帝王学 ① | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

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ヘロデ紀元前73年頃 - 紀元前4年)は、共和政ローマ末期からローマ帝国初期にユダヤ王国を統治した王(在位:紀元前37年 - 紀元前4年)である。

マカバイ戦争を制してユダヤを独立させたマタティアとその息子たちの子孫であるハスモン朝(アサモナイオス家)が身内の争いで王座が空位となった際ローマ元老院によって王族ではないがユダヤの王として認められヘロデ朝を創設、ローマとの協調関係を構築した。エルサレム神殿の大改築を含む多くの建築物を残した。だが、猜疑心が強く身内を含む多くの人間を殺害した。息子たちと区別してヘロデ大王とも言われる。

 

 古来から様々な君主論がありますが、いずれにしても帝王学第一は、「わがままを制しなければいけない」ということです。人間は権力がつくとますますわがままになるのです。

 かつてのユダヤのヘロデ大王は、権力を握ると巨大な都市をつくり、「これでもか!」というほどの自己を拡大していくのです。庶民は奴隷のように重労働をさせられたのです。それをやるから、「自分の命を狙われる」ということもわかっていたのです。

 最後まで殺されることもなくヘロデ大王は一生を終わるのです。わがままは無限大です。「あそこにお城を造れ。もっと大きいお城を造れ」と言うのです。欲望は無限大です。

 命令するほうは、欲望が満たされて満足かもしれませんが、やらされるほうはたまったものではありません。秦の始皇帝陵を造った時には、もの凄い数の人間が死んでいるのです。或は万里の長城では生き埋めになっているのです。

 万里の長城を造った時には、人が埋められているのです。万里の長城が壊れないように人間を埋めて人柱にしたのです。日本の城もそうです。人柱が埋められた城もあるのです。欲望は無限大です。

 わがままを抑えないとダメなのです。君主は何でもできるのです。全ての権力を持っているから何でもできるのです。「あれも欲しい」「これも欲しい」となるのです。「女も欲しい」となると大奥で三千人の女を囲い込むことになるのです。

 三千人の女とどうやって関係を持つのでしょうか? でも、欲望があるので、「あれを呼んで来い、あれを俺の女にする」ということが将軍になるとできるので、本当に三千人も集めてしまうのです。江戸城には、本当に三千人の女性がいたのです。馬鹿馬鹿しい話です。

 帝王学の一番は、わがままを禁止しなければいけません。「お前は帝王になって何でもできる権限が与えられるのだから、自分を律していくことが出来る人間にならなくてはならない」と教えなければいけません。無理な権限を発揮したり、贅沢をすれば殺されるのです。そのようなことです。

 昔は電力がないのですから、全て人力です。ローマのコロッセオもそうです。人力のエレベーターになっていたのです。コロッセオの下では、奴隷がエレベーターを引っ張っているのです。欲望は何処まででも無限大になってしまうのです。コロッセオは皇帝の無限の遊びです。

 コロッセオに水を引いて、軍船まで入れたのです。船3艘入れて、軍船同士を戦わせたのです。スペインの闘牛場は人間と牛の戦いですが、コロッセオの剣闘士の戦いは全然違うものです。人間同士が殺し合う残酷な戦いです。どちらかが血を出して死ぬのです。

 剣闘士同士で殺し合いをして勝った人間は皇帝の方を見て、皇帝が親指を下に向けた場合は、負けた人間を「殺せ」ということです。皇帝が親指を上に向けた場合は、「生かせ」ということです。よく戦って民衆を沸かせた人間は「生かせ」ということです。助けたからといって、その後、生きたかどうかはわかりません。

 そのような剣闘士の殺人ショーをコロッセオではずっとやってきたのです。ライオンと剣闘士の戦い、象と剣闘士の戦い、豹と剣闘士の戦い、これも無限大です。「もっと面白いことはないのか?」と探すと、ワニと剣闘士を戦わせるなど、何だってよいのです。欲望は無限大に広がるのです。

 最後はそれをやらせた人間も滅びてしまうのです。皇帝ネロもそうですが、殺されてしまったのです。

 帝王学の第一は、「わがままを制しなければいけない」ということです。これは、お言葉では直りません。「●●ちゃん、可愛いわね。それはわがままだから、止めましょうね~」などという言葉では、人間はおさまりません。

 変なことを言ったら、ぶっとばさなければいけません。例えば、何処かの王様の子供がお堀の中にカエルがいて、そのカエルを捕まえて、生きているカエルを解剖して、「いっひっひっひっ」などと笑って喜んでいたら、後ろからバンとぶっとばしてやらなければいけません。

「お前は生き物に対して、何という残酷なことをするのか!」と叱らなければいけません。それくらい厳しいしつけをしないといけません。

 吉田松陰の叔父さんの玉木文之進は、そのような教育方針だったのです。吉田松陰に蚊が刺してかゆくてかくと、「貴様!」とぶっとばしたのです。「お前が俺の講義を聞いているのは、やがて公のためになる講義を聞いているのだ。頭がかゆいというのは、私の心だろう。俺の講義は公の講義なのだから、私事をするのではない!」と厳しくしかり飛ばしたのです。

 陰謀論では、「田布施の大室寅之助が明治天皇になった」と言われています。この大室寅之助の説は田中光顕伯爵という人の説です。天皇に近い人がお亡くなりになる時に、誰かに言ったのです。「大事なことを言っておく。今の天皇は孝明天皇の子供ではない。それは長州の奇兵隊にいた大室寅之助だ」と遺言のように言ったのです。

 だから、ある程度、信憑性があるのです。大室寅之助が明治天皇になってもよいのです。何故かというと、南朝の天皇の血がつながっているからです。後醍醐天皇の末裔です。それをかくまっていたのが長州です。大室寅之助は、松下村塾の玉木文之進に鍛えられたのです。

 「公私を混同するな。それは私事だろう!」と厳しく指導されたので明治天皇は、公私混同はされなかったのです。「明治天皇は立派な天皇だ」と言われているのは、立派な教育をされたからです。

 秋篠宮さまのように公私混同をされて「内の娘に好きな男ができたから好きに結婚させます。結婚は個人の勝手です」ということはあり得ません。お姫様は、「公(おおやけ)」ではないのでしょうか? そのようなことをわからせていくためには、口先だけではダメなのです。(②に続く)

 

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