いっぱい怯えて。
 
 
 
 
いっぱい暴れて。
 
 
 
 
 
いっぱい叫んで。
 
 
 
 
 
いっぱい泣いて。
 
 
 
 
 
 
そんで、
最後の最後は、
 
 
 
 
 
 
「私は私でしか在れない」
 
 
 
 
 
 
 
と腑に落ちる。
 
 
 
 
 
 
 
「私は私以外にはなれないし、私は私として生きるしかない」
 
という、
 
 
 
 
 
 
 
 
壮大な認め。
 
 
 
 
 
 
 
 
怯えてる人、
暴れてる人、
叫んでる人、
泣いてる人、
 
 
 
 
いたら。
 
 
 
 
 
 
「自分になる途中なんだなー」と思ってあげたらいいやね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「自分で在るしかない」に気づくために、
 
 
 
 
 
 
 
 
自分以外の誰かや、何かになろう。
 
って、
 
 
 
 
 
もがき苦しむことも。
大切だったりする。
 
 
 
 
 
 
あなたはあなたでしか在れない。
私は私でしか在れない。
僕は僕でしか在れない。
自分は自分でしか在れない。
 
 
 
 
 
 
壮大な認め。
壮大な諦め。
壮大な降参。
 
 
 
 
 
これを、自我が確立する。
 
 
 
 
と、
 
だれか外国の人が言ってた。笑。
(マイケルムーア監督ではない。「マイケルムーア監督じゃねーーよ!」)
 
 
 
 
 
 
 
 
うんで。
 
この「自我の確立」はだいたい40〜50歳くらいの間までに起きるらしい。
 
 
 
 
 
 
 
いっぱい怯えて。
 
 
 
 
いっぱい暴れて。
 
 
 
 
いっぱい叫んで。
 
 
 
 
いっぱい泣くことは。
 
 
 
 
 
 
すべて、
必要なことだと思うから。
 
それでいいんだ。
 
 
 
 
 
 
 
大切だと思うのは
「ながら苦しみ」はやめたほうがいいということ。
 
 
 
 
 
なんとなく
日々の生活に追われて(やらなきゃいけないことってたくさんあるしね)
 
心の中に芽生えても
 
「、。なんだこのもやもや感、、、ま、、いいか、、家事しないと、、、仕事しないと、、、実家に連絡しないと、、、友達と合わないと、、、あれの準備しないと、、、録画したドラマ見ないと、、お風呂入らないと、、犬の散歩しないと、、、」
 
って流してしまうと。
 
気づけない。
 
忘れちゃう。
 
 
 
 
 
一週間に1度だって
 
「自分と1時間じっくり向きあう」って時間とってないことって結構日本だと、普通だと思うんだよね。
 
(向き合うとは「カフェでノートを開いた時間のみ」)
 
 
 
 
実際、
「緊急な問題」が起きない限り、、日本に住んでたら、、「自分を無視して生きること」って簡単だ。
 
それで余裕で生きていける。
 
 
 
 
 
 
そういえば僕も
自分がサラリーマン時代を思い返すと「一週間で自分と向き合う時間が0秒」なんてのは、普通だったな。笑。
 
毎日の生活で、終わってた。
 
というか、「1ヶ月で0秒だ」というか、必要性も感じなかったな。笑。
緊急な問題起きてなかったし。笑。
 
自分のために「わざわざ」時間作らなかったな
 
 
 
 
 
そして、
そもそも「緊急な問題」が起きると、、【その「緊急な問題」が問題だ】と思ってしまうから、、、。自分に矢印が向かない。笑。
 
 
 
 
 
 
例えば
「仕事がうまくいかない」って出来事が起きたら「仕事がうまくいかなこと」が問題だと思ってしまう。
 
現実に起きてることが問題だと。
 
でも本当は
 
「仕事がうまくいかないことが問題である」と捉えてしまう自分自身の問題】なのにね。
 
・会社がどうとか
・本当にやりたいことじゃないとか。
・評価してくれないとか。
・あいつが悪いとか。
・自分には能力がないんじゃないかとか
 
目の前の出来事にとらわれてしまうよね。
 
 
 
 
 
 
 
例えば
「パートナーとうまくいかないこと」があった時に。
 
「パートナーとうまくいかないこと」が問題だと思ってしまうけど。
 
けど本当は、
 
「パートナーとうまくいかないことが問題である」と思ってしまう自分自身が問題】なのに。
 
すり替えて、現実ばかりみてしまう。
 
 
 
 
 
 
そして
「パートナーとうまくいかない理由」を探って行くと、
 
 
 
 
 
結局、
「このままの自分ではいけない」と思っていたとか。
「社会は怖いものである」と思っていたとか。
「私は愛されないし」と思っていたとか。
 
 
 
 
 
結局、
「自分と向かう時間を持たなかったことによって起きた」
ことが後々わかるのである。笑。
 
 
 
 
 
 
そもそもは
「自分を無視していた」ことから始まって、目の前に「緊急の問題」が起きているだけなのに。
 
 
 
 
 
 
今、目の前にある問題って「過去ずっと自分を無視し続けてきた代償」なんだと思う。
ちょっと厳しいか。。。ごめん。笑。
でもそうなんだ。笑。
 
 
つまり、
「ながら苦しみ」だ。
 
「一週間に1時間だって自分と向き合う時間を作って来なかった。」よね。
まー、でも日本だとそれって普通だからねーーー。
 
 
 
 
 
 
 
 
目の前の問題は、過去の自分無視が始まり。
 
 
 
 
 
 
そう思うと
自我の確立が40〜50歳というのは「遅いのかな?」と思っていたけど、、なんか納得する。
 
自分と向き合う時間って、意外と普通ないもんね。。笑。
 
 
 
 
 
 
まとめます。
 
 
・目の前の問題って「今までの人生、自分を無視してきた代償」
・でもそれは仕方ないよ、知らなかったんだもんね。
・自分を責めなくていいよ。
・そもそも自我の確立は50歳くらいだから
・50年色々あってやっと「私は私だ」って思い始めるんだから。
・ちなみに、この4.50歳くらいだよってのは、めっちゃ昔の外国人が言ったのね。笑。
・昔ってさ、今より大人になるの早いから(日本でも昔って20歳とかで結婚が遅い方とかじゃん)それで考えると
・2018年とかの日本で考えたら自我が確立するのって60歳くらいなんじゃねーの?笑。
・そう考えると、、自我の確立までだいぶ余裕あるんじゃない??笑
・ナリはあと31年は物心つかなくてもいいっぽい。笑。
 
 
 
 
 
真面目なまとめ。笑。
 
・自我の確立とは「私は私でしか在れない」と思えること。
・そのためにいっぱい悩むことは大切なことだ。
・でも「ながら苦しみ」「ながら悩み」をしてるとどんどん自我の確立が遅くなる。
・自分と向き合う時間を作ろう。
・自分と向き合うとは「カフェでノートを開いて、そこで自己整理、自問自答している時間のみ」をいいます。
・基本的に、それ以外は「ながら計算」します。
 
・目の前の問題って、「過去の自分無視」が作ってる。
・起きたことが問題ではなく、それを問題にしてる自分が問題。
・それを問題にしてしまうのだ、ずっと自分と向き合って来なかったから。
・壮大な認め。壮大な諦め。壮大な降参、つまり「自我の確立」にいたってないから。
・自我を確立するためには??
・自分と向き合うことだ。
・自分のために時間を作ることだ。
 
参考記事
 
 
 
 
 
いっぱい怯えて。
 
 
 
 
いっぱい暴れて。
 
 
 
 
いっぱい叫んで。
 
 
 
 
いっぱい泣くことは。
 
 
 
 
 
 
すべて、
必要なことだと思うから。
それでいいんだ。
 
それでいいのさ。
それでいい。
それはいいのさ。
それはね。
大丈夫。
大丈夫。
大丈夫さ。
大丈夫。
 
 
それは安心してね。
 
 
 
ただ。
 
大切なことは
その度に「ながら苦しむ」や「ながら悩む」のか。
 
 
 
 
 
 
それとも。
 
 
 
自分と向き合うか。
 
 
 
 
だ。
 
 






大丈夫、あなたは素晴らしい。


 

 
 
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