ヤクザと天皇 ② | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

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いつの世も、庶民が権力者にいじめられるという構図ですから、ヤクザは庶民を守ったのです。その代わり、飯はみんなで食べさせたのです。新門辰五郎のように火消しをやっていた人もいるのです。本職は火消しです。火消しですが、若い衆が30人ぐらい集まっているのです。親分ですから侠客の仕事もやるのです。

 

 

 日本は統一されて、神武天皇に続く歴史になっているのです。新しい組織が出てきて、「これはおれの縄張りだ」「品川は俺がもらった」「渋谷は誰の縄張りだ」という時代はもう終わっているのです。

 下からひっくり返して、新しく世の中に出てこようとしているのがヤクザです。ヤクザがシマから取るお金は税金です。みかじめ料というのです。店一軒に対して、「このバーは、2万円出せ」と決めていくのです。それを若い衆が集金して回るのです。それは税金なのです。

 国に入っている組が税金を取っているのです。そのような構造です。国の税金と同じことです。

 日本の官僚は、2重構造を許しません。どこまででも権力が欲しいから、ヤクザにつらく当たるのです。「ヤクザには事務所を貸してはいけない、野菜を売ってはいけない、銀行口座も持ってはいけない」と、すべて排斥していくのです。

 自分たちと同じ国が組を潰すのです。官僚は、「お前たちを大きくさせないぞ」というのです。それでヤクザを締め付けるのです。

 「弱きを助け、強きをくじく」のが、昔の任侠です。だから、ヤクザ者のことを侠客と言ったのです。侠客は仕事などやっていません。親分子分で10人ぐらい集まると、その地域の人達が面倒みるのです。税金はこちらから持って行き、親分にそこにいてもらうのです。

 権力にいじめられた場合、侠客が立ち上がるのです。権力者は権力を使って道理にかなわぬことをやるのです。すると、庶民は親分のところに頼みに行くのです。親分も権力に勝てるわけではないのですが、「この問題は親分が引き受けた」というのです。そのような縄張りがあるのです。

 権力者の側も「親分が出てくるのであれば、大目に見ましょう」ということになるのです。「強きをくじき」とは、政府のことなのです。「弱きを助け」とは庶民のことなのです。

 いつの世も、庶民が権力者にいじめられるという構図ですから、ヤクザは庶民を守ったのです。その代わり、飯はみんなで食べさせたのです。新門辰五郎のように火消しをやっていた人もいるのです。本職は火消しです。火消しですが、若い衆が30人ぐらい集まっているのです。親分ですから侠客の仕事もやるのです。

 侠客というのは、一筋ではありません。博打打ちも侠客です。大道香具師(だいどうやし)の親分がいます。あれも侠客です。寅さんも侠客です。そのように上手い構造があったのです。権力にすべて道をふさがれても、裏の世界があるから、裏の世界を頼っていけば飯も食えたのです。これが昔の人の社会に対する考え方です。所謂、裏街道です。

 ヤクザの道に入ったら、もう裏街道です。表の世界には出られません。だから、親分のところを回って全国を歩くのです。それが旅人さんです。その旅人さんの証拠が廻し合羽に三度笠と、長ドス一本です。

 親分のところに泊めさせてもらうのが仁義です。「自分はどこどこで生れて、どのような罪で、江戸所払いで、3年間周っています。よろしくお願いいたします」ということを紹介するのです。それが「お控えなすって」ということです。3年間も行ってくれば疲れると思います。

お金は親分がくれるのです。必ず、次の親分の紹介状を書いてくれるのです。親分が「お客人、もっといてください」といっても、「いや、1週間もご厄介になったから、これ以上は失礼します」というと、お小遣いをくれて次の親分のところの紹介状を書いてくれるのです。それを回って歩くと、お金がなくても生きていけたのです。

 その間は客人だから、親分に「仕事を頼みます」と言われたらやらなければいけません。客人はいなくなるのだから「あいつを殺してくれ」と言われたら、引き受けたのです。そのような世界です。

 それと同じようなもので、日本国家とヤクザは同じ構造なのです。それをもっと分かった方がよいのです。そうすると、慈悲が生まれるのです。権力の暴走はいけません。

 権力でやられたら庶民は抵抗できません。権力がなぜいけないのかというと、「良いか、悪いか」ということを問いません。「貴方のやっていることは良い行動ですか、それとも悪い行動ですか?」と問うと権力者は「そんなことは関係ない。俺がお前を殺すと言っているのだよ」これで終わりです。権力者は力が全てです。慈悲など全くありません。

 今の日本はそのような社会になっているのです。権力ですべてを決定しているのです。「文句はあるのかお前?」「検事に逆らうのか?」という感じです。その態度が秋篠宮に少しは見えるのです。

 天皇というものは権威の象徴のはずなのに、いつの間にか権力が身についてしまったのです。紀子さんが冷たい目で見て宮内庁職員をいじめるのです。本当にそうなのです。「私を誰だと思っているの?」といったらもうこれは権力です。

 「私は誰だと思っているの?」と言って、「ハッハー」と言わせたら、もうこれは象徴ではありません。権力なのです。秋篠宮を見ていると、いつの間にか権力も身についてきているとわかります。

 その理由は道理がありません。何故、プー小室と結婚させるのですか? プー小室は仕事もなく、頭も悪いし、お金もないし、母親の小室佳代は殺人鬼かもしれません。そんなプー小室と眞子ちゃんをくっつけてよいはずがありません。

 「誰が何といっても私は結婚する」といったらこれはもう権力です。道理で考えると「これはおかしい」とわかるのです。「私の考えで通すのだ」と言ったら、もうこれは権力です。

 昔のヤクザを皇室は見習いなさい。ちゃんと子分の面倒を見ていくのです。子分は親分の命令に従って忠実に仕事やるのです。ヤクザは飯が食えないようなやつらばかり集まっているのです。たまには頭のいい経済ヤクザもいますが、だいたいは仕事もできないような連中が集まっているのです。

 だから親分が稼いできて、みんなに食わせるのです。そのように、お互いに助け合う社会がヤクザ社会です。日本政府はこれに見習って、もっと弱い人を助けなければいけません。「俺は裁判官だ」「俺は検事だ」「俺は警察官だ」というのは権力です。

そんな権力で仕事してはいけません。それが僕の主張です。人間力で仕事をしなさい。人間らしい仕事をしなさい。人間らしい仕事とは、筋が通るということです。「誰が聞いても道理が通る」ということを筋が通るというのです。それでやったらよいのです。そうしたら、みんな納得して誰も文句も言いません。

 「今はお金が苦しいから食事を切り詰めよう」といっても筋が通れば文句もいいません。ところが、親分だけが最高級の酒を飲んで、ステーキを食っていながら、「うちの組は金がないのだよ。明日から食事を切り詰めるぞ」と言われても誰も納得しません。

 そのようなことやってはいけません。権力を振り回すとだめなのです。今の社会は、権力を通す社会になっています。だから僕が警鐘を鳴らしているのです。

 

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