですが、

みるき的にはこれがお食事スタイルになってしまったカンジ。。。

 

「自分で食べてくれたら楽なのになぁ~」とか思う事もあるのですが、

でも、みるきはワンワン吠え散らかす事もなく、

汚したり壊したりとかもしないし、

おとなしくて聞き分けが良くて、

性格的に全く手がかからないコだから、

このくらいは手がかかる方がいいよねって。

 

 

だけど、10年前の写真と比べると、顔の白い部分が増えて、

眉がだんだん繋がって来て、

キリッとした感じはなくなってしまったね~とシミジミ。

 

 

足が悪いから元々そんなに歩きたがらなかったけど、

最近は「10mも歩いてないぞ・・・」というところでリタイヤだし、

日中も寝てる時間が長くなったせいか、

普段寝てる時間に出掛けたりすると疲れてしまうカンジの13才半。

 

ちろるの13才からの壮絶な闘病生活を思い出すと、

スローペース、スローライフでいいから、

一日一日、穏やかに過ごしてくれたらって思います。

 

二度目のお盆

お久しぶりぶりです。

ちろるのいない二度目のお盆です。

前回のブログ更新から10か月近く経ってしまいました。。。

今年の初めくらいまでは、ちろると出かけた所に行くのが辛くて、

いやもう、ちろるを乗せて車で通った道を走るのすら辛くて、

なんかそんなんで、

みるきと出かける時は、あえて行った事のない場所に行ったのですが、

それはそれで

「ちろるも連れて来てあげたかったな・・・」としんみりしてしまうという・・・泣くうさぎ

 

2月に偕楽園公園の梅を見に行きました。

毎年、行ったな・・・

ちろると最後にお出かけしたのも。偕楽園公園で梅見だった・・・。

「ここで写真撮ったね」

「ここでお弁当食べたよね」

「この場所で、ちろるがさぁ~」

 

「昨日食べた物すら覚えてないくせに、ちろるの事はよく覚えてるな~」

「だって、私の脳内HDDは、ちろるとみるきの事でメモリいっぱいで、他の事覚える容量ないもん」

 

桜が咲いた時、ちろるとよく散歩した公園の近くに用事があったので、久しぶりに寄ってみました。

いつもこのベンチに座って休んだよね。

だから、たまに他の人が座ってると

「私とちろるの場所なのに~」と思っちゃったりしてアセアセ

ベンチに一人腰掛けて、

「こうやってベンチに座ると、ちろるが抱っこ抱っこって、ピョンピョン足元に飛びついて来たな・・・。それで、いつまでも膝から降りなくて、いつも私の方が先に帰ろうって立ち上がってたんだよな・・・。」

と、しんみり・・・。

 

4月19日、ちろるの一周忌。

ちろるが好きな大洗海岸に行きました。

あんなに年中散歩に出かけた大洗海岸も、

ちろるが亡くなった日、

火葬場に行く前に、最後にちろると行ってからは一度も来なかった。

砂浜を元気いっぱい走り回るちろるの姿が浮かんで来て、

「ちろる~!」って呼ぶと、嬉しそうに走って来て、

力いっぱい私の膝に飛び込むもんだから、

私はよく、ちろるをキャッチしたままひっくり返ってしまい、

ちろるも私も砂だらけになって、

砂だらけでひっくり返ったまま笑ってたな・・・なんて。

 

5月に袋田の滝に行きました。

初夏だったり、紅葉の時期だったり、氷瀑見に行った事もあったな。

(氷瀑の時期はさすがに寒かった・・・)

ちろるを思い出さない日は一日もなく、

寝る前はいつも

「夢に出て来てね」

「帰っておいで」って、ちろるの仏壇に声をかけて布団に入る。

 

朝起きて、みるきにおはよう。

そして、ちろるの仏壇にまた「おはよう」

ちろるの水のボトルの水を替えて、

仏壇の花の水を替えて、

ちろるのトイレを掃除して。

ちろるの体調を記録していた手帳は、

「亡くなった日が最後の記録になるのは嫌だ」って、

その後もずっと、ちろるの思い出、ちろるの癖、ちろるが好きな物、

思い出した事は毎日書き続けていて、

年が明けるまで、一周忌過ぎるまで・・・とか思いつつ、

やっぱりそういう区切りを付けられなくて、

書く事なくなるまで書こう、

自分の気が済むまでって、未だに毎日書いてます。

区切りと言えば、

やっぱね・・・

「一周忌過ぎたら生まれ変わって帰って来てくれるかな」

「お迎え記念日になったら帰って来てくれるかな」

そんな区切りごとに帰って来てくれるんじゃないかとか

 

「朝起きたら、夢オチで、いつもの様にちろるが私の横で寝てるとかないかな」

「帰って来て玄関開けたら、いつもみたいに、ちろるがワンワン吠えながら玄関までやって来るかな」

そんな風に思ってしまう時もあります。

 

時々、なんでもない時に、

「ちろる~」って呼んじゃう時もあるし、

ネットやペットショップで、ちろるに似た子、ちろるの生まれ変わりがいないかって探しちゃう時もある。

 

犬と暮らした事ない人、

ペットとお別れした事がない人にそんな話しをしたら、

「いつまでも悲しんでいたら、ちろるが可哀想だ!」

「死んじゃったものは仕方ないだろう」

そんな風に言われて、すごく悲しくなりました・・・。

(頭がおかしくなったと思われたかもしれない・・・)

 

でも、ペットと暮らしてる人、

お別れした経験がある人はみんな

「分かるよ~」

「ちろるちゃんは、ずっとそばにいるよ」

「必ず生まれ変わって帰って来るよ」

そう寄り添ってくれた人がいたから、救われたなぁ・・・。

 

まあ、私もずっと塞ぎ込んでいた訳じゃないんですよ。。。

むしろその逆で、用事を片っ端から入れて、次から次へと予定に追われる毎日でした。

 

詩吟のコンクールも2回あったし、

去年の九月から習い始めたなぎなたも、週1回のお稽古じゃなかなか上達しないからって、4月から別の道場にも掛け持ちで通い始めました。

 

それからね~

去年の秋「いばらき観光マイスター」の試験を受けて、これがなんと合格!(合格者114名)

そして2月に、合格者だけが更に受験資格がある

「いばらき観光マイスターS級」の試験を受けました。

マイスターの方は筆記試験だけだったのですが、

S級は面接と模擬試験(審査員がお客様役になって、観光案内をするという内容なのですが、試験中に何を聞かれるか分からないから、幅広い知識や対話術が求められるという・・・しかも時間制限がある)し、受験者は元々観光関連の仕事や活動してる人や、生まれ育ちが元々茨城県民が多いって印象だったから、生まれも育ちも元々海なし県民な私は、もうそんだけでハンデだわぁ~、まず一発で受からないだろうな~と思ってたら、なんと!合格!(合格者32名)

 

ちろるのおかげだよ💛

自慢じゃないけど、私はちろるをお迎えするまでは、完全なるインドア人間!

遊びに行く?って話になると

「カラオケ?ボーリング?それとも家でビデオ見る?」

旅行やキャンプやバーベキューに誘われても

「外に一日中いるとかイヤだし。面倒だし。」

何かしら理由をつけては断り、終わった後に合流するというくらい、

スキー以外のアウトドアは、あらゆる理由をこじつけて避けてたくらいなのですが、

ちろるをお迎えしてからは、ちろると一緒にお出かけしたくて、

色んな場所を調べたり、出かけたりする様になって・・・

 

ちろるがいなかったら、茨城がこんなに良い場所がたくさんあるなんて気づかなかったかもしれないなぁ~。

 

でも、茨城に転勤ですって聞いて

「茨城ってどこですか?」

「スキー場が近くなるね♪(←引っ越し直前まで栃木と間違えていた笑い泣き)」

と言ってたのは黒歴史・・・滝汗

二度目のお盆・・・

 

今日、何度かみるきに向かって「ちろる」って呼んじゃって

「あ、ごめんね、間違えた」なんて事があって、

お昼前頃ふと時計見た時

「あ、そろそろ、ちろるにご飯あげなきゃ」って何故か思ってしまって。

 

それから、隣の部屋で洗濯物をたたんでいたら、

最後に吠えたのがどのくらい前だったのか、記憶にないくらい滅多に吠えないみるきが、急にワンワン吠えだして、何事かと思って様子を見に行ったらなんでもなくて。

 

それで、

「あ、ちろる帰って来てるんだな」

そんな風に思いました。

 

 

 

 

 

 

半年経ったんだよね

ちろるが天国に旅立ってから半年が経ちました。

 

今でも毎日毎日、ちろるの事を思い出し、ちろるの写真に話しかけたり、ふとした瞬間、ちろるがいない部屋が寂しくなったり。

ちろるは、いつも私の後を追いかけて来て、

トイレから出る時もそーっと扉を開くと、ドアの隙間からちろるの顔が見えて

「ちろる、トイレにまで着いて来なくていいんだよ~」なんて笑っていたあの日・・・。

トイレの隙間を開ける度、そこにちろるがいればいいのにって、やっぱりそう思ってしまいます。

 

 

2年前の夏の終わり、沢渡川の河川敷を散策していたら、偶然見つけた蓮池。

蓮の花は終わってしまっていたから、

「来年の夏、見に来ようね」って言ってたのだけど、

去年の夏あたりからまた、てんかん発作を起こす様になったから、

あまり外に連れて行けなくなってしまって、

結局見せてあげられなかったな・・・。

ちろるとは色んな花を一緒に見たけど、蓮だけは見せてあげられなかったな・・・。

 

 

みるきと見に来たよ~。

 

 

ちろるにも見せてあげたかったな・・・。

 

 

8月は那珂市のひまわりを見に行ったね。

暑くて私はバテてるというのに、ちろるは元気いっぱいで、ずっとニコニコ。

 

 

9月になって海水浴シーズンが終わると

「ちろるの海開きだ~!」って海に行ったね。

 

毎年、同じ時期に同じ場所に行っていたから、

季節が変わるごとに、毎年この時期にはどこ行ったなって思い出してしまう。

 

 

ひたち海浜公園のコキアもよく見に行ったね~。

毎年、旦那の夏休みは、どうせなら、ちろる達がお出かけしやすい時期がいいよねって、10月とか11月にずらして休みを取っていた。

 

 

今年もこれから夏休みなんだけど、旦那ともね

「ちろると毎年行った場所は、行くと、ちろるがいない事を余計に感じて寂しくなるから、まだ今年は行けないね・・・」って。

 

私もこの2年間くらいは、近くのスーパーと動物病院以外ほとんど出かけた事なくて、どうしても長時間出かける用事がある時は、旦那に半休や有給取って貰ったり、在宅勤務にして貰ったり。

 

色んな事のお誘いも依頼も殆どお断りや辞退して来て、ちろるの為だけに過ごして来た2年間だったから、気持ちだけでなく時間もポッカリ穴が開いてしまって、

「もう、断る理由ないから・・・」

「これが終わったら次は何・・・って、次にやるべき事が決まってた方がまだいいから」

だから今年は、お誘いも依頼も全部断らずに全部引き受けてたら、毎週の様に何かしら行事があって、いささかオーバーワークで疲れて来たのですが・・・

今は予定に追われて忙しくしてる方が、

疲れて寝落ちしてしまうくらいがちょうどいいんだな・・・って。

 

 

5月に詩吟のコンクール(他県の)県大会、7月に東日本大会。

10月に(他県の)市民文化祭。

先週は別のコンクールに出場しました。

次回は3月の首都圏決戦大会だから、年内の詩吟行事は終了。

 

 

6月に「神社検定」を受験して、

先日は「いばらき観光マイスター」検定も受験してみました。

結果は11月だから合格してるといいな。

 

それから、9月から週に1回「なぎなた」を習い始めました。

元々、小学生の頃から剣道はやってたんですけど、やらなくなってから久しく経ち、

10数年前に足首の靭帯損傷してからは、踏み込んだり力が入ると未だに痛みが・・・という後遺症もあり、すっかり運動から遠ざかっていた私・・・。

 

 

ちろるとよく散歩した運動公園で、なぎなた教室をやっていて、

時々外から見ていたんだよね~。

 

 

秋は詩吟もだけど、武道も行事が多くて、

先日は大会の見学に行ったり、

先週は講習会もあって、高校生と初めて練習させて頂いたら、

高校生はスピードも速いし、歩幅も広いし、翌日は全身筋肉痛・・・。

剣道とは、体さばきや持ち方が違くて、

(なんと言っても、竹刀と薙刀は長さが違うから、いまだに間合いの距離感が掴めない)

難しいけど楽しい。

まだ始めたばかりだけど、来月の大会には出して頂ける事になって、今はそれが次の目標。

 

 

なんかそんな風にね、

これが終わったら次はこれ・・・って。

そんな風に日々過ごしていて、

それでも、時々、ちろるのいない自由が虚しく感じる瞬間もあったり。

 

 

 

パパっこみるきは、旦那にべったりだから、旦那が帰って来るとキャンキャン喜ぶのに、私が帰って来ても「あ、帰って来たの」と顔を上げる程度・・・。

この前、詩吟のイベントで泊りで3日間家を空けたのですが、

帰って来た時、荷物が多いので、駐車場まで旦那に荷物を取りに来て貰って

「さすがに3日間もいなかったんだもん、みるき、嬉しくてうれションしちゃうかもね♪」

なんて玄関を開けたら、みるきが尻尾フリフリしながら廊下で待っていて

 

「みるき~、ただいま~!寂しかったでしょう」って、両手をパーッと広げながら近づいて行ったら・・・

 

そんな私の横を目もくれずにスルーして、玄関にいる旦那に向かって飛び込んで行きやがった・・・。

 

 

3日間いない私より、

3日間ずっと一緒にいて、たかが5分外に行ってた旦那か~い!

昔から

「ちろるは空気読む子だけど、みるきは空気読まない子だよね」

なんて言ってたのですが、

みるきの空気読まないっぷりは健在・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三回目の月命日

ちろるの三回目の月命日を迎えて、

もう三か月なのか、

まだ三か月なのか・・・。

 

ちろるを思わない日はなく、

夢でもいいから、ちろるの姿を見たい、会いたいとか、

朝起きたら、ちろるがいつもの様に私の頭の上の方で寝ていて

「なんだ、夢だったのか・・・」だったらいいのにとか・・・。

 

 

毎年、6月下旬~7月上旬は、水戸保和苑にあじさいを見に行ったね。

 

 

今頃、あじさいが満開なんだろうなって思いながらも、

ちろるとよく散歩した道を歩いていても泣きそうになるし、

車で走っていても

「この道、ちろると〇〇行った時に通った道だ」ってググッとなっちゃうから、

今年はあじさいを見に行けなかった・・・。

 

 

みるきをお迎えした年に行った時、まだ小さい株が植えてあって、

それを私が勝手に「みるき記念樹」って名前を付けて、

毎年どれだけ大きくなったかな~って確認に行っていたのだけど、

 

 

5年くらい経ってこれだけ大きくなっていた記念樹。

今はもっと大きくなっているんだろうな。

 

 

ちろるがいなくなって、変わった事・・・

みるきは元々あんまり吠えない子だから、

ワンワンって声がしなくて家の中がとても静かである・・・。

みるきは、1か月くらい何か感情なくしたみたいに無表情になってしまった時期もあった。

吠えもせず、動こうともせず、何かを要求する事もなく、呼んでも反応もせず・・・。

みるきは、元々そんなに食に執着心がないせいか、

自分から何かちょうだいっては来ないのだけど、

ちろるが食べている物は欲しがるから、

ご飯はちろるの横で一緒に食べてたのに、

今は一緒に食べてくれたちろるがいないせいか、

ご飯食べさせるのも一苦労で、

あれこれ工夫しながら食べさせてる感じです。

 

 

あと、ゴミの量が減った。

床とかに敷いていた分もあったし、

腎臓が悪いからオシッコも1日7~10回くらい大量にしたから、

ペットシーツ1パックが1週間ももたなくて、

ペットシーツだけで、次のゴミの日まで一袋以上パンパンになってたけど、

今なんか1日に2~3枚しか使わないし。

大・中・小、厚手・薄手と大量にまとめ買いしたから、

多分、1年以上は買わなくても済みそう・・・ってな感じ。

 

(でも、薄手のペットシーツなんかは、掃除したり、水切りしたりするのに重宝するのよ♪)

 

それと、空気清浄機やエアコンのフィルターが汚れなくなったな~。

ちろるは毛が細くて柔らかかったせいか、

細い毛の抜け毛が多くて、

3日もすればフィルターに細かい毛がごっそり貼りついていたのだけど、

今なんて1週間くらいフィルター掃除しなくても

「うん、まだ大丈夫だな」ってくらい少ない。

 

 

そして・・・

冷蔵庫の中が閑散としてる(-_-;)

「ちろる、これなら食べるかな?」

「ちろる、何なら食べるかな?」

冷蔵庫の中には、ちろるが食べられそうな食材が詰まっていたのだが、

先日「今日、夕飯何食べる?」って冷蔵庫開けたら

何食べる・・・というより、納豆一択だったといふ・・・。

 

 

犬犬犬犬犬犬犬犬

 

ちろるの大きさの話になった時、

私がちろるの大きさを手で示したら

「それじゃ、中型犬だよ、ちろるはもっと小さいよ」って言われて、

どうやら私の中では、ちろるは中型犬くらい大きくなってしまっていたらしく、

毛色や声とかは、写真や動画で忘れないけど、

大きさも忘れてしまわないようにって等身大の写真をプリントしました。

 

それでも、店頭に受け取りに行って確認した時

「え?小さい・・・サイズ間違えた?」

なんて思ってしまったのだけれど、

家に帰ってケージと比べてみたら、やっぱこんなもんだったんだと。

 

 

ちろるがよくくつろいでいた場所の近くに飾ったら、

みるきがそこで過ごす様になっちゃって、

わずかに残っていたちろるの匂いが、

みるきの匂いで上書きされて来てしまったけど、

ちろるが使っていた物、ちろるのお気に入りの場所を、

みるきが引き継いでくれるのは嬉しいし、

これで、片付けなくても良い言い訳が出来た☆

 

 

ちろるのいない空間が寂しくて、

写真プリントのクッションをオーダーしました。

 

 

ちろる、いつもこんな風に仰向けになってゴロゴロしてたもんね。

 

 

ちょっとお直ししたら、ちろるっぽさが増した☆

 

 

それでも・・・

 

ご飯だ、トイレだ、散歩だ、お薬だ・・・

買い物に行けば

「これ、ちろる食べるかな?」

「これ、ちろる遊ぶかな?」

「これ、ちろる使うかな?」

自分の物より、ちろるの物ばかり選んでいたのに、

今は、ちろるにしてあげる事が、

朝、仏壇のお花の水と、ボトルの水を替える事しかないのが寂しい。

 

 

 

毎日のように、ちろるの写真や動画見てるけど、

ちろるとみるきが一緒に写ってるものが多くて

「なんか、ちろるはあまり変わらないけど、みるきは雰囲気変わったな~」なんて写真を比較してみたら・・・

 

 

眉とか目の周りがだんだん白くなって来たな~。

 

初七日、二七日、三七日、そして昨日が四七日

初七日、二七日、三七日・・・。

そして昨日が四七日。

 

毎日、今日やるべき事は淡々とこなし、

決まってる予定は粛々と準備を進めているけれど、

時間は、ちろるが亡くなった日からずっと止まっている気がします。

 

ちろるが最期の日に使ったタオルや毛布は、

まだちろるの匂いが残ってるからって未だに洗えないでいるし、

ちろるの寝床もそのままで、何ひとつ片付けられないでいます。

 

ゴールデンウィークはどこにも行かなかったな・・・。

2年前までは毎年、ゴールデンウィーク前半は、

ひたち海浜公園にネモフィラ見に行って、

 

 

千波湖行ったり、海に行ったり、

 

 

後半は、笠間のつつじ祭りと、陶炎祭(ひまつり)に行く。

 

 

毎年毎年、ワンパターンなゴールデンウィークだったけど、

カレンダーと天気予報見ながら、予定を立てるのが楽しみでした。

 

「ゴールデンウィークどうする?」って話した時に旦那が

「なんか、ちろるがいないのに、自分たちだけで出掛けるのがなんか・・・」と。

「そうなんだよね・・・病気でどこにも連れて行ってあげられなくて、

なんかそれが可哀想で申し訳なくて・・・」

それで、49日が明けるまでは、なるべく家で、ちろるの側にいてあげようって。

 

 

1週間くらい泣き続けて、

涙が枯れるっていうのはこういう事かって、

泣いても目から水分が出て来なくなって、

そうなるともう嗚咽しか出て来なくなっちゃったりで・・・。

 

 

夜中に目が覚めて寝ぼけて、

寝床にちろるがいないから、

「自分でトイレに行ったのかな?」ってトイレまで探しに行き、

トイレの方にいないから

「お腹空いて台所に行ったのかな?」って

台所まで探しに行ったなんて事も何度もありました。

 

 

1年前の今頃は、ちろるは2か月近く県外の病院に入退院していて、

家にいない時期も長かったし、

私は泊りや日帰りで何度も面会に通っていたからか、

病院に面会に行けばまた会えるんじゃないか?

ちろるは生きてるんじゃないか?

また一緒にお家に帰って来れるんじゃないか?

そんな風に思ってしまう事が多くて、

ちろるがいない事を受け入れられない自分に自覚はありつつも、

そう思わずにいられない自分もいます。

 

 

私を元気付け様という思いやりという事は分かってるのだけど、

ある人からは

「いつまでもクヨクヨしていても仕方ない、亡くなっちゃったものは帰らないんだから」と言われ、

またある人に「なんかまだ、近くにちろるがいる様な気がして・・・」って話したら

「いつまでも縛り付けておいたら、ちろるが可哀想だ」って言われて・・・

 

クヨクヨでもないし、縛り付けてる訳でもない・・・

10日やそこらが「いつまでも」なのかな?

15年という月日を考えたら、10日やそこらで吹っ切れるほど、私は強くない。

お二方とも、私を励ますつもりで発した言葉なんだろうけど、

なんかその言葉に余計に深く傷ついてしまって・・・

でも、作り笑いしてその場をやり過ごすしかなくて、

なんかモヤモヤしていたのですが、

同じ様に大事なワンちゃん、ネコちゃん、鳥ちゃんと暮らしてる人、

亡くしてしまった人たちが

 

「ちろるちゃんは側にいるよ」

 

「うちの子も亡くなっても側にいる気がするよ」

 

って。

 

 

ちろるはだいたい私の横か枕元で寝てたから、

寝ながらでも「ちろる、今、頭の上の方にいるな」とか

「ちろる、目覚ましたな」って気配で分かっていたので、

朝起きて

「あれ?ちろるの夢見てたのかな?」って、

なんか余韻や気配を感じる時とかあったり、

ふと何でもない時に

「ちろる~」って言葉をかけてしまう時があって、

 

「あ、これなのかな?ちろるは側にいるって、みんなが言ってた事って」

 

 

なんかそういう風に、気持ちに寄り添ってかけて貰える言葉が、

今は一番救われる気がします。

ありがとう~。

 

 

 

ちろるの体調や様子、投薬、食餌・・・細かくつけていた「ちろるノート」

 

 

4月19日~はもう書く事もなくなって、

でも、その日から白紙なのは、本当にそこで終わってしまった気がするから、

残りのページがなくなるまでは、

毎日思い出した事を日記にして書いてます。

今まで当たり前だったけど、

そう言えば、ちろるはウンチした後、私が片付けてトイレに流すのを確認する為に必ずトイレまで着いて来たな~。

 

 

私が台所に行くと必ず着いて来て、

何作ってるの?

なんかちょうだいってまとわりついて来たよな~。

 

出掛ける時は必ず玄関まで見送りに来てくれたよな~って、

そんな日常当たり前にやってた事を思い出しては書き記してます。

 

 

 

前に「よく、生まれ変わってもまた家の子に・・・なんて言うけど、

ちろるちゃんとあなたは、前世も一緒で、

生まれ変わってまた一緒にいるみたいだよね」って言われた事があって

 

「うん、そうなの。なんかこの子とは前世も一緒にいた気がするよ」

なんて話していた事があったのですが・・・

 

 

 

もし、生まれ変わりがあるのなら

 

 

 

 

また生まれ変わってお家に帰っておいで。

 

 

 

 

また生まれ変わって一緒に暮らそう。

 

 

 

 

また一緒に色んな所にお出かけしよう。

 

 

 

 

 

 

ちろる、また帰っておいで。

 

 

 

また、一緒に暮らそう。

 

 

 

4月19日 ちろる、永眠しました

4月19日午前1時45分、ちろるが永眠しました。

15歳3か月。

13歳の時に脳腫瘍の手術。

14歳で小腸の癌が見つかり手術。

その後の抗がん剤の副作用で

「ここまで副作用が酷くなる子は1%いるかいないか」と言われ、

入院中も何度もヤマ場を宣告されても奇跡を起こしてくれました。

しかし、その副作用の影響で腎不全を患い、

去年の5月に退院して来てからは、毎日皮下点滴に通い続け、

時々起こすてんかん発作の為、一日に何度も投薬。

でも、頑張って頑張って、頑張り抜きました。

 

 

今年に入ってからは特に体調に波があって、

調子良い時は部屋の中走り回るくらい元気で食欲も旺盛かと思えば、

ふらつきが目立って、食欲もなくなる時期もあったし、

震えや首が上下するなどの神経症状も多くなって来たりで。

 

 

3月の下旬、下痢と嘔吐をして、

1週間くらいして、だいぶ下痢が治まって来たなという時にてんかん発作を立て続けに起こしました。

この時から、自分で上体すら起こせなくなってしまうくらいグッタリ。

 

 

自分で思う様に体が動かないせいか、ぐずり泣く様になって、

ぐずり泣くとは「おトイレ?ウンチ?お腹空いたの?お水?寝返り打ちたいの?」

夜中も1時間おきに起きては、落ち着くまで1~2時間。

神経症状もだんだん顕著に表れる様になって来て、

いつまた発作起こしてもおかしくない様な不安定さ。

 

 

ちろるはもうこのまま寝た切りなのかな・・・。

私は自分から、限界だとか最期とか、そういう言葉を口にした事はなかったのですが、

「先生、ちろるはもう、病気と年齢の狭間でもう限界なのでしょうか?」

初めてそういう事を尋ねたら、少し言葉を詰まらせた後

 

「こういう事ってなかったんですよ」

 

こういう事って何がだろう?

 

「こういう事ってなかったんです。限界というなら、ちろるちゃんはもうとっくに限界を迎えていてもおかしくなかったんです。脳腫瘍が見つかりました、どうしますか?って時に、そこで諦めてしまう飼い主さんもいて、そこでストンと落ちる。次に(ちろるの場合)小腸に癌が見つかりました、どうしますか?って時に諦めてしまい、そこでまたストンと落ちる。抗がん剤治療の副作用、骨髄抑制、どうしますか?そこで諦めて落ちる、今度は腎不全、どうしますか?そこで諦めて落ちる・・・。

でも、ちろるちゃんもお父さんお母さんも一度も諦めなかった。

だから、諦めなかったから、落ちずにずっと同じ高さを保って来れたのが、ここに来て下がって来たという事なんです。」

 

今後の治療方針を改めて相談した時

「いつかはお別れが来るのは分かってます。でも私はお別れが来るその時まで、なるべく苦しまず穏やかに過ごし、穏やかに旅立って行って欲しいというのが願いです」

 

 

延命じゃなくて緩和を・・・

その日から、水素ガス吸引とか、サプリメント強化とか、これをしたから急激に良くなるものではないのだけど

「1%でもちろるが楽になるかもしれないのなら」と。

 

 

それから数日後、寝返りすら自分で打つ事が出来なかったちろるが、

支えながらでも自分で歩ける様になって、これは奇跡なんじゃないか、

このまま少し良くなってくれたら・・・とか希望を持ったのだけど、

ご飯はリキッドをシリンジで飲ませるくらいしか摂取出来ない状態で、

4月15日、再び嘔吐とてんかん発作。

4月16日、てんかん発作。

4月17日、てんかん発作。

日に日にぐったりして、時々呼吸が早くなったり、体がピクピクしたり。

4月18日、本当はこの日は病院に半日預けて治療をお願いする予定でしたが、もうこんな状態で車に乗せて移動させるのは可哀そうだ。

 

「もう、いいんだよ、私たちの為にもう頑張らなくていいんだよ」

 

最期はお家で見送ってあげよう。

最期は家族のそばで旅立たせてあげようって。

 

 

ずっと寝てばっかりいたちろるは、この日はずっと目を開けてる事が多くて、

目を閉じてしまったらお別れだって分かってたのかな・・・

「もう大丈夫だよ、ちろる、寝ていいんだよ」

そう声をかけても、目を開けてじーっと見てて、なんかもう・・・って。

 

 

てんかん発作を起こしてばかりだった子だから、

最期は発作や痙攣起こしたり、体をのけ反ったり、そんな壮絶な最期を覚悟してました。

私も旦那も一日中ちろるの横で添い寝していて、

ちろるは私の腕を枕にして横になっていて、

時々体が震えたりすると、ぎゅっとしたり、撫でたりしながら、

ただずっと横に寄り添っていました。

 

日付が変わって、ちょっと呼吸が苦しそうな時間もあって、

「ちろる、もういいんだよ」私も旦那も泣きながら体をずっと撫でていて、

少し呼吸が落ち着いて来たかな・・・なんて思ってたら

 

「え?ちろる、息してる?」

心臓に耳を当てたら音がしてなくて、

ちろるは私の腕を枕にしたまま、静かに旅立って行きました。

 

 

 

ちろるは海が大好きで、海に行くと大はしゃぎで走り回ってて、

でも、てんかん発作起こす様になってからは、

海行くと興奮して発作起こしちゃうかもしれないからって連れて行ってあげられなくて、ちろる、海行きたかっただろうな・・・。

海に連れて行ってあげたかったな・・・。

 

 

火葬場に向かう前に、ちろるの大好きだった大洗海岸に連れて行ってあげました。

ちろるの大好きな海だよ。

いつも走りまわってた砂浜だよ。

生きてるうちに連れて来てあげたかったな・・・。

 

 

 

 

 

最後に病院行った日、バタバタしてて「お会計は明日でいいですよ」って事で未払いだったので、翌日清算とご挨拶に伺おうと出かける直前に、病院の先生からお花が届きました。

 

お散歩にもお出かけにも行けなくなってからは、

ちろるは毎日夕方、病院に行くのが楽しみだったみたいで、

寝ていても、具合悪くても、病院の時間になると起き上がって来て、

「さあ、行こう、行こう」って通院バッグの前でソワソワしてて、

こんだけ人見知りで、抱っこどころか他人には絶対触らせないコなのに、

病院の先生が大好きだったみたい。

よく膝に乗ったり、抱っこされたりしてたみたいで、

「ちろる、先生の事、絶対に家族だと思ってますよ。

ちろる的には病院に行くというより、大好きなお兄ちゃんに会いに行くって感じなのかもしれないですね。」なんてよく話してました。

 

亡くなる前日も、ずっと意識が朦朧としてたのに、

いつも病院に行く時間になったら、ちょっと意識がハッキリして来て

「ちろる、分かってるんだよ、病院にお出かけする時間だよ、行こう、行こうって」

 

 

病気だったり、特にてんかん持ちの子はほとんど最後は私が想像してた様な亡くなり方をするそうです。

ちろるちゃんが静かに旅立てたのも、

亡くなる1週間前にまた歩く姿を見せてくれたのも、

ちろるちゃんは本当に限界の限界まで頑張って、

お父さんお母さんの為に、もう一度元気な姿を見せようって、頑張って頑張ってくれたんだと思います。

そんな風におっしゃって頂けて・・・

もう一度歩く姿を見せてくれたのも、静かに旅立てたのも奇跡なんかじゃなくて、

それは、ちろるの私達への思いやりだったんだろうと、そんな風に感じます。

 

 

本当はもっとマメに、ちろるの様子をUPして行きたかったのですが、

なかなか一つの事に集中出来る時間もなく、

旦那もほとんど在宅勤務で一緒に看病に当たってくれ、

ご飯なんかも、キッチンで立ったまま交代で食べるとかしてたくらいで、

パソコンやスマホも5分と続けて見てられない状況?というより心境だったから・・・。

 

 

やっぱ、しんどいなって思う時はありました。

ちろるの看病がしんどいって思った事は不思議となかったのですが・・・。

 

旦那も在宅勤務で一緒に看病してくれていたのですが、ずっと続く緊張感と、毎日1~2時間おきに起きて様子見たりとか、旦那も疲れて来てるんだろうな・・・と。

寝てる時に無理やり起こして投薬すると発作起こしちゃう時もあるから、

そろそろお薬の時間だって時に、ちろるが起き上がったタイミングで飲ませていたのですが、仕事がテンパってる時にちろるが起きて来て、なかなか薬を飲んでくれないとイライラして無理やり口に突っ込んで、結果殆ど飲み込めず吐き出しちゃって、それで薬の量が足りなかったのかもしれない、その後発作を起こしちゃった時もあるし。

 

私が他の部屋に行ってた時、ちろるがおトイレじゃない所でおしっこ漏らしちゃったみたいで、ムッとした顔で黙ってそれを片付けてて、横でちろるも分かってたみたいで、シュンって顔してた事があって、「ちろる、悪くないよ、悪くないよ。ちゃんとトイレまで来ようとしたんだもんね、悪くないんだよ」って、ちろるを慰めた事もあった。

 

話し方も、私に話しかけてるのか、ちろるに話しかけてるのか、独り言なのか聞き取れない様なボソボソした声で話す事が多くなって、聞き取れないから「え?何?」って聞き返すと「声を張って聞き返すな!」って怒られたり。

 

 

旦那は疲れてるんだ・・・って、ちょっとムラのある態度でも我慢はして明るく振舞っていたんだけど、それがまたイライラしてたのかな?

なんか、私もだんだん胃や腸に不調を感じる様になったり、片頭痛がしたりするようになっちゃって。

 

 

ある時、例によって旦那が仕事でテンパってた時にちろるが起きて来たから、仕事の邪魔しないように、出来る限り自分でやろうって頑張ってたら、ちろるのお薬を包むパンを棚からうっかり落としてしまって、それがタイミング悪く旦那には私が投げた様に見えたらしく

「俺に仕事するなって言いたいのか!俺への当てつけか!」ってキレられてしまい・・・

 

 

私は旦那がテンパってるから、逆に仕事の負担にならないようにって気を使ってきたつもりなのに・・・当てつけって・・・?

 

 

 

 

私はずっと思ってた事あって・・・

 

「自分はこんなに頑張ってる、自分はこんなに大変だ、自分はこんなに辛いっていう、自分に酔っちゃダメだ」って。

 

 

辛い自分に酔ってしまったら、

本当はちろるはお水飲みたくて泣いてるだけなのかもしれないのに

「どうしたの?辛いの?悲しいの?」って、自分の感情が反映されてしまって、本当にちろるがどうしたいかって事を見失っちゃうから。

 

 

自分が辛い、苦しい、大変なんて事は、ちろるがいなくなった時に、人から聞かれたら答えればいいじゃないか。

今はまだ、ちろるは生きてるんだから、生きようと頑張ってるちろるに対して、それは今言う事じゃないよって。

 

だから私は人から「頑張ってるね」と言われても

「頑張ってるのはちろるです」

 

「大変だね」って言われても

「大変なのは、ちろるです」って返事は一貫してました。

 

私は自分が旦那にイライラぶつけられるのは我慢出来たけど、

それが、ちろるに向いて行くのが嫌だったから、

もうこの際、顔色なんかどうでもいいわぁ!

この後、口きいてもらえん様になったって構わんわぁ!って。

 

 

私だって能天気に明るく振舞ってるんじゃない!

ちろるが元気だった頃、あなた、そんな暗いトーンでボソボソ話す人じゃなかったでしょ。

ちろるが誰より人の感情や態度に敏感な子だって知ってるでしょ。

暗い声とか、暗い顔で話しかけたら、ちろるが不安に思うだろうから、だから私は今までと同じ様に、明るくしてるんだ!

ちろる、お布団でおもらしした訳じゃないじゃない。

トイレまで来ようと頑張ったけど、間に合わなくて漏らしちゃったんだから、ちゃんとおトイレ出来たねって褒めてあげようよ!

お薬だって、ちゃんと飲めたね、偉いねって褒めてあげようよ!

ちろるが不安がらない様に、もっともっと話しかけてあげようよ!

昔と同じ様に接してあげようよ!

今はやれる事を、一つ一つ丁寧にやってくしかないじゃない。

 

 

もう半泣きで訴えたら分かってくれたみたいで、

その日から、ちろるが旅立つ日まで、

旦那は、ちろるに対して、昔と同じ様に優しく穏やかに接してくれる様になったし、ちろるがおトイレで夜中に目を覚ました時も、私より先に目を覚まして、ちろるをトイレまで連れて行ってくれる様になりました。

 

 

ちろるが亡くなった後、

私はもうずっと号泣か嗚咽で、嗚咽し過ぎて血を吐くんじゃないかとすら思ってるくらいなのですが、

旦那が声を押し殺しながら泣いてる事が何度かあって、

私も旦那も、感情的には思う事はいっぱいあったけど、

それをずっと抑えて来たから、

ちろるは、明るくて楽しいお家から旅立つ事が出来ただろうか・・・。

 

 

 

 

今は

ただただ悲しくて、寂しくて、

夢であったらいいのにとか、

ちろるのいない一日はとても長くて、

ちろるが使ってた毛布やタオルを片付ける事も洗濯する事も出来ず、

今日に至ってます。

 

 

 

 

 

 

 

ちろる、15歳になりました☆

ちろる、15歳になりました☆

正直、15歳を迎えるのは無理かもしれないと思った時期が何度もあって、

15歳を迎える事より、今日一日が苦痛のない穏やかな一日でありますようにと、

ただそれだけを願って過ごして来た毎日でした。

 

 

腎臓値は上がったり下がったり、

肝臓値は一時期よりだいぶ正常値に近づいて来ました。

てんかん発作は今年に入って2回。

足が震える、ふらつき、首を上下に振るなどの神経症状もあり、

体調は安定しているとは言い難く、

昨日大丈夫だった事が今日大丈夫とは限らず、

昨日出来た事が今日も出来るとも限らず。

調子が良い日もあれば悪い日もあり、

落ち着いてる日もあれば、朝から興奮状態が続く日もあったり。

それでも、調子良い時なんか、

とても15歳とは思えない様な俊敏な動きを見せたりとか。

 

でも、元気なちろるも、ぐったりしてるちろるも、

どっちもちろるだからね。

 

 

ちろるは、おトイレする時に、ケージの前を行ったり来たりしたり、

ケージに出たり入ったりするのがルーティンなのですが、

最近、ふらついてる時とか調子悪い時は、

おトイレの手前でもらしちゃう時もあって。

でも、ちろる的にはそこらへんで垂れ流してるんじゃなくて、

ちゃんとトイレでしようという意思があっての事だから、

だから、ちろるの意志を尊重して、トイレの前にもシートをびっしり。

シートから外しちゃっても、ちろるはちゃんとトイレまで来たんだから

「偉いね~、ちゃんとおトイレ出来たね」って褒めてあげてる。

 

オムツを・・・とも考えたのだけど、

洋服着るだけでも固まって動かなくなっちゃう子だから、

病院の先生とも相談したのだけど、

ストレスになるし、今は平気な時はちゃんとトイレで出来るし、

ちろるはもうシャンプーとか無理だから、

オムツにしたらお尻が汚れちゃうし、

床に漏らしたら床を拭けばいいだけの事。

オムツは最終手段という事で・・・と。

 

 

先日、病院のお会計の時、ちろる用のお財布からお金を出しながら

「やっと、給料日だぁ~」って小銭をじゃらじゃら出した時、

病院の先生が申し訳なさそうに

「大変ですよね・・・」って。

 

うちはまぁ

「今年、車検だよぉ!」とか、

「今日はスーパーの割引券貰える日だね♬」とか言ってる様な普通のサラリーマン家庭だし、車も贅沢品ではない・・・。

世の中、車がなければ生活出来ない所に住んでる人の方が圧倒的に多いんじゃないかとすら思う・・・。

(最寄り駅までだって、バスで20分だからね!もはや最寄りと言えるのか?)

 

「あ、でも家は子供がいないから、子供がいるお家の方がお金がかかって大変ですよね」

と、(お二人のお子さんがいらっしゃる先生に)私も申し訳なさそうに答えたら、

 

 

「いやいや、ちろるちゃんとみるきちゃんが、お二人にとって子供と同じじゃないですか」

 

 

そうだよ~

先生は、みるきが生後3か月の子犬の時から、

ちろるはまだ毛がフサフサになる前の2歳の頃から診て下さっていて、

人で言えば

「幼稚園に上がる前だったちろるちゃんが、今年はもう高校生か~」

って事だからね。

 

↑2歳の頃のちろる

 

 

 

病気してなくても、15歳まで生きるのは大変な事だと思う。

なのに、ちろるはこんなに色んな病気抱えたり、

生死の狭間を何度も超えて来て、

すごく頑張り屋さんで立派です!

だからね、ちろるはね、病犬じゃないよ。

立派なシニア犬って言うんだよ。

 

ちろると私の1年間

門松1月

2021年元旦は、とても穏やかな日でした。

脳腫瘍の手術から半年経って、てんかん発作もなく、食欲もあって元気。

 

 

大塚池という白鳥の飛来地があるのですが、一緒に白鳥を見に行きました。

 

 

芝生の上をテケテケと楽しそうに歩いていたね。

 

 

そして、14歳の誕生日お祝いケーキ

目をキラキラさせながら、ウマウマ食べたね。

 

雪だるま2月

だけど、2月に入ってから、ちょっとずつ食欲にムラが出て来て、

かと言って、元気がないという訳でもないのだけれど、

最初はフードは残しても、好物は食べていたのが、

2月後半になると、好物も食べたがらなくなって、

毎日、朝から晩まで「これなら食べれる?」と、

キッチンがビッフェ状態になるまで色々作っては試し・・・。

 

 

ちょうど梅が見ごろの時期だったから、

「ちょっとお出かけすれば、気分転換になって食べるかもしれない」って、

ちろるのお弁当を持って偕楽園公園へ。

 

 

思えば、病院と近所のお散歩以外のおでかけは、これが最後になっちゃったな。

 

桜3月

かかりつけの病院で検査して貰ったら、小腸の動きが悪く何か停滞しているっぽいから、大きな病院で精密検査をした方が良いと、埼玉の医療センターを紹介して頂きました。

検査の結果、小腸に腫瘍があるとの事で、即日入院。

そして、小腸の腫瘍摘出手術

摘出した腫瘍の病理検査の結果、それが悪性の腫瘍=癌だという事が分かり、退院1週間後から抗がん剤治療を始める事になりました。

 

 

17日間の入院。

 

 

手術のあと。

 

 

でも、退院してきてから、抗がん剤治療の日までの1週間は、本当に元気で、食欲もあって、家の中をパタパタ走り回って、後になってみると、それが夢のような1週間でした。

 

抗がん剤治療から帰宅して、その日の夜は一晩中、嘔吐。

朝方にはぐったり。

すぐに、動物医療センターに連れて行きたくても、この状態で埼玉まで連れて行ける気がしないと、かかりつけの病院で3日間処置して頂き、4日目にようやく埼玉へ。

 

チューリップ4月

抗がん剤の副作用で1か月間の入院。

 

 

往復9時間近くかけて面会に行っても、モニター越しで15分しか会えない日もあった。

 

 

特急ひたちにも、

 

 

特急ちちぶにも、何度も乗ったな~。

行きは「あと〇時間でちろるに会える!」って、1分でも早く会いたいから、何号車に乗れば乗り換えが最短になるとか、駅の構内図まで調べたりして。

 

だけど、帰りは「今日も会えなかった」

「今日も何も食べなかった」

「ちろるのいる場所からだんだん離れて行く」って、

いつも泣きそうになるのを、

「ダメだ!一番辛いのはちろるなんだ!一番頑張ってるのはちろるなんだ!」って、目に力を入れて、グッと泣くのをこらえて、いつもそうやって帰路に着いてたな・・・。

 

 

鼻からカテーテル通して、1か月間強制給餌。

骨髄抑制で白血球が減少して、この数日間で数値が上がらないと危険な状態だって言われた時もあった。

脳腫瘍の手術後、一度も起こさなかったてんかん発作を起こした。

骨髄抑制が収まりかけた頃に、今度は腎臓値が悪化。

面会中に血便をしてしまった時もあった。

毎日、夕方にその日の様子を電話で聞いては、良い知らせなど一つもなく、絶望的な気持ちに何度もなった。

 

面会に行けない日は、不安で不安で、体の震えが止まらなくなった。

さすがに毎日面会に通うのは大変だから、

月・火・水は、病院の近隣のホテルに泊まり、朝・昼・夜と面会。

水曜日の夜に自宅に帰り、木曜日は溜まった洗濯や掃除、みるきの通院。

金曜日は日帰りで面会、

土曜日は旦那と日帰りで面会、

日曜日は家の用事や、翌日ちろるに持って行くご飯の準備。

自宅にはほとんどいないそんな生活が始まった。

 

最初のうちは、チェックインの時間前は車でただボーッと過ごしたり、面会と面会の時間の間は、ホテルに戻る途中で、ちろるが食べられそうな物はないかとホームセンター回って帰り、次の面会の時間までボーッと過ごすだけだったんだけど、なんもない車の中やホテルで一人で時間潰してると、気持ちが更に沈んでいくから、2時間以内で行って帰って来れる所に足を運ぶようになった。

 

 

日高市の聖天院。

 

 

日高市の高麗神社。

 

 

高麗神社に行く途中に見かけた瀧不動尊。

 

 

ホテルのチェックインまで散策していた飯能河原に行く途中見かけた飯能恵比寿神社。

 

 

飯能市の竹寺。

 

色んな神社寺院にお参り行ったり、展望台に行ったり、河川敷に行ったりもした。

「どうか、ちろるがお家に帰って来れますように」

 

カブト5月

相変わらずご飯は食べられないちろる。

「数値的にはご飯を食べられる数値に回復して来ているのに、食べられないのはストレスからではないか?」

という事で、1か月ぶりに仮退院でお家へ。

 

 

帰って来て、初めて自分でご飯を食べました。

でも、そんな日は長く続かず、3日目辺りからまた食事はせず、ぐったり。

腎臓値が短期間で急激に悪化

 

 

再び入院。

「この数日間が勝負でしょう」

 

「この数日間が勝負」・・・何度もその言葉を聞いて来た。

でも、その都度、ちろるは克服して来れた。

「また、お家に帰ろう、一緒にお家に帰ろう」って、再び病院とホテルと自宅を往復する日々。

ちろると最後に散歩した偕楽園公園は寒かったのに、もう半袖の季節だね。

入院して3週間近く経とうとしていた時、

「気分転換に外に連れて行ってもいいですか?」って外出許可貰って、病院の周りをぐるーって回って、ベンチに座って私が作って来たご飯をタッパーから出して食べさせたら初めて固形物を食べて

「ちろるが、ちろるが、ご飯食べてくれました!」

って空のタッパーを持って泣きながら受付に行ったりしたっけな~。

 

ちろる、23日間の入院の後退院。

 

雨6月

 

高かった腎臓値も徐々に下がり始め、ご飯もだいぶ食べられる様になり、入院中に減ってしまった体重も、だんだん元に戻り始めた。

 

やしの木7月

 

脳腫瘍の手術の後は、自宅では一度もてんかん発作を起こさなかったのですが、2度てんかん発作を起こしました。

抗てんかん剤はずっと服用してはいたのですが、腎臓が悪い子は発作を起こしやすくなるとは言われていたけれど、やっぱりショックで、これが続かなければと願い・・・。

 

ひまわり8月

 

抗てんかん剤の種類や量を増やしたけれども、てんかん発作が頻発する様になり、8月中は7回のてんかん発作。

3月に行う予定だった脳腫瘍の経過観察のMRI検査は、小腸の腫瘍手術とその後の抗がん剤治療の副作用の為延期になっていたので、脳腫瘍の手術をした病院の方でMRI検査実施。

検査結果は今の所再発はしている様子はないけれど、発作の原因は不明。

外科的にどうこう出来る事はないのだと。

今まではMRI検査の後、必ず次回の予約を入れていたのですが、次回の検査の事は何も言われず・・・ああ、そういう事なんだな・・・

この子はもう抗がん剤治療は出来ないって言われているし、

年齢的な事とか、麻酔のリスクとか、腎臓の事とかあるから、

もう外科的な治療もMRI検査も出来ないのだろうと。

 

栗9月

投薬の間隔や量を変えたら、9月中はてんかん発作は1度だけ。

腎臓の値は落ち着いていて、まぁまぁ穏やかな日々。

この状態がずっと続けばいいな・・・。

 

ハロウィン10月

10月中は5回のてんかん発作。

発作を起こす度、今までなかった様な神経症状や、今までは多少であった神経症状が強くなって来て、足に負荷がかかると前足が震える様になり、ご飯用の台を使う様になりました。

あと、夕方からの興奮の度合いが強くなって来て、夕方になるとハァハァしたり、手足が震えたり。

 

紅葉11月

11月中は1回てんかん発作。

薬の種類と量、投与回数を増やした。

皮下点滴の通院は、ずっと私一人で午前中に通っていたのですが、抱っこして体を固定していないと手足が震えるので、夕方、旦那が仕事終わったら、旦那が後部座席でちろるを抱え、私が運転するというパターンに。

薬の影響もあって、日中はボーッとしている時間が多くて、なのに夕方になると興奮しはじめるから、落ち着かせる為にあの手この手。

 

ご飯も、こうして足や体に負荷がかからない様に抱っこしながら食べさせる様になりました。

 

クリスマスツリー12月

お正月期間は病院もお休みになってしまうので、家で皮下点滴が出来る様に、毎日通院の都度、やり方を教えて頂き練習。

 

てんかん発作4回。

発作も意識をなくして、全身が痙攣したり手足をバタつかせるタイプだったのですが、近ごろは体が硬直するタイプ。

普段も、寝起きなどは体が強張って、足をカクカクしながら歩くとか、立っているだけで手足が震えるとかも多く、手足が震えるとふらついたり転んだりするし、ハァハァも連動するから、起きている時は常について回ったり、抱っこしている事が多くなりました。

 

 

発作後はなるべく脳を休ませる為に、部屋を暗くして、足音ひとつ気を遣うくらい静かな生活しているから、掃除機もなかなかかけられない日が続いて、ホコリが溜まると、今度はアレルギーのみるきが痒がり出すから、ある時、病院から帰って来た後、1時間程度、ちろるを車に連れてって貰い、掃除機終わるまで車にいて欲しいと頼みました。

 

そしたら、車の中ではすごく落ち着いていたらしく、そのままスヤスヤ寝てしまったのだと。

 

それで、それからは、だいたいいつも17時頃からハァハァし出し、病院から帰って来る19時~21時頃は特に目が離せないくらい興奮状態になるので、病院から帰って来て、薬を飲ませ、ご飯を食べさせたら、1時間半前後くらいは車に連れて行って貰い、その間に私は掃除したり家事やったり、みるきや鳥ちゃんのお世話したりとバタバタ。

人のご飯作る余裕まではないので、だいたいスーパーのお惣菜やお弁当で済ます事が多いのですが、それまではご飯食べてる余裕すらなくて、一日何も食べなかったって日もあったのが、立って家事しながらでも、なんとか食事をする時間は確保出来る様になりました。

 

そして、ちろるが車でひと眠りして、起きたら旦那はようやくお家に入れてもらえる(*^▽^*)

ちろるの姿までは見えないだろうから、近所の人には「あそこの旦那さん、また家から閉め出されてるわ」って思われているかも(*‘∀‘)

 

 

ちろるが入院してる時は長く感じたけど、1年は今までにないくらいあっという間の短い1年でした。

ずっと、ちろるの事を考え、ちろるに付き添い、ちろるだけの1年だったな~。

 

 

昔、ナウでヤングなピチピチギャル(死語)だった頃は、「オバサンくさい」ってからかわれたりしたから嫌であまり人に言わない様にしていたのですが、今は「いいの、あたち、もうオバチャンだしぃ~」とふっ切れて公言する様になりましたが、10代半ば~21,22歳頃まで母と一緒に詩吟を習っていて、就職してから忙しくなって辞めてしまいました。

でも、6年前から「今度こそ、師範代取れるまで頑張りますからぁ~~~」って、再び弟子入りして、それからは月2回のお稽古、年に5~6回、コンクールやイベントなどに参加させて頂いたりしてましたが、この1年は一度もお稽古に行かず、お誘いや依頼頂いたイベントも、せっかく選ばれたコンクールの県代表も全部辞退。

 

唯一出たのが10月の市民文化祭。

あまりにも色んなイベント断り続けて、申し訳ない気持ちもあったし、周りの方も心配されていたし。

(しかし、最初からいた訳ではなく、同じ会の方が始まる10分前にしれ~っと来て、終わると慌ただしく帰ってしまったという薄情さ・・・💦)

 

それでもいいんだ。

だって、そういう機会は生きている限りまたあると思うけど、ちろるといられる時間は今だけだから。

 

 

12月に、奥伝と準師範の昇段試験が開催される事になりましたが、それも辞退するつもりでいました。

すると旦那が「行って来いよ。1日くらい俺一人でなんとかするから。ちろると(詩吟の)先生が元気なうちに、奥伝と準師範取りたいって言ってただろう」って。

 

ちろるが入院中、面会に行くと、私はちろるを抱っこしながら、いつも小声で詩吟を歌って聞かせていて、私のこの絶妙な下手さ加減が、ちろるには心地良いのか(笑)、ちろるは私が歌い出すといつも体の力を抜いて、私にもたれかかっていたな。

ちろるの前でいっつも歌っていたからね。

「どう?ちろる、ちょっと上達した?」なんて話しかけながら。

 

ちろる、取れたよ、奥伝と準師範。

 

昇段試験の前に川越の八幡神社でお参り。

 

投薬で、顔や胸毛の周りがベタベタで毛が固まってしまい、ブラッシングでどうこう出来るレベルではなくなり、でもシャンプーはもう無理だから、トリマーさんに

「顔と胸毛と、点滴しやすい様に背中もカットして下さい」ってお願いしました。

トリマーさんは一瞬「え?(そんなヘンなカットに?)」って躊躇したのですが

「いいんです。ちろるは坊主になっても可愛いから。」

そう言ったら、ニッコリ笑って引き受けて下さいました。

うん、ちろるはどんなカットでも可愛いなぁ~💛

 

ちろるが脳腫瘍になってから、毎月月末には必ずお参りに行っている水戸市の愛宕神社にもお参り。

「ありがとうございました。今年も一緒に年が越せそうです」

 

ちろるがなんとか良くならないかって、色々と調べまくっていた時に

「犬は明日の事を考えてはいません。

犬は今、今日一日、飼い主さんと一緒に過ごせる事だけを考えている」

 

そんな文章を目にして、

ああ、そうだよね・・・

明日の事、未来の事を考えてクヨクヨしてるのは私だけで、

ちろるは明日の事なんて考えてはいない。

きっと、調子悪くて辛い時もたくさんあると思うけど、

そういう「今」も全部受け止めて、ちろるの「今」に寄り添って、

そして「今日も辛かったけど一緒にいられて良かったよ」って、ちろるがそう思いながら夜眠りに就ける様に、ちろるの「今」をもっと大事にしてあげようと思いました。

 

 

 

 

 

みるき11歳の誕生日と、ちろるの腎不全・てんかんその後

先日、みるきが11歳になりました☆

 

病院の先生と

「早いもんですね~。子犬の時からお世話になっていて、もう11年。

そりゃあ私も、足が痛いだ、腰が痛いだとか言い出す年にもなりますよ(笑)」と。

最近はアレルギーも落ち着いているし、

初夏くらいに一度また足の関節が外れて、しばらくトイレやお水以外、

最低限しか歩きたがらなかったのですが、

最近は積極的に歩いたり、後を着いて来るようになりました。

 

 

そして、その後のちろるの様子ですが・・・

腎臓値はまぁまぁ安定していたのですが、

10月に4回、今月1回てんかん発作。

特に、10月の終わりに2日続けて3回全身発作、1回部分発作を起こした後、

(前から時々足がプルプルするとか、顔がピクピクするという多少の後遺症はあったのですが)

興奮時や寝起きは強く震えの症状が出たり、足がもつれるなどの神経症状が強く出る様になり、

食欲もなくなり、便秘がちになって(5日くらい便秘でその後柔らかいウンチ)

体重も減って来てしまいました。

 

 

抗てんかん剤も、ケプラ、コンセーブ、フェノバールと3種類飲んでいたのですが、

薬によって、効きやすい子もいればそうでない子もいるらしく、

新たにもう1種類試してみて、それの効果がある様なら、

腎臓や肝臓の値を見ながら、今飲んでいる薬を徐々に減らしたり、

量や投薬のタイミングを調整して行きましょうと。

 

今飲んでるのがこんな感じ。

 

最初は、回数少なくまとめて飲ませたりしていたのですが、

薬が効きすぎている時間は、ふらつきだったり、

意識がボーッとし過ぎてしまったので、投薬の時間を分散させる事に。

 

抗てんかん剤

 

●コンセーブ・・・副作用は一番ないお薬らしいのですが、

ちろるにはあまり効いていない感じなので、最初に飲んでいた量より今は半分の量に。

(様子見ながら更に減らす方向)

 

●フェノバール・・・ちろるには一番効いている感触はあるのですが、

肝臓や腎臓への負担が大きいので、血液検査(1週間~10日に一度)の結果を見つつ、

量や投薬の時間を調整。

あと、副作用としては、ふらつきなど。

 

●ガバペン・・・新しく始めたお薬。単独で効果がある薬ではないらしく、

神経障害性の疼痛を和らげたり、鎮静効果があるとの事。

ちろるは興奮状態が長く続いたり、強いと、寝起きに発作を起こすパターンが多いので、

ガバペンを服用する様になってからは、

寝起きの嫌な感じ(発作を起こしそうな感じ)はだいぶ無くなった気はします。

 

●ケプラ(シロップ)・・・副作用は少ないけれど、効果が8時間前後、

半減期が4時間と効能時間が短いので1日3回飲ませなくてはなりません。

以前は錠剤で飲ませていたのですが、(私も舐めてみたけどかなり苦い!)

錠剤を嫌がる様になってしまったので、しばらくはカプセルに入れて飲ませたのですが、

錠剤がかなり大きくて、カプセル3個分とか。

そうすると、1~2個カプセル飲ませた辺りで嫌がり始めて興奮し出すので、

シロップタイプの物を、ちろるが入院していた病院から定期的に処方して送って頂き

(外国製の物なので、一般の動物病院ではなかなか手に入らないとの事)

シリンジで直接投与。

他の薬も一緒に飲ませる時は、錠剤は砕いて、粉薬はブドウ糖で溶いて

一緒に混ぜてしまうと一度で済ませられるので、

嫌がりはするけど、一度で済ませられる分ストレスが少ない感じです。

他の薬は確実に効くまで1~2時間かかる感じなのですが、

ケプラはスーッと早く効くので(その分、早く切れるけど)

別の薬が効きだすまでの繋ぎに、一緒に飲ませてしまう感じ。

 

●脳圧降下剤・・・以前は発作後にとん服薬として飲ませたりしましたが、

通院時間の前後3~4時間は、毎日ハァハァや興奮状態なので、

通院前と、帰宅後1時間以上経ってもハァハァが落ち着かない時に投薬。

腎臓・肝臓に負担はあるので、量は検査結果と照らし合わせながらなのですが、

飲ませると20分位で落ち着いて来る事が多いです。

 

 

●ビヒラクチン・・・整腸剤。粉末タイプなのでケプラシロップやブドウ糖にも溶けやすく、

混ぜると他の薬の苦味が緩和されるみたいで、味の調整用としても重宝☆

 

●アンチノール・・・サプリメント。以前から飲んではいましたが、

何かに包まないと飲まないから、食欲がある時に、おやつに包んでタイミング見て飲ませてます。

(食欲イマイチで飲めない日もあり)

 

●セレニア・・・本来は酔い止め・吐き気止めの薬で、退院後は食欲増進の意味でも

毎日~1日おきに飲ませてたのですが、今は吐き気がある時、吐いた時にとん服的に服用。

(ちょっとお高め・・・)

ちなみに、退院してすぐの頃、食欲増進剤を処方して頂いたのですが、

これは、ちろるは興奮状態になってしまったので、こちらで代用してました。

 

●リーナルK+・・・サプリメント。

10月下旬、食欲がなくなってから、カリウムの数値が低下して、

カリウムが下がると更に食欲がなくなるので、補助的に。

味はメイプルシロップ味で、パンケーキにつけたら人もそのまま食べられそうなくらいの味。

まったく食欲がない時は舐めさせるのにも苦労しましたが

(病院の先生はシリンジに入れてそのまま直接投与したら、普通に飲んでくれましたよ、と)

ちょっとオヤツでも食べる気になった時に、

オヤツの先にちょっと付けて一緒に食べさせちゃうと

わりと口に入れてくれるので、1日3回くらいに分けつつちょっとずつ。

 

最近、フードは食べないですが、最初はお肉だけだったのが、野菜も食べる様になり、

1日1食しか食べられなかったのが、2食食べられる日もあり、

昨日は久々にパウチも少し食べました。

(昨日は興奮状態で食欲亢進気味だったのもあるけど)

体重は一時期減った状態から下げ止まり、少し体重が増えて現状維持)

 

週5日、皮下点滴に通院してるのですが、毎日今日の様子を記録したのを持って行き、

「今日は何時頃にこの薬をこれだけあげてみましょう」

「もしそれでヘンな感じならこうして・・・」

と、日々手探りしながらの毎日。

 

先月までは、昼前頃に、私が一人で、ちろるを助手席に乗せて通院していたのですが、

車の中でバランス取ろうとしたり、足に力が入ったり、負荷がかかると足がプルプル震えだし、

足から全身にプルプルが伝達しちゃって、ハァハァし出す様になっちゃったから、

今は夕方~旦那が仕事終わったら、旦那が後部座席でちろるを抱っこして、

私が運転しての通院。

 

ちょっと前までは、こうしてお皿を少し高くしてご飯を食べられたのですが、

首を下げて足に負荷がかかるとプルプル震え出してしまうので、

今は片手で抱っこ、片手でお皿を顔まで近づけて食べさせたりしてます。

 

直線的な動き(まっすぐ歩くとか走る)のは大丈夫なのですが、

そこに複合的な動き(歩きながら、走りながら向きを変えるとか)が入ると、

後ろ足の反応がやや遅れて来ているらしく、

足がもつれたり、転んだり、つまづいたり・・・。

 

ただ、朝は×ですが、昼~は食べ物も口にするから、投薬はだいぶ楽にはなりました。

一時期、食欲亢進症になったりで、それはそれで苦労したけど

「でも、食べないよりは食べる方が断然良い」

そう先生もおっしゃられていて、本当にそう・・・。

「栄養とかそういう事は、ちゃんと食べる様になってから考えればいいんです。

今はオヤツでも好物でも、食べられる物は食べさせて下さい。」

 

最初はパンとかジャーキーしか食べなかった。

あれこれ試して、ようやく、ちろるは水炊き用の鶏もも肉なら食べる様になった。

それから肉を煮た時の出汁で煮た大根。

数日前から出汁で煮た人参とかレンコンとかも食べる様になった。

 

 

数時間おきの投薬。

目を開けてるのも辛いくらい眠いのに、薬をゴリゴリ砕いている時に、

母が「生まれたばかりの頃は4時間ごとに起きてミルク飲ませてたのよ」

と言っていたのを思い出しました。

 

ちろるが興奮してなかなか落ち着かない時は、

抱っこして、ベランダや玄関の外に連れ出して、

落ち着くまで腕プルプルしながらずっと抱えていると、

「あなたは夜泣きがひどくて、寝付かない時は夜中でも抱っこして外を散歩したのよ」

と言っていたのを思い出しました。

 

ちろるの手が離せない時に、みるきがウンチしちゃって、片手でちろるを抱えながら、

もう片手でみるきのお尻をふいて、ウンチを片付けていたら、

まだ幼い私をおんぶしながら、年子の弟のおむつを替えていたという話を思い出しました。

 

フラフラしている時は、後を着いて回り、転びそうな時にはサッと手を出せる様に

膝をついて歩いたり、中腰だったりで、最近腰痛気味ではあるのですが、

「ハイハイする様になってからが大変だったのよ。ずっと目を離せなくて」

と言っていた事を思い出しました。

 

私は子育ての経験がないから、本当に子育てした経験がある人には

「子育てはそんなもんじゃないわよ!」って叱られてしまうかもしれませんが、

看護や介護じゃなくて、子育てしてる様な感覚になって来てからは、

しんどいな、辛いな・・・って感じる事がなくなって来て、

より愛しい気持ちが強くなって来ました。

 

昔は、自分に子供がいないから余計に

「ちろるちゃんのママ」って、ママって呼ばれる事に抵抗があったのですが、

私はようやく「ちろるのママ」になれた気がします。

そして、母に対しても感謝の気持ちでいっぱいです。

 

脳が興奮状態で、ただはしゃいでる時は抱っこして落ち着かせる様にしてますが、

そうではなくて、自分の意志で外に出たい、あっちの部屋に行きたい、

意志を持っての要求の時はなるべく叶えてあげようと。

寒くても外行くし、何かしていてもすぐに中断出来る状態で常にスタンバイ。

 

少し涼しいくらいの方が落ち着くので、いまだに日中は冷房。

夜は暖房入れても20度。

人は寒いから、家でも上着着用。


私は、1年に1キロ、10年かけて地味に10キロ体重が増えてしまったのですが、

ここ半年で10キロ以上体重が減ってしまい、

まぁ、元の体重に戻ったとも言うのですが、

日中はご飯食べる余裕がなかったり、

夜は旦那と交代で隣の部屋でご飯を食べるとかしているのですが、

気が張りっぱなしだし、

トイレも我慢したりとかで、

うーん、これ以上体重減ったら、私が体壊すかも・・・

という水域に足を突っ込みかけたので、

旦那もなるべく在宅勤務をしてくれる様になり、気持ち的にはだいぶ楽に。

 

以前くらいの食欲があれば大丈夫だったのですが、

シロップ系の薬は私一人では飲ませられないので、

旦那がその時間にいない時は、病院に連れて行ったり、

点滴兼ねて半日預かって頂いたり。

 

いつも、日中は、ちろるの意識がハッキリしている時間以外は、

なるべく脳を休める為に、カーテン閉めて薄暗く(そして寒い!)部屋で一日中過ごしているのですが、

(トイレに行くと、トイレが明るい~とか思ってしまうw)

先日、半日預けた時に久々にカーテン開けて、冷房消して、

ちろるがつまづいたりぶつからない様に、あちこちにマットだの、

クッションだの敷き詰めてある部屋を片付けて掃除機かけられました♬

 

旦那と、病院の先生とスタッフさんと、

こういう事情なのでと、数々の行事をキャンセルしても温かく承諾して下さる関係者の方々、

ブログやSNSで励まして下さる方々、

また同じ様に闘病中の子と暮らしてる方々の記事を読んでは、

みんな同じなんだって、

そうやって色んな方々のサポートを受けながら、ちろるも私も頑張ってるし、

みるきも頑張ってる。

どうしても、ちろるが優先になっちゃうから、

みるきのご飯もお世話も後回しになってしまう事が多いのですが、

みるきは終わるまでダダもこねずに、ちょこんって待っていて、

「みるきちゃんがそういう子だから、ちろるちゃんの看護を優先出来るっていうのがありますよ」って。

本当にそう。

ありがとう、えらいね、みるき。

 

 

 

 

ちろる、再びてんかん発作とMRI検査

ちろるが退院して来て、3ヶ月ちょっと経ちました。

腎臓値を安定させる為に、毎日皮下点滴に通い、腎臓値も安定して来たので、先々週から毎日→週5~6日に減らして様子を見ているところです。

毎週、血液検査をして、腎臓や肝臓、貧血や血液の状態もチェック。

食欲もあって(抗てんかん剤の副作用の一つに食欲亢進があるので、そのせいもありますが)退院して1か月半くらいは、ドッグフードは食べないし、肉とか野菜とかを少しずつ、1日数回に分けてしか食べなかったのですが、最近はドッグフード中心に切り替えられて来たので、体重も退院した時より800gくらい増えました。

(退院時は入院前より1.5㎏減ってしまいました)

 

 

去年の6月に脳腫瘍の手術をしてから、今年の三月の小腸の癌手術までの間は一度もてんかん発作を起こさなかったのですが、四月に抗がん剤治療の副作用で1ヶ月入院している時に1回、

五月に腎不全で3週間入院している時に1回てんかん発作を起こしました。

 

その後は2か月間発作を起こさなかったのですが、7月に入ってから2回発作。

8月に入ってからは発作の回数も増え、意識がなくなる様な全身発作ではなくても、体が硬直して痙攣を起こす様な事も増えて、それまで飲んでいた抗てんかん薬だけでは制御出来なくなって来た様で、新たにもう1種類増やしました。

 

 

薬が効いてる時はボーッとしたり、ふらついたり、足に力が入らなくてつまづいたり。

それなのに、夕方くらいになると、ハァハァ呼吸が荒くなって興奮状態になり、ワンワン吠え散らかしたり、お腹がいっぱいなのに食べ物を欲しがったりと、まるで脳腫瘍の手術前の時の様な状態。

 

薬の血中濃度が安定するまで2週間位かかるのですが、その間はとりあえずこういう状況でも発作が起きなくてマシだったのですが、血中濃度が安定した頃から再び発作。

多分、薬の量が足りてないのだろうと増量して1日3回に。

それでもまだ危ない様な状況がずっと続いてました。

 

「薬の量としては十分なはずなのに、脳腫瘍が再発したか?他に原因があるのではないか?」と。

 

脳腫瘍の手術後も、7月、9月、12月と定期的にMRI検査をしていて、その時は再発の兆候はなく、その後3月にも検査の予約をしていたのですが、ちょうど小腸の手術で別の病院に入院してしまっていたので、容態が安定するまで延期になっていました。

 

 

かかりつけの先生に、一度、MRI検査をしてみた方がと勧められたのですが、前回MRI検査した時と今じゃもう状況が違くて、腎臓も悪くなってるし、麻酔のリスクは以前よりも高くなってしまったし、もし仮に何か悪い物が見つかっても、年齢的にも年が明けたらもう15才。

もうこれ以上、外科的にどうこうするのは無理だし、なにより今だって片道10分の通院も車を運転しながらハラハラしてるのに、片道3時間弱、そんな遠くまで連れて行くのが不安だから嫌だと。

 

そしたら、今はまだ幸い内臓の方は安定しているし、逆に悪くなってから検査に行く方がリスクが上がるし、出来る選択肢も余計に限られて来てしまうから、検査をするのは今のうちしかないのではないか?

(いつもそうして貰ってるのですが)移動中発作や車酔いを起こさない様に、検査に行く前は先にかかりつけの病院に寄って、注射や投薬をして大丈夫な状態にして行けば、今のちろるちゃんなら大丈夫でしょうと。

 

そう説得されて・・・

そうだよね・・・今は原因も分からず色んな種類の薬を(1日7~8回も)飲ませなければならなくて、飲ませる時間や間隔も手探りの状態で。

でも原因が分かればどんな薬をいつ、どの位飲ませればいいのか明確になるだけでも先が開けてくるし。

(薬を飲ませる為にやっと落ち着いて寝た時に起こさなければならない時もあるから)

 

 

かかりつけの先生の言葉と、脳外科の先生を信じるしかないな。

ちろる、もうちょっと頑張ろう!って、

8/27にMRI検査に行きました。

検査結果は・・・

特に再発の兆候は見られないとの事。

ついでに小腸のエコーも見てもらいましたが、こちらも今のところ再発、移転の兆候はないと。

それが分かっただけでも安心しました。

ただ、てんかん発作の原因は不明で、今、外科的にどうこうする所はなく、内科的にコントロールしていくしかないのだと。

 

脳腫瘍の手術後も、顔がピクピクする、足が震える等の後遺症はあったのですが、それが最近は更に増えて、左後足の反応が鈍くなって来てよくつまずくとか、なんとなく最近視野が狭くなって来た?みたいな神経症状が顕著になって来て、なにかしらの神経異常が影響してるんだとは思いますが。

 

 

午前中はボーッとしていて、トイレなんかでもふらついたりする事があるから、トイレの度に付き添いで補助しなきゃなんですが、これが夕方くらいになると興奮始めて、ハァハァしたり、ウロウロしたり、だけどそういう時って自分の運動神経がおかしくなってる事忘れちゃうみたいだし、ちろるもまだ自覚症状がないみたいで、ピョンピョンしたり走り回ってはコケるから注意してなきゃならないし。

ただ、普通の時は本当に普通なんですよ。

そういう一日の体調や感情のアップダウンが激しくて、2~3時間の興奮状態が続いて落ち着くと、私ももうゲッソリって事が毎日・・・。

私が台所に立つだけで、なんかくれ~って興奮し出すから、旦那がいる時は、旦那に様子を見て貰ってる間に隣の部屋に行ってこっそりご飯を食べれるんだけど、日中自分しかいない時は、10秒チャージしか口に出来ない(*_*;

 

それでも、先生には

「食べないよりも食べる方がいい」

 

 

本当にそれは思う。

小腸の手術前、何をあげても食べてくれなくて、何も食べたがらないから薬も飲んでくれなくて、

特にてんかんの薬は決まった時間に飲ませなきゃいけないのに、

「もうそろそろタイムリミットだ!」って時間にいつも焦りながら、投薬に2時間かかるなんて事もあったし。

 

「これなら食べれる」「これはどう?」って朝から晩まで一日中ちろるのごはん作っては食べさせようと試みて、床がビッフェみたいにお皿だらけになってしまったり・・・。

 

入院中は約1か月半以上、鼻にカテーテルで強制給餌。

何か食べてくれないかって、泊まりだったり日帰りだったりしながらいつも何かしら持って面会行くんだけど

「今日も食べてくれなかった・・・」と肩を落としながら帰る日々。

 

退院してからも、「これはこれなら食べれる?」「これはどう?」が続き、

お薬も朝晩は旦那と二人がかりでシリンジから飲ませ、昼は病院で先生に飲ませて頂き・・・

 

 

そんな、食べ物を食べさせる事に苦労した時期が約5ヶ月・・・。

それに比べたら、今なんか薬は何かに包めばペロンって飲み込んじゃうし、

ご飯だって自分から催促に来るしね。

 

 

今は、体重コントロールしつつ、腎臓が悪いからあまり高たんぱく質にならないようにとか、どの時間にどれくらい食べさせれば落ち着くとか、手探りの毎日だけど、それだって、食べないよりは食べる方が全然いい!

 

お薬の方は、種類も量も検査前と同じなのですが、飲ませる時間と回数を変えて、1回に飲ませる分を増やしましょうと。

それで2週間くらい経ったら、もう一度血中濃度を測ってみましょうと言う事で。

今日現在はまだ血中濃度が安定してない時期ですが、今んとこ発作はなし。

ただ前回、血中濃度が安定して来た頃に発作を起こしたから、今回は血中濃度が安定して来てもうまくコントロール出来てればいいのだけど・・・。

 

 

色々考えてしまう事はありますよ・・・。

1日に何度か、興奮状態でハァハァしたりワンワンしたりウロウロしたり、

そんな時は顔がピクピクしたり、足が震えたりもつれたり、食べ物に異常に執着したり。

興奮状態が長く続く事が一番良くないから、抱っこしたり、外の空気吸わせたり、ご飯を前倒しにしたり、つきっきりであらゆる出来る事をするんだけど、それでも落ち着いてくれない時は、なんかもう泣きそうになる・・・。

そして、ようやく落ち着いて寝たな~と思って立ち上がると、パッと起きて後をついて来てまたハァハァとか。

その度私はもうゲソッ・・・って疲れてしまうんだけど、寝てるちろるの顔を見ると、ちろるは今もこうして生きて私の横にいるのに、どうして私は疲れたとか一瞬でも思ってしまったんだろうと自分を責めたり。

 

年が明けたら15才・・・。

ふと、あとどれだけ一緒にいられるのかな?とか。

きっと、今より悪い状態の時が必ずやって来ると思う。

介護と看護と、そして覚悟の時が必ずやって来ると思う。

今のこの状況でさえ幸せだったと感じる時がやって来ると思うとか。

 

 

 

ただただ、今ここにいてくれる事が、どれだけ幸せな事なのかって。

 

こんな時、みるきは甘えん坊だけど、

私が一日中ちろるのお世話していても、邪魔したりワガママな態度取ったりしないで、

ちろるだけに先にご飯あげてても、大人しく順番待っていて。

そして、ちろるが落ち着いて寝てから、やっと

「次はみるきね」って甘えて来たり、そばにくっついて来たりして、

良い子だな~。

みるきがそんな風に手がかからない子だから、私もちろるに集中出来るってのもあるから、

みるき、偉いね。

ほんと、お利口さんだね♡

 

 

 

 

 

 

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