中国共産党の支配の原動力 ① | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。

伝説の喧嘩師で有名な花形敬さんは安藤組(東興業)の幹部をしていた方です。「伝説の喧嘩師」という言葉を聞くとアニメや映画で出てきそうな言葉ですね。

しかし、花形敬さんは現実の世界に実在した方で日本のヤクザ界では伝説と言われている人物です。そんな花形敬さんについてご紹介致します。

1930年生まれで、1963年に亡くなりました。僅か33年という短い人生でしたが、数々の伝説を残しヤクザ界では神と崇められているほどの武勇伝も多くあります。

https://career-find.jp/archives/164458

 

 

 人はなぜ、人が支配できるのか? あまり、こんなことは考えたことはありませんが、最初に出てくる支配力とは暴力です。

子供達の世界では、番長というものがいます。選挙で選ばれた学級委員ではなくて、力でのさばって番長と呼ばれる人間がいます。今もいるかどうかわかりませんが、僕たちの子供の頃はそうだったのです。学校に一人ずつ番長がいたのです。

 すると他の中学から押しかけてきて、番長に決闘を挑むのです。「おい、この学校の番長は誰だ?」と言うと、「俺だけれど、何だ?」とケンカになったのです。この学校の番長が負けた場合は、他の学校の番長の支配下に入ってしまうのです。

 僕は横浜だったのでよくわかります。川崎市の桜本というところに朝鮮部落があり、チンピラの巣があったのです。そのチンピラが徒党を組んでよくやってきたのです。

 「おい、番長を出せ!」といって殴り込みに来たのです。それでケンカになるのです。相手は腕に自信があるから決闘を挑んでくるのです。桜本には、坂本九ちゃんがいたのです。坂本九ちゃんは、朝鮮人だとわかるのです。

朝鮮人は様々なケンカの方法があり、頭突きなどがあったのです。頭突きのことをチョーパンといったのです。いろんなケンカの手口があり、桜本の朝鮮人といえば、恐れられたものです。

 何しろ学校まで押しかけてきたのです。番長の一人を押さえてしまえば、その学校は支配下に入るのです。すごいものです。有名な安藤組の花形敬という男がいましたが、ものすごくケンカが強かったのです。

 花形は転校して国士舘高校に入ってきたのです。すると「番長は誰だ?」といったのです。花形はすごく獰猛な顔をしていたのです。「番長は誰だ?」と聞くと、「俺が番長だ」と出てくるのです。

 すると、花形の顔を見ただけで番長が震え上がってしまったのです。「これは、もう敵わない。俺は番長を下りるから、あんたが番長をやってくれ!」といって、花形が番長に変わったのです。

 支配の原理は簡単です。支配の原理は暴力です。だから、皆従うのです。強い奴は弱い奴を恐喝したのです。「おいお前、お金を貸してくれよ。お金をもっているのだろう?」といってお金を取り上げたのです。

 学校ではそれを一番恐れたのです。それをやられると風紀が乱れたのです。もちろん、先生がいないところでやるのだけれども、恐喝をやると学校をクビになるのです。どんな学校でもそうです。

 ケンカくらいならば、クビにはなりません。恐喝をやりだして、みんなからお金を取り出して、ヤクザの上納金のようにお金を取るのです。それでは学校もたまりません。

 それで、悪い奴は1年生の1学期で学校を辞めるのです。1年生の1学期で辞めた奴は恐喝です。そんな奴がいたら学校も大変です。そのようなわけで、暴力が支配のはじめです。

古代には豪族という連中がいました。縄文時代も村長がいました。村長は誰がなったのでしょうか? 村長は小さな集団の長ですが、これも暴力です。一番強い奴が村長になったのです。村長は強くて体も村人よりも10センチくらい大きかったのです。「お前、もめているのか。もめごとは止めろ。俺がもめ事をあずかった」というと、村人は「わかりました」といって、ケンカが収まったのです。

 村で大きな問題は水をめぐる争いです。田んぼに水を引く権利争いです。「俺のほうに水をよこせ」「何を言っているのだ。俺に水をもっとよこせ!」ともめるのです。これを水争いというのです。

 すると村長が「こうしなさい!」というと収まるのです。人間社会では人間を修める村長が必要です。みんな自分の権利を主張するので、話がまとまりません。各村ができると、今度は村と村のケンカになります。

 今までは村の中でのケンカでしたが、今度は、村と村との争いが起きてケンカになるのです。勝ったほうがその村を治めるのです。これも、結果的には暴力です。暴力以外の何ものでもありません。

 勢いをつけた村が他の村とケンカをすると併合して、だんだんと大きくなり大王になったのです。それまでの村長は王なのです。数百人規模の王なのです。それが何千人、何万人集まると、大王になるのです。

 支配の原型はそれしかありません。暴力なのです。ヤクザもそうです。ケンカをして追われて行くところがなくなると、「親分、助けてくれ!」と言って親分のところへ逃げ込みます。

 すると親分に「よし、まかせておけ!」と言われて、そこで子分になるのです。清水次郎長は子分が数千人いたのです。ヤクザといっても、数千人の荒くれどもがいたのです。

 数千人の子分が「親分!」と言うのですから神様のようなものです。ヤクザの親分は戦国時代の大名が遅れてやってきたようなものです。

 この支配をもっと強めていく原則論は殺人です。今までは「腕っ節が強い」という程度で収まっていたのです。それが国と国との争いになると殺人です。それで英雄が出てくるのです。

 「英雄とは何か?」というと、数多くの人間を殺した人ということです。共産主義のスターリンは4千万人という人間を殺したのです。毛沢東は6千万人の人間を殺したのです。すごい数です。それだけの人間を現実的に殺したのです。

 多くの人を殺した奴ほど英雄として、褒め称えられるのです。毛沢東は、今だに人気が落ちません。やっていることは、人殺しと失敗ばかりです。本当は殺人鬼の恐ろしい奴なのです。それが「尊敬する毛沢東」になってしまうのです。

 スターリンもロシア人にとっては一番恐ろしい人物です。人を殺す奴は疑い深いのです。ちょっとでも目つきがおかしいと「お前は処刑だ!」といわれてしまうのです。

 北朝鮮の金正恩のようなものです。ちょっとでも目つきが気に入らないと、「なんだ、お前は眠りたいのか? 俺の講義が聴けないのか。では、永遠の眠りにつけ」といって、処刑してしまうのです。

 処刑はやればやるほど、数が増えていくのです。殺せば殺すほど、「偉大な大王様だ」と言われるのです。今も、昔も変わりません。支配の第一原理は暴力です。国がだんだん大きくなると法律ができてきて、暴力から法治主義に変わるのです。支配の法則が暴力を離れて、法律になってくるのです。(②に続く)

 

 

お読みいただきありがとうございます。
よろしかったらクリックしてください。

応援よろしくお願いします!

 

    ↓↓↓


人気ブログランキングへ

 

『中杉 弘のブログ』2006年より、好評連載中です!

     ↓↓↓ 

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/?blog_id=2098137