朝鮮人にあって日本人にないもの(比較文化論) ① | 中杉 弘の徒然日記

中杉 弘の徒然日記

毎日・毎日起きている事件について
ユニークな視点で書いています。


テーマ:

※李氏朝鮮時代のソウルの民家

(儒教の国ですから、庶民は一階建ての掘っ立て小屋しかありません)

 

 「朝鮮人にあって日本人にないもの」、これを考えてみたいと思います。朝鮮人は日本人よりはるかに色んなものをもっています。本当にもっています。それを考えてみたいと思います。

 まず、第一番に朝鮮人にあって、日本人にないものはウソです。朝鮮人はウソをつきます。これは歴史の捏造から始まって全てウソです。韓国の歴史もウソ、李王朝もウソ、「独立国であった」というのもウソです。

 本当の話は李王朝など明の属国です。李成桂は1393年に中国の明から権知朝鮮国事

(朝鮮王代理、実質的な朝鮮王の意味)に封ぜられたのです。明の皇帝から「朝鮮王にしてやる」というだけの話です。「毎年美女3千人、宦官を2千人届けろ。その代わりお前を王にしてやるぞ」ということです。韓国は独立国ではありません。

 「李王朝(1392年~1897年)は505年続いた」と言いますが、独立国ではありません。明の属国です。彼らが保っていたのは、属国です。これは朝鮮にはあるけれども、日本にはありません。

 それから、恨(ハン)の文化が韓国にはあります。恨(ハン)とは、「恨む」ということです。「足を踏まれたほうは、千年忘れない」と朴 槿惠は言いました。それが恨(ハン)です。「踏んだ人間がいくら謝っても、許さない」ということです。

「ごめんなさい」と言っても、「ごめんなさいでは済まないだろう。どうしてくれるのだ? 靴の弁償をしろ」と言います。「はい、弁償します」と言っても、朝鮮人はそれで済まないのです。「靴の弁償をしたけれども、足が痛いのだよ。これをどうしてくれるのだ?」と、朝鮮人は要求が次から次へとくるのです。

 「私は電車の中で足を踏まれて恥ずかしい思いをした。この賠償をどうしてくれるのだ?」「足を踏まれたおかげで私は仕事ができなくなってしまった。この痛みはどうしてくれるのだ?」と次から次へとくるのです。次から次へと千年間足を踏まれたことをずっと言い続けるのです。

 これを「恨み」恨(ハン)といいます。朝鮮人は恨(ハン)文化です。これはあらゆるところで研究されています。だからこのような人々と付き合いをしてはいけません。何をやっても恨まれてしまうのです。

 朝鮮人は恨(ハン)という文化をもっているのですから、日本人が何をやってあげても恨みでとるのです。日本が日韓併合しました。その時は朝鮮人も喜んだのです。喜んだ理由はいろいろとあります。まず、「日本人になれた」という喜びです。何故ならば、日本人は一等国民であり、朝鮮人は四等国民であったのです。

 それが「今日から俺たちは日本人と名乗ることができる。こんな嬉しいことはない」と喜んだのです。日本人になっていない、満州人や女真族のところへ行って、朝鮮人が商売をしようとして、「俺は日本人だ」と言えば威張れたのです。

 「ああそうですか」と言われて「名前は何ですか?」と聞かれて「朴だ」と言うと、「ああ、朝鮮人か」と馬鹿にされたのです。するとまた朝鮮人は恨むのです。「日本人の名前を名乗らせろ!」このようにくるのです。

 日本政府は「一部、希望者について日本名を名乗らせることを許す」というと、朝鮮人は歓喜して「やっと俺たちも日本人の名前がもてる」と喜んだのです。日本政府は、全ての朝鮮人に日本名を名乗らせるなど本当はお断りです。それもまた恨むのです。

 朝鮮人は、「名前を奪われて日本名を押しつけられた」と言うのです。創氏改名されたとウソを言うのです。それもウソです。事実はそうではありません。朝鮮人が「日本名を名乗らせろ!」と言ってきたのです。日本人が「日本名を名乗ることを許す」と、やってあげても、朝鮮人は全て恨むのです。

 韓国は道路もなかったのです。李王朝の時代に、「道路をつくってはならない。敵が攻めてきたらどうするのだ。道路など造ったら一挙に攻め込まれてしまうだろう。だから大きい道路はいらない。小道でよいのだ」ということで、ソウルに向かっていく道は小道しかなかったのです。日本が道路を造ってあげると、それをまた恨むのです。

朝鮮は儒教の影響で2階建ての家をつくってはいけなかったのです。庶民は1階建ての家で屋根に草を乗せた掘っ立て小屋で土間しかありません。当時のソウルの民家の写真を見ると乞食小屋です。1階の土間で寝るのです。畳はありません。その連中に道路を造ると恨まれたのです。これも千年恨むのです。

 乞食小屋の外側には川が流れています。そこで朝鮮人は顔を洗い、食事をつくり、ウンコをして小便をするのです。すると川上からウンコが流れてくるのです。それをよけて顔を洗うのです。ウンコが流れてくる川でご飯も炊くのです。

 部屋に入ると板敷ではありません。全て土間です。土間は日本にもありました。江戸時代の長屋では、四畳半くらいの土間がありました。土間には釜戸があり、そこで煮炊きをしたのです。どんな家でも土間があったのですが、朝鮮では板敷や畳のスペースがありません。全て土間です。

 雨が降ると川があふれてくるので、家の中は水浸しです。それでどうやって寝たのでしょうか? やはり、板でも引いて寝たのでしょうか? 土間には寝ることはできません。日本はそのような不潔なこともないようにしてあげたのです。

 朝鮮人に水道と下水道の違いを教えてあげて、下水道をつくってあげたのです。それで初めて美味しい水が飲めるようになったのです。それも恨みに思っているのです。朝鮮人は「俺たちには昔、このような文化があったのだ。それを日本人がなくした」と怨んでいるのです。

 日本人には衛生概念があります。朝鮮人には衛生概念がない代わりに迷信があります。日本人に迷信はありません。少しはあったかもしれませんが、日本には優秀な医者が大勢いたのです。

 朝鮮人は衛生概念がありません。まさに糞ミソ一緒の文化です。土間で漬物をつくり、川が氾濫すると土間に水が流れてきます。土間の水の中に漬物の甕が埋まってしまいます。蓋をしても甕の中には水が入ってしまうのです。だからキムチには寄生虫がわき、食べられません。そこで、「とんがらしを大量に入れると寄生虫が死ぬ」と考えて、キムチが始まったのです。キムチは何の文化でもありません。(②に続く)

 

お読みいただきありがとうございます。
よろしかったらクリックしてください。

応援よろしくお願いします!

 

    ↓↓↓


人気ブログランキングへ

 

『中杉 弘のブログ』2006年より、好評連載中です!

     ↓↓↓ 

http://blog.livedoor.jp/nakasugi_h/?blog_id=2098137   

 

中杉博士さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス