謹賀新年 | 中杉弘の人間の探求

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謹賀新年

左ーうっちゃん大王様、右ーうっちゃん皇太子様

(うっちゃん大王は、精霊界の議長、うっちゃん皇太子様は、精霊界の副議長です。)

 

※うっちゃん大王様の差料(さしりょう)です。(本身です)

 

※うっちゃん皇太子様の差料(さしりょう)です。(本身です)

 

※本年もよろしくお願いいたします。

 

 

2025年1月1日

新年の辞 巻頭論文「分別と無分別について」

 

 「方便品に云く「是の法は法位に住して世間の相常住なり」云云」(上野殿後家尼御返事)

 新年になりました。今年の初めは、「分別と無分別」について考えてみましょう。これは、大事な問題ですから、皆さんの役に立つ話です。

 分別とは、分別することです。無分別とは、分別しないことです。学問は、全て分別です。物事を比較して、その違いを考えていくのです。分別しないと違いがわかりません。「植物も動物も生きているのですから、皆同じものです」と言ったら、無分別です。無分別では、物事は考えられないとわかります。

 分別する場合、日本人とアメリカ人を比べてみます。「日本人とアメリカ人は、どのような部分が同じで、どのような部分が同じではないのか?」ということを考えていくと、「分別する」ということがよくわかってきます。

 人間の生活は、分別と無分別の両方を使っています。一方通行ではダメなのです。「あいつは目が青い、俺の目は黒い」という分別をしても、何も生まれません。「青い目の人は、このような特徴がある。目の黒い人は、このような特徴がある」というのが分別です。分別することにより、学問はますます精密になってくるのです。学校の勉強では、分別を習うのです。

 例えば、無分別で考えると、国というものは皆、同じです。「国(くに)」という名前は同じです。ところが共産主義国と、自由主義国の国の形態は、全然違います。無分別だと、国というものは考えられません。

 「国」というものを論じる場合は、違いを明確に分けて論じていかないと、「国とは、どのようなものか?」ということがわかりません。

 例えば、人種というものを考えてみます。「人種」と言った場合は、無分別をあらわしています。いろんな人間がいます。黒人、白人、黄色人種がいます。白人の中には、アメリカ人、ヨーロッパ人、北欧人がいます。民族で考えると、その違いがよくわかってきます。

 それを勘違いして、「民族は、みんな同じ人間だ」と考えているのが、創価学会員です。これはとんでもないことです。民族で考えた場合は、人間は皆違います。

 全ての病気は、中国から生まれています。中国人は何でも食べるのです。テーブルの四つ足以外の生き物は、何でも食べるのです。コウモリも食べれば、アルマジロウも食べるのです。コウモリは、病原菌が集っているのです。

中国の長安には世界中の貿易商が集ってきたのです。異民族が集まるから、いろんな病気が流行ったのです。コロナウイルスもそうです、あらゆる病原菌の発生場所は中国です。

 あまり他民族同士で仲良くしてはいけません。南米のインカ帝国は、1千万人の人口だったのです。そこにフランシスコ・ピサロというスペイン人がやってきて、インカ帝国を征服したのです。たった200人のスペイン人でインカ帝国を滅ぼしたのです。

 インカ帝国には、「白い肌の色をした神が下りたつ」という伝説があったのです。インカ人は、白人を見て「この人達は、神の使いではないのか」と思って、従ったのです。スペイン人がもってきたものは梅毒です。

 1千万人のインカ人にあっという間に梅毒が流行ったのです。梅毒になると鼻は落ちて、歯も欠けてしまうのです。梅毒は怖い病気です。多数の人間と性行為をするとそうなってしまうのです。𠮷原の遊女は、ほとんどが梅毒だったのです。梅毒は治りません。

 いろんな地域から様々な民族が集まると、そのような問題が起きてくるのです。伝染病が拡散してしまったら、ワクチンなど打っても効きません。南米で流行ったエボラ出血は、民族が交流していないので、世界中には広がっていません。都会に様々な民族が集まると、伝染病が流行ってしまうのです。

それを見ると、「他民族同士が集まってはいけない」という結論が出るのです。他民族とは距離を置いて、接触しないことです。家族と接するように長い間一緒にいると、病気が移ってしまうのです。人類の一番大きな問題は、病原菌です。中国では、またコロナウイルスが流行っています。

 一度、ウイルスに感染すると、菌に対する抗体ができて、強くなっているのです。すると、違う病原菌がでてきて、それによって死んでしまう人もでてきます。

 一番よい方法は、他民族と接触しないことです。現代では、異文化交流が進んでいるので、全然接触しないわけにはいきませんから、挨拶程度にとどめておくのです。そうしないと、人類が滅びてしまいます。

 神様が、人類を創った場合、どうして人類の言葉を変えたのでしょうか?民族ごとに言葉は違います。神様はそのように創られたのです。現代では、アメリカ人が世界を制覇しているので、英語が全世界の共通語になっています。

神様は人間同士があまり近寄らないように、地域ごとに人間をつくって、地域の中で生活できるようにしたのです。そのようなことをわかっていくことを分別といいます。「分別しないで、民族は大いに交わりましょう」という考え方がありますが、それは間違っています。

そのような問題は、このように考えたほうがよいのです。例えば、日本の中にいる外国人をどのように考えたらよいのでしょうか?共通言語は、「人類」です。人類という共通言語の中には、全ての民族が入ってしまうのです。黒人も、白人も、黄色人種も、みんな「人類」です。

 人類の中身を分析していくと、分別になるのです。黒人、白人、黄色人種を分けて、それぞれの民族性を研究すると、対処する方法がかわってきます。民族を考えた場合、無分別では、いけません。分別して民族の特性をわかっていかなければ、人類は痛い目に遭うのです。

 人類は分別で物を考えなければいけません。無分別ではいけません。無分別ということは、「人類は皆同じ」ということです。「人類」という項目があると、人間はみんな入ってしまうのです。人類の中には様々な民族がいます。民族を分別して、それぞれの特性を考えていけばよいのです。

 宇宙の問題も同じです。宇宙から地球に飛んできた、隕石があります。地球には、金、銀、鉄などの鉱石があります。これを無分別で考えると、隕石も、地球の鉱石も、同じ鉱石です。「どのような鉱石なのか?」ということが、分別です。

 人間にとって一番大事なことは、分別です。分別は学問を生んだのです。物事を細かく考えていく場合、分別は必要です。

 それでは、無分別とは何でしょうか?無分別とは、「分別しない」ということです。人間と動物は、違いがあります。でも、「生命」という枠の中では、統一されてしまいます。「生命」と言うと、人間、動物、魚、植物までみんな入ってしまうのです。

 そこで、「どのような種類の動物なのか、どのような種類の植物なのか?」ということを、分別しないと種類はわかりません。

 では、「無分別はいらないのか?」というと、そうではありません。無分別は大事ですが、無分別では何もできません。無分別で考えたら、飛行機も、自動車もできません。飛行機や、自動車や、道路や、橋を造っていくためには、分別をたくさんしていかないと、素晴らしいものはできません。

 では、「無分別はいらないのではないか?」というと、これまた違います。分別だけだと人間は、心がわからなくなってしまいます。あまり細かく分けてしまうと、冷たい人間が出来上がってしまうのです。

 「統一されたものは何か?」というと、それが生命です。生命は無分別です。「命」というものを考えた場合、命というものは、どこから生まれたのでしょうか?このことを考えた場合、これは僕の考えですが、命というものは無分別から生まれたのです。

 環境と己というものを分けられない世界があります。環境と己を分けることが分別です。環境と己を分けない世界ですから、無分別です。

 無分別で考えると、生命は動物で統一されてしまいます。人間も犬も豚も蛇も鹿も全て「動物」に入ってしまいます。植物もそうです。バラも、サボテンも、蓮も、「植物」の中に全て入ってしまうのです。それらの元になるものは、無分別です。

 実は、仏教のものの見方は、そこにあるのです。人間が分別して物事を分けていくと、何ができたのでしょうか?それが原子爆弾です。これは、究極の分別をした結果です。

 現代では量子力学が学ばれていますが、その前は原子力学がありました。量子と原子は、どのように違うのでしょうか?これは、分別です。分けることによって、量子の世界が開かれてきたのです。

 素粒子の種類は、200種類くらいあります。物質の最小単位は、これで終わりでしょうか?それは、違います。まだあると、僕は思います。物質の最小単位を追求していくと、無分別の世界になってしまうのです。

 これ以上分けられないから、これ以上考えても意味がありません。あらゆるものは、素粒子からできているのです。「最初は、どんな生命がでてきたのか?」というと、おそらく無生物しかなかったのです。

 太陽があり、地球があり、月があり、ブラックホールがあります。ブラックホールからは、物質がでてくるのです。物質は、物質同士で衝突して、違う物ができてきたのです。これが生命です。

 生命というものの元を訪ねると一つです。生命世界と物質世界があります。その生命は、我(が)を持ってしまったのです。「俺は山田太郎だぞ」「私は山田花子です」という我(が)ができてきたのです。我(が)ができたおかげで人類は、無数の分別を持ってしまったのです。

 「無数の分別をしてしまった人間は、幸せなのか?」というと、幸せではありません。無数の分別の結果、原爆を造ってしまったのです。原爆を投下すれば、皆殺し(genocide)です。

 最初の生命は、元品の無明です。これは、動物でもなければ、植物でもなければ、鉱物でもありません。ブラックホールが関係しているのです。そこから生命がポンッと生まれたのです。

 「あれ、俺はここにいるぞ」と思ってしまったのです。誰が貴方をつくったのでしょうか?「それは、俺も知らないよ。昔から僕はいるのです」と言うのです。「貴方はどこから出てきたのですか?あちこにも似たようなものがいますね」これが、生命の始めです。これが元品の無明です。

 元本の法性とは、最初にあった生命の状態のことを言います。無明とは、最初にあったのですが、何だかわからない状態です。法性は、「わかる」ということです。無明は、わかりません。

 生命は、他の命を奪って増殖しているのです。牛は草を食べます。それまでは、「食べる」などという行為はなかったのです。それから、動物が、動物を食べます。動物が生きていくためには、全て分別です。

 それを自覚したとしても、人間は食べていかないと生きてはいられません。何を食べるのでしょうか?牛や豚を食べるのです。他には、米や野菜などの無生物も食べるのです。それで私という我(が)が満足をするのです。

 人間は食事でエネルギーを補給して、たっぷりの睡眠をとり、己を形成していくのです。己を形成していくと、力のもった者がいろんなものを食べられるのです。

そこで、「俺は恐竜のような大きな動物になりたい」と思うと、恐竜ができてくるのです。

 大きな恐竜は、30メートルもありますから、いくら食べても体が満足しません。身体が大きければ強いのです。「ガォー」と雄叫びをあげると、他の動物は震えあがってしまいます。小さい体の動物は、大きい動物に食われてしまうのです。そのようにして生物がどんどんできて、現代社会ができてきたのです。

「元品の無明、元品の法性、これをどのようにとらえるのか?」ということが大事です。これは、無分別の極意です。無分別とは、分別しない状態のことです。

 無分別についてわかろうとしたのが、仏教です。仏様の教えとは、分別する前の「最初は、どうであったのか?」ということです。それを、解き明かしたのが仏様です。その結論が出たのです。

 無分別法で考えると、我(が)はありません。あるわけがありません。ブラックホールができてきて、生命はそこからポコッと生まれたのです。「俺はどこから産まれたのだろうか?」と言ってもわかりません。貴方はもう生まれてしまったのです。

「生まれると、お腹が空くでしょう。あの動物を殺して食ってしまえばよいのだよ。すると、あんたは長生きできるのだよ」と教えられるのです。貴方は「えっ、本当ですか?では、あの動物を殺して食ってしまおう」となるのです。内面から言うと、それで生命が誕生してきたのです。

 仏様は「この世界の根本は、無我であり、我(が)はない」と言われたのです。「我(が)はない」ということは、無分別です。我(が)があるから、分別です。

 貴方は「俺が、俺が」と分別していますが、本当の姿は無分別です。そのことを学んでいかなければ、貴方の本当の正体はわかりません。現代科学は、分別の結果です。仏様が教えるのは、無我の教えです。

 これを現代文明に当てはめると、新幹線も、高層ビルも、飛行機も全て分別してきた結果です。人間は、分別することにより、様々な物を生み出してきたのです。その根本にあるものは無分別です。それを忘れてはいけません。

 貴方の本当のお母さんは、無明です。それをお釈迦様が教えてくださっているのです。それを学ぼうとしていない人は、仏道修行者とは言えません。

 神の智恵は分別の智恵です。神は分別で、仏法は無分別です。仏法をいくら勉強しても物はできません。仏教は最初から「物を持つな」と言っています。

 分別をする思想が神を創ったのです。仏法は違います。「無分別を忘れているのではないですか?」ということを教えているのです。仏法では、人間性を問題にしているのです。

 妙法を学ぶ者は、様々な奇跡を体験するでしょう。妙法を学ぶということは、量子の世界を学ぶということです。素晴らしい奇跡が貴方におきますように。

 「分別と無分別」の講義が、今年の新年の辞です。

 

 

 

巳年

 

 

 

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