竹田恒泰さんの問題 ② | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

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国の主権を守るものは軍人です。日本国という天皇を主権者とした国家ができた場合に、それを守るものは最も名誉ある軍人です。それが自衛官(軍人)です。

 

憲法は、誰がくれたのでしょうか? 憲法とは、誰が誰に与えるものなのでしょうか? 日本の場合は天皇が政治家に対して「この範囲やりなさい」と言うのです。政治家は「このような立場に立って、このような政治を行います。だからみなさんもこの憲法を守って下さいね」というのです。それが明治憲法です。

 では、日本国憲法は、誰が誰に命じたのでしょうか? 「日本国民は、このようにやれ」と言ったのは、明らかにGHQです。国民は何も言っていません。国民に対して、「このような憲法をつくりますが皆さんいかがでしょうか?」といったことは一度もありません。

 いつの間にかGHQが、日本国憲法をくれたのです。この憲法の主人公は、理論的にGHQになってしまうのです。そのGHQがくれた憲法は、欠陥が多いのは当たり前です。われわれ国民の総意も入っていないし、歴史も入っていません。建国の意義も書いていないし、何も書いてありません。

 いきなり、天皇陛下がシンボリックな象徴にされたのです。それは、GHQが「天皇は象徴である」と言ったのです。日本国民が、「天皇は日本国の象徴だ」などと言っていないのです。GHQが、「天皇は象徴としてやれ」といっているのです。

 「天皇はシンボルなのだ」と言い、皇室典範はちょっといじって「これでやりなさい」と言っているのです。「シンボルにはこのような掟があります」。これが皇室典範です。そこで、この憲法は絶対に直さなければいけません。それは、「天皇は主権者である」ということです。

 主権者ということは、その国のご主人様ということです。天皇がいないと、日本国のご主人様は国民になってしまうのです。「主権」という言葉が入ると、「日本国のご主人様は、天皇である」ということです。

 国民には主権がありません。それでは、まったく偏った政治になってしまいます。僕が考えていることは違います。国民には分権を与えるのです。いわゆる「国民権」です。「主権者は、天皇です。日本国国民は、天皇の分権の一部をもった分権者である。それを国民権と言う」とすれば、釣り合いが取れるのです。

 主権は天皇にあり、国民は分権者なのです。このような、釣り合いをとったらよいのだと思います。これで問題はありません。日本国憲法は、GHQがくれた憲法です。国民が作ったものではありません。

 当然、日本国憲法は日本国の歴史も入っていないし、日本国が誇る伝統もはいっていないし、何も入っていません。豚のようにアメリカを頼っている、売春婦のような存在が日本国憲法です。

 憲法ができてから70年以上経っているのですから当然、憲法を破棄して、我ら日本人による憲法を作らなければいけないのです。日本国の憲法の元になるものは、天皇の地位と国民の地位です。

 天皇は主権者であり、国民は分権者です。このように主権者をはっきりさせて、「何を守るのか?」というと「日本国を守る」のです。「2800年続いた日本国を守る」ということが、憲法に入っていなければいけません。

 「世界を相手にして平和の思想をひろめて、世界を平和にするべく、日本人は全力をあげなければならない」という考えが出てくるのです。

 それが今の日本人は、人生の生きる目的もなければ何もなく、ただ豚のように生活しているだけなのです。それではだめなのです。そのようなことを考えると、外人部隊が出てくるのです。日本国民の使命として、世界を平和にするべく努力をするのです。

 そのためには外人部隊を設置するのです。これを入れてよいのです。すると、すっきりしてきます。「俺は日本人だ。日本国には、2800年の歴史があるのだ。世界最古の国家の国民である」この自覚と自信が生まれるのです。

 日本国国民は、主権者としての天皇をいただくのです。「この国の主権者は、天皇である。日本国国民は分権を持っている。主権と分権の違いはあるけれども、権利には変わりはない」ということを憲法に入れるのです。

 「主権者は中心者であって、分権者は中心者にはなれないのだけれども、国民としての権利を持つ」このような所から憲法を考えていけば、実にすっきりするのです。

 まず第一番は、国防です。国防というものは、一番大事なものです。国防がなければ、どんなに立派な文化を作っても、一発攻められたら終わりです。それでは国ではありません。完璧な守りをもって、「絶対にあの国は攻められない」という完璧な国防にしなければいけません。

 我々は、よその国は攻めません。そんなことは当り前です。「ほかの国に攻められない」という盤石な国防体制を作らなければいけません。国の主権を守るものは軍人です。

 日本国という天皇を主権者とした国家ができた場合に、それを守るものは最も名誉ある軍人です。それが自衛官(軍人)です。あるいは国軍といってもよいのです。軍人は命を懸けて国を守り、国民のために命をかけて戦うのです。だからこそ軍人は信頼されるのです。そこに名誉を与えて尊敬されなければいけません。

 自衛隊が災害の後始末をして、「それが自衛隊だ」と思うことはよくありません。自衛隊は戦う軍隊です。外敵と戦う軍人が泥の中を走り回って、瓦礫の処理をしていてはいけないのです。

 自衛隊も三つに分けなければいけません。災害派遣部隊を持ち、実際に日本国が外国から攻められた時に戦闘をする自衛隊と、国際貢献をする外人部隊です。このように分けたほうがよいのです。

 名誉ある自衛官が泥の中を這いずりまわるのでしょうか? 立ってご飯を食べたり、トイレットペーパーを自分で買っているのです。それでは名誉はありません。「我々は何もしないが、弾が飛んで来た時には命をかけて戦う。だから我々はそれ以外は動かない」という誇りがあればよいのです。

 自衛官は土方もやり、道路も修復します。そんなことではいけません。そのようなことを憲法で、きちんと分けて、国防第一の考え方をしなければいけません。そのように思います。

 竹田恒泰さんは、そのようなわけで苦戦しているらしいのです。考え方を少し変えなければいけません。するとすっきりするのではないかと思います。八月革命説明、屋号変更説、新憲法説、新しい時代が来ます。

 とにかく新しい時代は憲法から始まるのです。それにあたって皆さんに読んでもらう本が僕の書いた、『虚構の憲法』です。是非、この本を皆さんに読んでもらいたいと思います。本当によい本です。この本を読んだ人が国士です。そうなってもらいたいと思います。

 

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