人類を救う 100万人の法華経入門 『妙法蓮華経妙音菩薩品第二十四』について 3
「是の如き等の、百千万億恒河沙等の諸の大三昧を得たり。」(続き)
例えば、「この野郎、憎らしいから、いつか殺してやる!」などと思っていたら、本当の姿は見えません。心が波立って相手の本当の姿が見えなくなってしまうのです。
ところが、座禅では相手の本当の姿は見えません。いくら座禅を組んでも自分の心の中にある波(怨みや怒り)は消えません。本当のサマディーとは、法華三昧です。法華経によって得られる境智を三昧といいます。
これが本当の三昧です。毎日、法華経を勉強していくと、心が静かな境智に入っていくのです。どのような激動の時代に身を置いていても、法華経によって心は静かになっていくのです。
座禅を組んで表面だけ静かにしようと思っても、座禅を組んでいるお坊さんの頭を後ろからポカッと殴ると、「何をするのだ!」と怒りの気持ちがでてきてしまうのです。すぐに本性がでてきてしまうのです。
だから「座禅を組んで、三昧を求める」と言ってもそれは、本当の三昧ではありません。心の中は殴られたことによって、怒りに燃えているのです。ためしに座禅を組んでいるお坊さんの頭を殴ってみればよいのです。本物か、偽物か、すぐにわかります。
そのような映画が昔はあったのです。「私は坊主です。お侍さん、私は悟りました」と言うと、お侍が一刀のもとに坊主の腕を斬り落としたのです。すると、坊主は、「ギャアアアアアーーーー、何をするのだ!」と泣き叫んだのです。
すると、侍は「坊主、お前は悟ったのだろう? 俺に腕を斬られれば、のた打ち回っているじゃないか。お前の悟りはウソじゃないか!」という話です。
「釈迦牟尼仏の光、其の身を照したもう。」
釈迦牟尼仏の光、其の身を照したもう。
「即ち浄華宿王智仏(じょうけしゅくおうちぶつ)に白して言さく、」
即ち浄華宿王智仏(じょうけしゅくおうちぶつ)に白して言さく、
「世尊、我当に娑婆世界に往詣(おうげい)して、釈迦牟尼仏を礼拝し、親近し、供養し、及び文殊師利法王子菩薩、薬王菩薩、勇施菩薩(ゆぜぼさつ)、宿王華菩薩、上行意菩薩、荘厳王菩薩、薬上菩薩を見るべし。」
世尊、我当に娑婆世界に往詣(おうげい)して、釈迦牟尼仏を礼拝し、親近し、供養し、及び文殊師利法王子菩薩、薬王菩薩、勇施菩薩(ゆぜぼさつ)、宿王華菩薩、上行意菩薩、荘厳王菩薩、薬上菩薩を見たのです。
「爾の時に浄華宿王智仏、妙音菩薩に告げたまわく、」
爾の時に浄華宿王智仏、妙音菩薩に告げたのです。
「汝彼(か)の国を軽しめて下劣の想を生ずること莫(なか)れ。」
汝彼(か)の国を軽しめて下劣の想を生ずること莫(なか)れ。
このような国々を見て、「くだらないことをやっているな」という心を生じてはいけません。
「善男子、彼の娑婆世界は、高下不平(こうげふびょう)にして、土石、諸山穢(え)悪充満せり。」
善男子よ、彼の娑婆世界は、高下不平(こうげふびょう)にして、土石、諸山穢(え)悪充満せり。
娑婆世界というものは、高い者、下卑た者もいて不平等の世界です。土や石があり、諸々の汚れた山があり、悪が充満しているのです。これを娑婆世界と言うのです。貴方がいる娑婆世界はきれいな世界ではありません。
「仏身卑小(ひしょう)にして、諸の菩薩衆も其の形亦(また)小なり。」
仏身は卑小(ひしょう)にして、諸の菩薩衆も其の形亦(また)小なり。
そこに出てきた仏身は、小さいのです。娑婆世界は悪に満ちているので仏身も小さいのです。一緒に出てくる菩薩も小さな形になっているのです。(4に続く)
『妙法蓮華経妙音菩薩品第二十四』
是の如き等の、百千万億恒河沙等の諸の大三昧を得たり。(続き)
釈迦牟尼仏の光、其の身を照したもう。
即ち浄華宿王智仏(じょうけしゅくおうちぶつ)に白して言さく、
世尊、我当に娑婆世界に往詣(おうげい)して、釈迦牟尼仏を礼拝し、親近し、供養し、及び文殊師利法王子菩薩、薬王菩薩、勇施菩薩(ゆぜぼさつ)、宿王華菩薩、上行意菩薩、荘厳王菩薩、薬上菩薩を見るべし。
爾の時に浄華宿王智仏、妙音菩薩に告げたまわく、
汝彼(か)の国を軽しめて下劣の想を生ずること莫(なか)れ。
善男子、彼の娑婆世界は、高下不平(こうげふびょう)にして、土石、諸山穢(え)悪充満せり。
仏身卑小(ひしょう)にして、諸の菩薩衆も其の形亦(また)小なり。
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